salad days~「サラダの日々」?

食事 以前このブログで、シンガーソング・ライターの岡村孝子さんが出版した訳書『昨日よりも今日よりも~』(飛鳥新社、1992年)の中に、salad days「サラダの日々」と誤訳していることに触れました。⇒コチラです   この日のブログ記事は、なぜかしら全国からとてつもない数のアクセスをいただき(今でも)、不思議に思っています。全国の岡村孝子さんファンが見てくださっているのでしょうか??

 この句は、正しくは「未熟な青年期」、つまり若くて経験もあまり積んでいなかった未熟な頃を指すイディオムです。one’s salad daysという形で使われます。それではなぜこれがそのような意味を持つようになったのか?が問題ですね。これは、シェークスピアの作品『アントニーとクレオパトラ』(1606年)のセリフに由来します。ただ、今それを意識している人はほとんどいませんが。

My salad days, When I was green in judgment: cold in blood, To say as I said then!(未熟な青年時代だった。判断も青臭く、体の血も冷たかった頃だわ、あんなふうに言うなんてね)

 若さはサラダのように生でみずみずしいからか、サラダは風味が豊かなので、いかにも若者が好みそうだからなのか、素朴な香草は若者の食べ物だからか、答えられる人はほとんどいないであろう、とあのFowlerは推測しています。Longman Dictionary of Idioms (1979)では、「サラダの野菜の緑は、若さや経験の無さを連想させる」と書いていました。しかし、この句は、最近のStudent Timesでも指摘されたとおり、現代英語ではあまり使われることがありません。本校のオーストラリア人ALTも「知らない」と言っていました。COBUILD Dictionary of Idioms (2002)が書いているように、”Literary”な香りのする表現です。安藤貞雄先生の『三省堂イディオム・句動詞大辞典』では≪古風≫となっています。LDOCEOALDの”old-fashioned”に習ったものでしょう。どんな風に使うのか、各種イディオム辞典から、この句の用例を引いておきましょう。

I have now know you for over 30 years. I remember that in our salad 
  days I shared many your views on the economy while we were at Cambridge.
The Grand Hotel did not seem to have changed since her salad days.
His later music is very different from the precise classically-based
  works of his salad days.
I remember the long discussions about freedom of the press that we 
  used to have in our salad days.
We listened to the sad and faded tunes that the band was playing and
  remembered how exciting this same music had seemed during our salad
  days.

 先ほどのStudent Times井上千尋「英語なるほどQ&A」では、イギリスのエリザベス女王の戴冠25年記念のスピーチが引用されていました。クレオパトラの言葉を盛り込みながら、パンチの効いた演説です。

     When I was twenty-one I pledged my life to the service of our people and I asked for God’s help to make good that vow. Although that vow was made in my salad days, when I was green in judgement, I do not regret nor retreat one word of it.

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