特急「ソニック」の耳

 昔、大分に向かう時に、博多駅から初めて「特急ソニック」883系に乗り、その車内に入った途端に驚かされました。アルミの床に、グリーンとブルーのメタリックカラーの壁、その向こうに客室を仕切る曇りガラス。まるで宇宙船であるかのようです。さらには飛行機のコックピットのように格好の良い運転席、そしてその運転席の後ろは木製のベンチシートのあるパノラマキャビン。それまでこんな列車を見たことがありませんでした。弧を描く木製のベンチシートに腰掛ければ、さらなる不思議の国への扉が開かれます。この電車はJR九州で初めて急カーブ対策の振り子システムを導入して、1995(平成7)年に登場しました。人の目を引き、好奇心を持たせ、乗った人を楽しませることに力が注がれました。登場時の883系は塗装のバリエーションが豊富でしたが、リニューアル時に全面的にメタリックブルーに塗装されました。

 当時この列車は、鉄道デザイナーの水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さんによって設計されたことを知り、いっぺんでファンになりました。かつてこの路線を走っていた列車の雰囲気は、相当荒んでいたそうです。とてもよいとは言えないデザインでメンテナンスもあまりされていない列車で、夕方になると車内で酒を飲んでいる人が結構いたし、さきイカが床に落ちているのが当たり前といった感じで、ゴミも至る所に目立っていたそうです。そんな空間に居れば、人はどうしてもどうでもいいやという気持ちになってしまうでしょう。関係者からは、「水戸岡さん、ここでカッコをつけた列車をデザインしてもダメですよ。何をやっても無理だから」と言われたそうです。しかし、「日豊本線のイメージを変えるために、いまだかつて見たこともない車両を作りたい」と、水戸岡さんはなおざりにされていた空間を整理整頓して、「ワンダーランド・エクスプレス」のコンセプトで、楽しい空間を作り、沿線の活性化を求めたいと思ったそうです。楽しい空間を作れば、どうでもいいやといった運用・利用の仕方にはならないだろうと、車内のゴミを拾いながら思ったそうです。「どうせデザインするなら徹底的にやってやろう、全く新しいオリジナルな空間を作ろう」と決意しました。

 全ての部品の細部まで完全に100%オリジナルで、時間と手間を惜しまずにハンドル一つ、ビス一本に至るまで自分でデザインをしました。全く新しい空間をということで、音楽を聴く装置も導入しようとしていました。車内に入ると、2-2列のリクラインニングシートに、ミッキーマウスの耳のような座席が並んでいるじゃないですか(写真下)!まるで動物たちが出迎えてくれるような座席に心が弾みます。シートの上部にはクマの耳のようなユニークなヘッドレストが設けられています。その色はグリーン車では、普通車は赤、緑、青と実にカラフルです。原色を基調としながらヘッドレストを動物の耳をイメージしたものにしてあるのです。もたれると頭がしっかりとホールドされて快適に座ることができます。これは当初は一種のヘッドホンとして企画されたもので、列車の座席で音楽を楽しめるように、「ソニック=音速」という言葉とかけたアイデアだったそうです。しかしどうしても音が漏れてしまうということで取りやめとなり、ヘッドレストとしてそのまま残ったというわけです。「鉄道友の会」が選定する「ブルーリボン賞」をはじめ、「グッドデザイン賞」「ブルネル賞」*も受賞している私の好きな名列車です。製造されてからずいぶん年月が経過しているせいか、今乗るとずいぶん傷みを発見することが多いのは残念です。♥♥♥

▲クマの耳のようなヘッドレスト

*ブルネル賞・・・鉄道関係の施設やサービスを対象に選定される国際デザインコンペティションで、1985年(昭和60)に創設されました。その後、2~3年ごとにコンペが実施されています。2014年の「第12回ブルネル賞」を最後に、主催団体の資金不足などにより開催が途切れていました。今年、近代鉄道の歴史が英国で始まってから200年を迎えるのを記念して(英国では1825年9月27日、世界で初めて蒸気機関車(SL)に客を乗せて運行)復活しました。賞の名称は19世紀に活躍した英国グレート・ウェスタン鉄道の技師であるイザムバード・キングダム・ブルネル氏にちなんでいます。

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