山中伸弥先生の母の教え

 何度も帰還が危ぶまれた「はやぶさ」の7年振りの帰還で注目された宇宙航空研究開発機構シニアフェロー川口淳一郎先生と、ノーベル賞を受賞された京都大学iPS細胞研究所所長山中伸弥先生の対談本『夢を実現する方法』(致知出版、2013年)を面白く読ませていただきました。

 その山中先生に、今も生きる毋の教えがあるとしてこんなことを書いておられました。先生は今も細身ですが、子供の頃はもっと細く、病弱だったそうです。中学校が始まった途端に二日も三日も休むようではやっていかれないと、お父さんは心配されたようで、クラブ活動で柔道を習うように言われて、柔道部に入部しました。中高一貫システムで、入学したばかりの中学一年生がいきなり高校三年生と稽古をさせられたりもしました。しかし結果的にはそのおかげで随分強くなることもできました。一方で怪我も多く、畳と畳の問に足が挟まって指の骨を折ったり、足首を捻挫したりしています。年中、整形外科医のお世話になっていましたが、後年、先生が整形外科医を目指されたのもこの頃の経験と無縁ではありませんでした。

 この頃、特に忘れられない思い出で、教育大学の学生さんが教育実習に来た時のことです。彼は柔道三役という腕前でした。その人と練習で組み合うと、いとも簡単に投げられる。受け身を取って一本にされるのは悔しいので、先生はちゃんと受け身を取らずに最後まで粘り、変な手の付き方をしてしまいました。そのために、腕がボキッと折れてしまったのです。実習の先生としてみれば、大変なことです。部活動をしている最中に、生徒の腕を自分のせいで折ってしまったのですから。その日の夜、慌てたように先生から電話がありました。電話を取ったのはお母さんですが、そばで聞いていると、先生は受話器の向こう側で平謝りをしている様子でした。しかしお母さんはその時、こう答えたのです。「いやいや先生、気にしないでください。うちの息子の転び方が悪かったんだと思います。怪我したのはうちの息子のせいです。明日からも気にせず、いろんな子を投げ飛ばしてください」その時の態度は、わが親ながら立派だと感じたといいます。母親からはあまり教えられたことはありませんが、その出来事以来、先生はいつも次のことを心掛けるようにしておられます。何か悪いことが起こった時は「身から出たサビ」。つまり自分のせいだと考える。先生に投げられた時、自分がちゃんと受け身さえしておけば怪我をしなかった。そのために三か月ほど柔道ができなくなりましたが、それも身から出たサビなのだと。逆に、いいことが起こった時は「おかげさま」と思う。確かに、自分が努力をしたためにうまくいくことはありますが、実はその割合は少なくて、周りの人の助けがあって初めて物事はうまくいくもなのだと思います。つまり、先生がお母さんから学んだことは、「何か悪いことが起こった時は「身から出たサビ」。つまり自分のせいだと考える。逆に、いいことが起こった時は「おかげさま」と思う。」ということです。

 成功する人と、失敗する人の一番大きな違いは何だと思いますか?「運がいいから」ということもあるでしょうね。でも「運」を引き込むことができたのも、どこかに何かしらの要因があるはずです。私は若い頃に、幸田露伴『努力論(小説『五重塔』が有名ですね)を読んだことで、それが少しだけ見えてきたような気がしました。それは失敗を人のせいにしない」ということです。露伴ははっきりと述べています。大きな成功を遂げた人は、失敗を人のせいにするのではなく自分のせいにするという傾向が強い」 物事が思うようにうまくいかなかったり、大失敗をしてしまったときに、人のせいにすれば自分は気が楽ですね。往々にして何か問題が起こると、それはすべて他人のせいで、自分には関係がない、と考えがちです。あいつがこうしなかったからうまくいかなかったのだ、あれがこうなっていたから失敗したのだ、あの時に予期せぬこんなことが起こったから失敗したのだ、悪いのはあいつであって自分ではない、等々。物事をいつもこんな風にとらえていれば、自分が傷つくことはないし、気楽なものですね。でもこのような態度で暮らしていると、いつも物事はそこで終わってしまい、そこから得たり学んだりすることは絶対にないでしょう。一方、失敗や不運の原因を自らに求める人は、傷つき、苦しみ、悲しく辛い思いをすることになります。でも同時に「あの時はああではなく、こうすればもっとよくなっていたのでは?」という反省の気持ちを持つことになり、前よりも前進・進歩することができます。自分の欠陥を補っていけばいくほど、自らを成功の有資格者にしていくのは明らかでしょう。また、自らを責めることほど他人の同情をひくことはなく、他人の同情をひくほど事業は成功に近づくのです。ここが大きな差を生むんですね。失敗や不幸を自分に引き寄せて反省し考えることを一生やり続けた人間と、常に他人のせいに責任転嫁し続け何もしない人間とでは、かなりの確率で、運の良さがだんだん違ってくることは間違いないでしょう。こうした態度の違いは、長い間に大きな差となって、運のある人とない人の差に、つまりは成功する人と失敗する人の差となって現れることになるのです。幸田露伴は、このことを、運命をたぐり寄せる二本の紐に喩えて紹介しています。一本の紐はザラザラゴツゴツとした針金のような紐で、それを引くと掌は切れ、指は傷つき、血がにじんできます。耐えがたい苦痛に耐えて、それでも我慢して引き続けると、大きな幸運を引き寄せることができます。しかし、手触りが絹のように心地よい感触の紐を引っ張っていると、引き寄せられてくるのは不運だというのです。私が卒業生たちに求められて、色紙や卒業アルバムにサインをする際に、力を尽くして狭き門より入れ」(聖書ルカ伝)と書くのも、これと同じ気持ちからです。

