elderlyの実態~辞書編集者の立場から

 今からもう30年以上も前のことです。ライトハウス英和辞典』(研究社)の第2版の改訂準備作業をしていた1988年頃の話で、当時、英語のelderlyという単語のゲラに《60歳前後》という注記が入っていたんです。これに対して、私たちの編集委員のMary Althaus教授(津田塾大学)から、30年前であれば、60歳はelderlyであっただろうが、現在はもう10歳~20歳は年上を言う言葉であろう」という書き込みがありました。これは当時の私にとって新発見でした。すぐに私たちの編集顧問の故ボリンジャー博士(Dwight Bolinger)に確認をとったところ、面白いエピソードを伺うことができました。平均寿命が65歳の時なら、60歳をelderlyとしてよいだろうが、現在の実態はそうではないことに注目すべきだ。博士が71歳の時、夜ジョギングしていたところ、警察官に呼び止められたというのです。おそらくは誰かに追いかけられていると心配に思って、この警察官は“elderly gentleman running”に対して、驚きを表したのでしょう。old と呼んだのでは失礼だろうから、丁寧にelderlyと呼ばれたのだろうが、71歳で“elderly”の範疇に入ると知って、ちょっと驚いた、と博士はおっしゃっておられました。結論的には、アルトハウス先生のご指摘に同意され、”You are as young as you feel.”だから、特定の年齢は明記しないほうがよい、とのアドバイスをいただきました。当時、松江北高のALTだったジェーン・ハンフリー先生(オーストラリア出身)も当時、個人的意見としながらも、70歳プラスと思う、と述べられました。ALTのエドワード先生とこの話題を話していて、「自分は75歳以上くらいだと思う」との意見でした。 “It is considered more polite to use elderly instead of old when describing a person : an elderly gentleman” (Cambridge Academic Content Dictionary)ということで、「しばしばoldに対する遠回しな語として用いられる」(『ライトハウス英和辞典』)としておきました。これが、今から30年前の実態でした。ライトハウス英和辞典』(第6版)をお持ちの方は、私の書いたold/elderly/aged「類義語」欄をご覧ください。しかし、あれからずいぶん時が経ちました。elderlyの実態は、当時からずいぶん変わってきたように感じています。

 尊敬する竹岡広信先生『改訂版LEAP必携英単語』(数研出版、2024年)elderlyにも 「年配の、年老いた(old, aged)の丁寧で遠回しな表現」とあります。残念ながら、これは現在の実態にあっていません。理由はelderly が「年齢」よりも「状態(弱っている・介護が必要)」を連想させる語になってしまっているからです。

 現在、アメリカでは、この問題は実にやっかいなようで、ニューヨークタイムズ紙が69歳の女性をelderlyと呼んでいます。別のアメリカの新聞は70歳をelderlyと呼んでいます。71歳の女性をelderlyと書いたところ、「あり得ない」という読者からの抗議の投稿があったそうです。ある読者は「自分は70歳だが、elderlyと感じることは絶対にない。elderlyは、少なくとも80歳以上、いや95歳もあり得るだろう」と述べました。どうやら20世紀前半にはold に対する婉曲語としてelderlyは受け入れられていたのですが、現在ではthe deafthe disabledなどと同じように、“politically correct”でないと受け止められているふしさえあります(cfCollins English Dictionary)。

Many people now think that this word is offensive but it is often used in talking about policies and conditions that affect old people  [Macmillan English Dictionary for Advanced Learners(2007)]

elderlyには弱々しく(weak)、自立できない(unable to care for oneself)、衰えている(frail)という含蓄が感じられるというのです。ウィズダム英和辞典』(第四󠄁版、三省堂、2019年)「もともとはoldの丁寧語であったが、現在では失礼な表現とされる場合もある」『グランドセンチュリー英和辞典』(第4版、三省堂、2017年)「しばしば遠回しにいう時にoldの代わりに用いられるが、失礼な言い方だと考える人も多い」と、『ジーニアス英和辞典(第6版、2023年)「元来old, agedの遠回し[ていねい]な表現だが、最近は失礼に響くと感じる人が多い」と記述しているのは、ここら辺を踏まえての観察と思われます。時代と共に英語が変容していく好例ですね。

 さて、ここからが今日のテーマです。最近のelderlyの使われ方を観察していると、事態はさらに進んでいる印象を受けています。Alpha」(7月17日号、2020年)の、James Tschudy先生の連載記事 “Odds & Ends”(やさしい英語の正しい使い方)に、面白いエピソードが出ていました。先生より8歳上のお姉さんがテレビで交通事故のニュースを見ていたところ、アナウンサーが“An elderly man of 70 was involved in an accident on Highway 50.”と述べたそうです。お姉さんは「ちょっと待って。私は70歳だけど、elderlyじゃないわ」と思わず口にしたそうです。お姉さんのelderlyという語に対するイメージは“old, weak, unable to care for oneself”だそうです。自分はまだ健康で、活動的なので、elderlyじゃないと言うのです。チューディ先生の語感も、お姉さんと全く同じだと言っておられました。もともとは丁寧語として登場したelderlyですが、現在はその使用には注意が必要です。ニュース記事で70歳の男性を“an elderly man”と書くのは、記者が敬意を払ったつもり、または(若者ではないという)客観的事実のつもりであることが多いのです。しかし、読者にとっては「俺をヨボヨボ扱いするな!」という侮辱に聞こえてしまうのです。70歳でも元気ならelderlyと呼ばれると反発されやすく、80歳でも元気なら避けられることもあります。年齢だけで決まる語ではなくなっており、当事者の感覚とは大きくズレているのです。

 かつてはold(老人)を避けるための「丁寧な婉曲表現」だったelderlyですが、現代のアメリカ英語では、「自立した生活が困難で、心身ともに衰えた高齢者」というネガティブな含みが強まっています。丁寧語から失礼な言葉へと転落していく現象です。現在の英語圏では、elderlyは年齢を示す中立語ではなく、弱々しさ・依存・衰えを連想させる語として忌避される傾向が強く、一般的には使わない方がよい語になっています。ネイティブスピーカーがelderlyという言葉から連想するのは、以下のような人物像です。

●Fraility(虚弱):足腰が弱く、杖や歩行器が必要な人。弱々しい。衰えている。

●Dependency(依存):介護を必要としたり、一人で身の回りのことができなかったり する人。自立ができない。他人の助けが必要。

●Vulnerability(脆弱性):犯罪の被害者になりやすい、あるいは病気のリスクが高い 「弱者」としての高齢者。体力・判断力が落ちており、社会的に保護の対象。

 年齢で区切る明確な基準はすでに崩れており、政策立案や医療の文脈で高齢者集団を指す時に限って使われることはあるものの、個人を指して“an elderly man/woman”と言うのは避けられています。国連では1995年にelderlyを避け、older personsを推奨しています。American Geriatrics Societyelderly, seniors, the agedを使わないように勧告しています。National Institute on Agingelderly「否定的なステレオタイプを助長する語」として使用を避けるように指示しています。相手を不快にさせず、かつ適切に年齢層を表現するために、現在は次のような言葉が選ばれています:seniors/ senior citizens/ older adults/ older people/ people in their 80s/ active seniros

 私たちの『ライトハウス英和辞典』(第7版、2023年)の次の記述の下線部分は、書き換える必要があると私は感じています。♥♥♥

【語法】 しばしばoldに対する遠回しな語として用いられるが、失礼と感じる人もいる。

【類義語】 中年以上の人に用いられる語で、しばしばoldやagedの婉曲表現として用いられるが、現在では失礼と感じる人もいる。

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