戸郷投手の矜持

 巨人・戸郷翔征投手(とごうしょうせい、26歳)が開幕二軍スタートの出遅れから、今季3度目の登板でようやく今季初白星を挙げました。昨年9月17日のヤクルト戦以来244日ぶりの勝利でした。5月19日のヤクルト戦(いわき)で7回115球無失点。最後までストレートのスピードが150キロ台で落ちず、フォークもいい所に落ちていました。試合後には「今までたくさん迷惑をかけたので、1イニングでも長く、1球でも多くと思っていました」「1年半ぐらい苦しい投球が続きながらも監督が使ってくれた。その期待に応えられて良かった」とはにかみながら振り返りました。今季の戸郷投手は、この試合前まで2試合で0勝1敗、防御率7.20でした。

 ヒーローインタビューでは、いつも以上に一段と明るい声で喜びをはきはきと語っていたのが印象的でした。ようやく復活の白星を挙げた戸郷投手の声を直接聞くべく、多くの報道陣が詰めかけました。普段は中継局による代表質問で終わるテレビ局の囲み取材も、複数社が質問攻めにし、宿舎に戻るチームのバスが出発する時間が迫る中でも、テレビ局の質問が終わった後に行われた新聞社などの取材まで、約10分間にわたって1問ずつ丁寧に答えていました。しかも東京ドームではなく頻繁に訪れることがない球場。地元メディアからはマウンドで投げた感想も聞かれ、「本当にいい球場でしたね。いわきのファンの方に1勝を届けられたというのもそうですし、また来た時に投げて勝てれば一番かなと思います」とリップサービスも惜しみませんでした。

 なかなか一軍の舞台に戻れず、歯がゆさを抱えていたであろう二軍の再調整。そんな時でも報道陣の取材には正面から向き合っていました。調子が上がらない、結果が伴わない時でも全く姿勢が変わらないため「どうしていつもそんなにしゃべってくれるのか?」と率直な思いをぶつけたことがありました「もともとしゃべるのが好きなのもありますけどね。巨人軍の選手としてお給料をもらっている以上、取材に応えることも仕事の一つ。伝えた言葉が新聞やテレビを通してファンの方に届くわけですから。でも、いつか自分も年をとったら気難しくなってしゃべらなくなる日が来たりしてね(笑い)」26歳にして伝統球団・巨人のエースという大看板を背負う男。その立ち振る舞いにプロ野球選手・戸郷翔征の矜持が少し見えた気がしました。

 「戸郷は5年ぐらい同じようないい成績を残してきましたけど、それからが難しくなるところです。永久的にいい選手はいません。対戦が非常に多くなった相手も、戸郷という投手の特性、特徴にアジャストしてきています。球の出どころ、変化球の落ち方や曲がり方にマッチしてきた部分があります」と、二軍調整時代を支えた久保巡回コーチ

 聖心ウルスラ学園から2018年ドラフト6位で入団。1年目にプロ初勝利を挙げると、2年目から先発ローテーションに定着しました。2、3年目は9勝。4年目からは3年連続で12勝を挙げ、2023年には日本代表にも選出されてワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一にも貢献しました。初めて開幕投手を務めた2024年は防御率1.95と抜群の安定感を披露します。しかし、2年連続開幕投手を担った昨年は8勝9敗、防御率4.14と成績が急降下してしまいます。先発ローテーション入りして今年で7年目。相手の研究が進み、対応されてくるのは当然のことでしょう。自身も毎年、進化を目指す中で、フォームを含めて微妙に投球のバランスを崩すケースはあります。さらに勤続疲労も出てくる時期です。戸郷投手の2軍での調整中、復調に向けて話をしてきた久保コーチは、「全部の要素が、いっぺんにやってきているんだと感じます。トレーニング方法、フォームなど、どのように行動していくか。いろんなことに直面している」と説明しました。近鉄コーチ時代に岩隈、阪神コーチ時代には藤川球児、ソフトバンクのコーチ時代は大竹耕太郎ら数多くの好投手を育成してきた久保コーチは、2023年から巨人でコーチを務めています。2023年に4勝に終わった菅野智之を、2024年は15勝と復活に導いて、メジャーリーグ挑戦につなげたのは記憶に新しいところです。

