ちょっと古い話になりますが、昭和27年、本田技研工業の総帥・本田宗一郎氏が、小型エンジンの発明で藍綬褒章を受章した時に、宮中で開かれる授章式に、仕事着であるツナギで出席したいと、宮内庁に申し出たといいます。さすがに、この案は実現しなかったようですが、このエピソードから、本田氏の仕事にかける並々ならぬ意欲を感じるのは、私だけではないでしょう。つまり、仕事を大事にし誇りに思っているからこそ、仕事着こそもっともフォーマルだという発想も生まれてくるわけです。
本田氏の仕事着に限らず、昔から職人さんたちは、一流の人ほど自分の道具を大事に扱ったものです。大工さんなら、作業後、ノミ一本まで研ぎあげ、ていねいに道具箱に収めるまでが仕事のうちでした。最近では、物が豊富なせいか、社会全体で道具を大事にする習慣がなおざりにされつつありますが、逆に考えれば、そういう現代だからこそ、仕事に関係のある道具を大事に扱うと、非常に目につくことになるのです。
サラリーマンの場合は職人と違って特別な道具を使っているわけではありませんが、それでも、筆記用具、カバン、書類、机の上などがいつもきちんと整理されているのといないのとでは、周囲に与える印象は大違いです。使い込まれてよく手入れの行き届いた道具は、見る人に爽快感を与えます。また、自分の仕事に関係する道具を大事にする人は、腕のいい職人さんに対するのと同様の信頼感を他の人に与えるものです。メジャーリーグでも伝説となったレジェンド・イチローさんは、道具を極めて大切に扱うことで有名でした。彼は試合が終わると、遠征先でも必ず自分の手でグラブを磨き、バットを丁寧に扱い、スパイクの手入れをしていました。「道具を大事にするということは、自分を大事にするということ」彼は、道具を自分の体の一部と考えていました。道具に感謝し、最高の状態に整えておくことで、いざという時に「道具が助けてくれる(ミスを防いでくれる)」と信じていたのです。これは、「準備こそが成果を生む」というプロ意識の象徴的なエピソードです。あのイチロー選手が、少年野球教室などで、小さい子どもたちから「強い選手になるにはどうしたらいいですか?」と質問を受けた時に、彼は何と答えたと思いますか?
大事なバットを芝生の上に寝かせたりしないことです。ほんのわずかな芝生の湿り気が、バットのバランスを崩すこともある。バットを地面に叩きつけるなどはもってのほかです。地面にぶつかった衝撃で、重さや木目、密度のバランスが崩れるかもしれません。バットを作る樹は自然が長い時間をかけて育てています。バットは、この自然の樹から手作りされているのです。一度バットを投げたとき、とても嫌な気持ちになりました。それ以来、自然を大切にし、バットを作ってくれた人の気持ちを考えて、僕はバットを投げることも、地面に叩きつけることもしません。もともと道具を大事に扱うのは、プロとして当然のことです。ボールを投げたり打ったりする前に、まずはそういうところに気持ちをもっていかなければダメです。
上の発言の中でも触れているように、実は、そのイチロー選手自身もかつて、1996年7月6日、近鉄戦で左腕・小池秀郎投手にふがいない三振を喫して、思わずバットを叩きつけたことが一度だけありました。「あれだけのバットを作ってもらって打てなかったら自分の責任ですよ」と、イチロー選手は反省し、その後、我に返って、バットを作っていただいた名工・久保田五十一さんに、謝罪のメッセージを送っています。「何人かの選手から、自分の手掛けたバットについてお礼を言われたことは過去にもありました。でも、バットへの行為そのものを謝罪されたのはあの一度だけですね」と、伝説的なバット職人・久保田さんは語りました。道具に対する意識の高さは、イチロー流準備の特徴です。フリー打撃を終えた選手たちが、それぞれのバットを芝生の上に平気で放り投げる中、イチロー選手だけが、バットをグラブでそっと包み、まるで眠った赤ん坊をベッドに横たえるように置いていました。彼は普段、特製のジュラルミンケースに入れて、バットを持ち歩いています。ケース内には乾燥剤を入れるポケットがあり、湿気による重量増を防いでいるのです。それぐらいに道具への強い愛着・こだわりがあるんですね。私は個人的にはイチロー選手は好きになれないのですが(自分の成績にしか興味が無い)、この道具を大切にする姿勢だけは、みんな見習わなくてはいけないと感じています。「道具を大切にできない人は、いつかその道具に裏切られる」とは、プロゴルファーの青木 功(あおきいさお)さんが、週刊誌に連載したコラムに書いていた言葉です。