 尊敬する故・松下幸之助さんも、失敗を幾度となく重ねて(cf. 中島孝志『ほんとうは失敗続きだった「経営の神様」経営伝―松下幸之助』(メトロポリタンプレス、2011年)偉大な業績を挙げた苦労人ですが、失敗を素直に認める」ことの大切さを語っておられます。故・野村克也さんが、失敗と書いて成長と読む」とおっしゃっておられるのも、これと同じ精神でした。

 大切なことは、何らかの失敗があって困難な事態に陥ったときに、それを素直に自分の失敗と認めていくということです。失敗の原因を素直に認識し、「これは非常にいい体験だった。尊い教訓になった」というところまで心を開く人は、後日進歩し成長する人だと思います。  ―『松下幸之助一日一話』(PHP研究所)

 「僕はな、物事が上手くいった時にはいつも皆のおかげと考えた。上手くいかなかった時はすべて自分に原因があると思っとった。」  ―松下幸之助

 尊敬する経営コンサルタントの小宮一慶(こみやかずよし)さん(私は彼の大ファンで書かれるものは全て読むようにしています)がよく引用される言葉に、「成功したときは窓の外を、失敗したときは鏡を見る」という言葉があります。成功を収めたときには窓の外を見て、成功をもたらした要因を見つけ出す、具体的な人物や出来事が見当たらないときには、幸運の有り難さに感謝する。結果が悪かった時には、鏡を見て、自分に責任があると考える、つまりうまくいかない時は、自分のせいだと思うことです。鏡に自分を映して、何がいけなかったのかを素直に謙虚に反省しないといけません。上手くいったときは他人のおかげ、上手くいかないときは自己責任ととらえて反省する気持ちが大切だと、松下幸之助さんも言っておられました。「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、全部自分のせいだと思え」とは、経営コンサルタントの故・一倉 定(いちくらさだむ)さんの言葉でした。とかく他人や世間を非難しがちですが、常に自分を反省することが大切です。

 故・高原慶一朗さん(私はこの人の本からいろいろなことを学ばせていただきました) が起こした(株)ユニチャームには「原因自分論」というのがあります。何か物事がうまく運ばない時に、とりあえず条件反射的に人のせいにしてしまう人がいます。「世の中の景気が悪い」「部下がちゃんと働かない」「需要が落ち込んでいる」「上司が認めてくれない」など、自分ではなく全て他に責任を転嫁してしまう人たちです。リーダーたる者は、人を批判したり非難する前に、まず自分の問題として受け止めて、それを解決するために自分としては何を考え、何を行ったらよいのかを考えることが大切です。

 「あなたのせいだ」と相手を責めたくなったときこそ、その指先を自分に向けよう。「原因自分」の考え方が失敗を生かし、人を成長させる。(高原慶一朗)

 企業・政治家・学校現場の不祥事が続いて、その度に責任のある幹部が出てきては謝罪をするのが通例のようになっています。中には「極めて遺憾である」とか「残念だ」といった、まるで人ごとのようなコメントでお茶を濁す例が少なくありません。それは部下のしたことで、自分は知らない、関知していない……こんな言い訳を聞いていると、「キツネはワナをとがめるが、自分自身をとがめない」というイギリスの詩人・ウィリアム・ブレイク(1757-1827)の言葉を思い出します。キツネはワナにかかった自分の不注意を反省せずに、そこにあったワナを責める。同じように、愚かな人は、過ちに対して、自分の行いの悪かった点を認めず、他人や状況のせいにすることを皮肉った言葉です。自分が為したことの結果については、全て自分自身に原因と責任がある。とりわけ失敗の要因は、常に自分の力不足に求めて、他に転嫁しないこと。その「原因自分」の考え方、行動原則を忘れないようにしたいものですね。♥♥♥

 

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