 昨年は「投球のバランスが結構崩れていました」という田中将大投手を魔改造。「長くやっている選手は、変化や進化を求めて、良かれと思っていろいろアレンジする。違う方向に挑戦すると、バランスが崩れて自分の良さが失われていくことがあるんです」田中投手には平均台の上で投球フォームを再確認させるなど、本来のバランス感覚を取り戻すところから着手。0勝だった前年から復活させ、日米通算200勝達成をサポートしました。育成選手を含め55人もの投手を預かる今年は、戸郷投手の復調にも取り組みました。26歳右腕のプロ野球人生については「非常に順調にきている。感性が強く、いい感覚を持った投手」と分析。「おそらく、こうやって動いたらこうなるという素質は素晴らしく、その部分に頼ってきたところは多分にある」といいます。素材の良さを生かして実績を重ねてきたが「これからは、より上を目指していくには、これまでの経験と探求心が必要」と見ています。天性の感覚の良さと戸郷ブランドが少々薄れた現在は、さらなるスキルアップが求められます。「どこかで大きく変貌を遂げていく必要がある中で、ちょうどターニングポイントに来ている。今が分岐点だと感じます。これを抜けられる人たちが100勝、150勝、200勝というところにたどり着いていける」。現在通算64勝の右腕が真のエースとなるために、避けて通れない大事な時期が訪れているのです。「極端なことを言えば、もっと速い球か、もっと遅い球か、もっと違う戸郷か、今までと違うところが大きく出て、大きく変われば、彼はまた同じ軌道に乗って、勝っていくことができる」。もちろん、それは簡単ではない。だからこの時期に「物事の理を追求していくこと」が必要なのです。「菅野投手や田中投手と同じで、勝つすべ、球をコントロールして相手に対峙していく面ではいい感覚を持ち合わせている。そこは消えていくものではない。ここまでは若さで突っ走ってきて、エネルギーが切れてきた。ここで終わってしまう投手はたくさんいるんです。ここから上がっていく投手になってほしい。もっともがいて、もっと勉強して、試してみる。そこで必要なものが浮き彫りになります」

 「僕の一番の球種はフォーク」と言います。今季は見極められることも多かった得意球の改善は、大きなテーマでした。相手に研究され、警戒されても、「それを上回らないといけない。根気強く投げていくことが勝ちにつながる」。最も信頼を置く球が輝きを取り戻し、前回対戦で5失点を喫したヤクルト打線を封じ込めました。

 不振にあえぐ中、16日に日米通算150勝を挙げた菅野智之投手(36歳=米ロッキーズ)に大きな刺激を受けました。「(菅野の)野球に対する姿勢は、どれだけ成績が出なくても変わらなかった。それは僕も見習うところ」「菅野さんには『後悔しない選択をしなさい』って言われてきた。菅野さんは何回同じ場面が来てもカットボールを選択するって。だからこそ尊敬できる先輩なんです」。昨年は何を投げても打たれました。自信がなくなり、キャッチャーのサインに首を振ることも少なくありませんでした。幾多の苦悩を乗り越えてきた先輩のように、めげずにフォームの改良などに取り組み、「試行錯誤した中で、真っすぐの強さやフォークの落差が出てきた」と明かしました。支えになったのは先輩・菅野の姿で、不調に苦しんだ2023年から2024年の苦悩を、戸郷投手は自らの不振を通じて痛いほど理解したと言います。「今活躍している菅野さんでも、この“苦しい恐怖”っていうのを感じていただろうし。苦しみながらも走り続けていれば、何かいいものはどこかで見つかるはず。気持ちが落ちていたらダメだと思う」「(菅野さんの)野球に対する姿勢は、どれだけ成績が出なくても変わらなかった。それは僕も見習うところ」。

 聖ウルスラ学園時代、2年生で背番号1をつけた頃は、仲間がエラーをすると滅茶苦茶どなっていたと言います。監督に呼ばれて、「チームの柱となる人は、いろいろなことがあると思うけど、最後は人間性」と言われてハッとしたと言います。不調時の映像を見直してみると、それが顔に出ていました。表情が悪ければチームの士気もさがります。巨人のエースとして恥じぬ姿をと思い描いて、腕を振り抜きました。「(悩みが)一つ晴れたような気持ちだけど、1試合良かっただけじゃだめ。続けていける投手がチームの柱になれる」「継続して良い投球を出していくのが先発の使命。良いものは出たので、継続していくことを次の課題にしたい」戸郷投手。揺るぎない信頼を取り戻すために、真価を発揮するのはここからです。巨人の優勝争いへ再加速させるための戸郷自身の再出発でもありました。今の戸郷にとっては、勝ち星が何よりの自信になります。

 続く5月27日のソフトバンク戦で先発し、7回117球で今季2勝目です。前日に、阿部慎之助監督の娘に対する暴力による突然の辞任発表に揺れる中、我慢して使ってくれた指揮官に応えるべく見事なピッチングで、泥沼の連敗をストップしました。「ジャイアンツはここで終わるわけにはいかないですし、なんとか前を向いていかないといけないので、何とか勝ててよかったです。」さらに「阿部監督もテレビで見てると思うし、やっぱりジャイアンツが勝つことが一番嬉しいことだと思います。3年弱ですかね。今まで監督が作り上げた選手達が活躍してると思いますし、監督の無念を晴らすって意味でも、僕らが優勝しなきゃいけないです。優勝すると、やってきたことが良かったじゃないかって監督自身も思うと思いますし、それが選手の使命だと思います」阿部監督を気遣いました。♥♥♥

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