ある町工場に、腕は確かだけれども仕事が少し雑な若い職人がいました。彼は作業が終わると、使った道具類を机の上に放置したまま帰ってしまいます。「また明日使うんだからいいだろう」と思っていたのです。ある日、ベテラン職人がその様子を見て、何も言わずに若者の工具を一つひとつ丁寧に拭き、決まった場所に並べました。翌朝、若者はそれを見て不思議に思い、「なぜ自分の道具まで片づけたんですか?」と尋ねました。するとベテラン職人は、こう答えました。「道具はな、仕事の結果を一番近くで見ている相棒だ。雑に扱えば、雑な仕事しか返してくれない。大切にすれば、困ったときに必ず応えてくれる」それ以来若者は、毎日作業の終わりに道具を丁寧に手入れするようになりました。不思議なことに、ミスが減り、仕上がりも安定し、仕事への向き合い方そのものが変わっていったといいます。後に彼はこう語っています。「道具を大切にすることは、仕事そのものを大切にすることだった」と。
またこんな話もあります。ある木工職人の話です。 彼は若い弟子に、古びて錆びたノミを見せながらこう言いました。「これはな、俺が修行を始めた頃に買ったノミだ。30年使って、刃は何度も研ぎ直し、柄も二度取り替えた。でも、こいつはずっと俺の相棒だ。」弟子は驚きました。「そんなに古い道具を、なぜまだ使うんですか?」と尋ねると、職人は笑って答えました。「道具はな、使う人間の癖を覚えるんだ。 大切に扱えば扱うほど、手に馴染んで、仕事の質を上げてくれる。 道具を雑に扱う人間は、仕事も雑になる。」その言葉を聞いた弟子は、それまで「壊れたら買い替えればいい」と思っていた自分の考えを恥じることになります。 それからは、毎日の作業が終わるたびに自分の道具を丁寧に磨き、刃を研ぎ、木屑を払うようになりました。数年後、弟子の技術は目に見えて向上し、棟梁はこう言いました。「お前の腕が上がったのは、道具を大切にし始めた頃からだ。」
ある有名なフランス料理のシェフは、新入りの料理人の技術を見る前に、まずその人の「包丁の研ぎ方」と「キッチンの布巾の畳み方」を見ると言います。
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道具が汚れている=仕事が雑である
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道具の配置が乱れている=思考が混乱している
道具を大切にする人は、次に使う瞬間のことを常に考えています。つまり、「先読みの力」があるということです。道具を整える習慣がある人は、トラブルにも強く、安定したパフォーマンスを発揮できる、というわけです。
1000年以上続く寺社仏閣を修復する宮大工さんの世界では、道具(鉋や鑿)を研ぐことが修行の基本です。あるベテランの棟梁は、「道具を粗末に扱う者は、材料(木材)の声を聴くことができない」と語ります。切れない刃物で無理に削れば、木を傷め、建物の寿命を縮めてしまいます。道具を慈しむ心は、そのまま「成果物(仕事の対象)への敬意」に直結するのです。
これら全てのエピソードが伝えていることは
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道具を大切にする姿勢は、仕事そのものへの姿勢を映す鏡である。
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手入れを続けることで、道具は自分の一部のように馴染む。
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「大切に扱う」という行為が、集中力や丁寧さを育てる。
道具を大切にすることは、単なる物の管理ではなく、 自分の仕事への誠実さを育てる行為なんですよね。♥♥♥


