Firefighter’s approach

 ニュース番組(CNN)を見ていて「firefighter’s approach」という表現が出てきました。「えっ?消防士のアプローチ?…?」と疑問に思っていたところ、全く偶然に次のような記述に出会いました。松下佳世『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』(イカロス出版、2020年)です。同時通訳者でさえもとまどったことがよく伝わってきます。

 経営企画部の部長が、自社の課題や実施中の対策について説明をしたのに対し、コンサルタントが、This is just a firefighter’s approach.とコメントしました。表情はやや険しく、プレゼンを褒めているようには聞こえません。しかもコンサルタントはあえてjustまで入れて、「~にすぎない」「単なる~である」と強調したわけです。
 使われている単語だけ見れば、中学生でも簡単に和訳できそうな単純な一文に見えます。Approachはいまやカタカナの「アプローチ」として、名詞でも動詞でも頻繁に見聞きする単語であり、ここでは名詞として使われていることは明らかです。複数の意味を持つ単語だとはいえ、状況から考えて「やり方、手法」などが無難であることはすぐに判断がつきました。
 さて、問題はこのfirefighterをどう訳すかです。「消防士の手法」でいいのだろうか、と一瞬迷いました。直訳したとしても、話し手の意図したメッセージを伝えられなければ、通訳者としての仕事をまっとうしたことにはなりません。とはいえ、翻訳のように時間をかけて辞書やインターネットで調べることもできないのが通訳の辛いところです。
 コンサルタントが発言をしてから、ここまでの思考に至るのにものの一秒ほどしかかかっていなかったと思いますが、この時は時計の針が止まったかのように感じました。納得がいく訳が思い浮かばないまま、「いまご説明くださった対策では、消防士的なやり方にすぎません」と訳すしかありませんでした。
 両社の担当者同士の会話はそのあとも続きました。先ほどのことに気を取られていては、その後の通訳に影響が出てしまうので、頭の片隅に消防士さん一人を残しながら業務を続けました。すると、何ということでしょう。その後のやり取りでヒントが出てきたのです。
 初めはわからなかった話し手の真意が、発言を聞いているうちにふとわかるということがあります。これは通訳だけでなく、家族や友人、近所の人との会話でも経験することではないでしょうか。まさに、待ちわびていたその瞬間がやって来ました。
 消防士は通常、火災が発生してから初めて現場に向かい、消火活動に従事します。コンサルタントはそのことを指してfirefighter’s approachと発言していたのです。つまり、部長が説明した自社の課題と対策が事後的、場当たり的な「予防策を諧じていない手法である」とコンサルタントは伝えたかったようです(もちろん、消防士が予防措置を一切取っていないわけではありません。市民が安心して暮らせるように火災を防ぐための啓蒙活動を行っていることは、世界中で活躍する消防士の皆さんの名誉のために付け加えておきます)。
 ようやくコンサルタントの発言の意図に気づき、その後の会議の中でさりげなく「消防士的なやり方」を「事後対策」に言い直したのは言うまでもありません。今後どこかの会議で「firefighter’s approachはよくないから、予防策を講じよう」という発言が英語で出たときには、迷わず「事後の百策より事前の一策」とかっこよく日本語に通訳してみたいものです。
覚えておこう!
   Firefighter approach =予防策を講じていない手法    (pp.14-15)

 辞典にはどこにも載っていない表現なので、ChatGPTで検索してみるとちゃんと出てきました。恐ろしやAI!!“firefighter’s approach” とは、「問題が発生したときにその場しのぎで素早く対処し、とりあえず“火消し″することに重点を置くやり方」を比喩的に表した言葉です。特に問題解決や対応の方法に関連して使われます。目の前で起きている問題や危機の対処に追われ、その根本的な原因や長期的な改善に手が回らない姿勢を指します。これは火事が起きたら、まず最優先で消火をする消防士の行動・対応になぞらえており、その場しのぎで、緊急対応中心、受け身、反応型(reactive)というニュアンスを含むことが多いようです。その具体的意味は次のようなものです。
・ 根本原因の解決よりも、緊急対応を優先する
・ 火事を消すことに注力するために、予防や長期的な対策よりも、発生した現在の問題を消火するように即時対応する
・ 長期的改善より短期的・応急的な解決策に偏る傾向

 この表現はビジネスやIT運用、マネジメント、プロジェクト管理、医療、教育など幅広い分野でよく使われ、「いつもトラブルに追われている状態」「恒常的に火消し対応をする仕事の仕方」を指して使われます。含まれるニュアンスとしては、
・「このチームはいつもfirefighter’s approachで、根本的な改善ができていない」
・「緊急対応は必要だが、firefighter’s approach だけでは問題が繰り返されるだけだ」

 firefighter’s approach”という英語表現が、実際にどのように使われるのかの用例を幾つか挙げておきましょう。♥♥♥ 

Our team has been relying 0n a firefighter’s approach for too long.”(私たちのチームは長い間、場当たり的な火消し型アプローチに頼りすぎている。)

The firefighter’s approach helped us survive the crisis but it didn’t fix the root cause. (私たちは火消し的対応で危機を乗り切ったが、根本の原因は解決できなかった。)

We need a long-term strategy, not just a firefighter’s approach. (私たちに必要なのは長期的な戦略であり、単なる火消しではない。)

Management keeps using a firefighter’s approach instead of planning ahead. (経営陣は先を見越した計画を立てず、いつも火消し対応ばかりしている。)

The IT department is stuck in a firefighter’s approach because of constant system failures.(IT部門はシステム障害が頻発するため、火消し状態から抜け出せないでいる。)

To move forward, we must shift from a firefighter’s approach to proactive problem-solving. (前進するには、火消し型から先を見通した問題解決へと移行しなければならない。)

A firefighter’s approach may work temporarily, but it is not sustainable.(火消し型の対応は一時的には効くかもしれないが、持続可能ではない。)

Our team is stuck in a firefighter’s approach, constantly dealing with urgent issues instead of improving our processes. (私たちのチームは火消し対応に陥り、プロセス改善ではなく緊急案件への対応ばかりしている。)

A good manager should move beyond the firefighter’s approach and focus on long-term strategy. (優れたマネージャーは、消防士的な対応を超えて長期戦略に注力すべきだ。)

In crisis management, a firefighter’s approach is to tackle the immediate problems first and deal with the long-term strategy later. (危機管理では、消防士のアプローチは、まず最初に緊急の問題を解決し、長期的な戦略は後回しにするというものだ。)

 When the server crashed, the team’s firefighter’s approach was to get it up and running again before analyzing the root cause. (サーバーがダウンした時、チームはまず稼働させることを優先し、根本原因を分析するのはその後にした。)

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