セコムの飯田 亮さん

 セコムの創業者飯田亮(いいだ・まこと)さん(81歳)。東京出身で、学習院大学政経学部経済学科卒業後、家業の酒販売会社「岡永」に入社。父の紋治郎は5人の息子たちを集めては「食うための仕事はするな。間違ったことで金を稼いではいかん」と口を酸っぱくして言い、飯田さんの頭にその言葉がしっかりと刻まれたと言います。実家で営業をやっていた頃、ある日いつも買ってくれない酒屋さんの前を通り過ぎて、他の店に行こうとしたら、そこの親父さんに呼び止められたといいます。『お前、な飯田亮んで俺んとこの前を通り過ぎるんだ』『だって買ってくれないじゃないですか』『バカ、俺だっていつか買うかもしれんだろう。飽きずにしつこくやれ。商売は飽(あ)きずにやるから商い(あきない)というんだ』セールスの基本はあきらめないこと、という哲学はこのエピソードから学んだと言います。29歳で独立し、日本で初めての警備業を創業しました。スタート時の「日本警備保障」は、友人と二人で営業、経理、総務、など全般を担当、加えて二人のガードマンが契約先を警備する全社員4人のちっぽけな会社でした。契約が徐々に伸びていく中、飛躍的に伸びるきっかけになったのが、1964年東京オリンピックの選手村の警備でした。昭和40年~41年には、セコムをモデルにしたテレビ番組ザ・ガードマン』が放映され、最高視聴率39.9%という超人気番組となり、セコムの名は一躍全国区になるのです。テレビ局側から提案された番組名は『東京用心棒』でした。このタイトルではヒットしないと直感した飯田さんが即座に出した代案が『ザ・ガードマン』。飯田さんの造語です。私も幼い頃毎週見ていました。なんかずいぶん怖かった思い出があります。日本ではまったくなじみのない警備保障という新しい事業でしたが、一大産業に育て上げました。現在、家庭向け警備(ホームセキュリティ)の契約数は、100万件を超えています。

 設立から10年経ったセコムの歩みは順調そのものでしたが、デパートに配備していた警備員が売り場から真珠を盗むという事件が起こりました。そして5,6回続けて盗難事件が起きます。事件とかトラブルというのは有頂天になりそうな時に起こるもんだ」という教訓を得ます。そして1966年に大きな決断に出ます。ガードマンを常駐させる警備をやめ、機械と通信回線を結合させたSPアラームという機械警備を採用することにしたのです。契約先も増えている時の急な決断に社内はとまどいます。しかし飯田さんは頑として戦略の転換を指示、自分の意思を押し通します。「役員会でも大もめにもめた。このままやってりゃ儲かるのに社長は会社をつぶす気ですかと反対された。だが僕は全員の反対意見を聞いたうえでこう言ったんだよ。うちの会社がつぶれても、お前たちはまだ他に行ける。しかし、会社をつぶした経営者を雇っDSCN4186てくれるところはない。うちがつぶれたら、俺は死ぬしかないんだ。だから俺の言うことを聞け、と」   「それほどまでに僕が機械警備にこだわったのは将来を見据えて、とか事業の効率化を考えてのことじゃないんだ。機械ができる仕事を人間にやらせるのは人間を馬鹿にすることなんだ。僕はそれが嫌で嫌でしかたなかった。だから機械警備を採用したんだよ」  「事件なりトラブルなりがあるとたいていの人間は一度止まって足場を作り、体勢を整えてからもう一度進んでいこうとするだろう。だが僕はそうじゃないと思う。前へ進んでいるからこそ組織は持つんだ。足場を固めようなんて雰囲気になったら、会社はダメだ。走ってる自転車と同じで、たとえふらふらしていてもいつまでも前を進んでいたほうがいいんだ」 「これは人間の尊厳の問題だ。機械に出来ることを人間にやらせてはいけない。皆で賛成して当たり前の答えを出すようでは、会社は伸びない。困難な道を歩こう」

 当初は契約が伸び悩みましたが、1969年に108号連続射殺魔事件の犯人逮捕のきっかけになったことから急成長しました。その後の発展はみなさんご存じの通りです。飯田さんの本を読むと、心に残る言葉にたくさん出会います。清く正しく美しく」という哲学が伝わってきます。インタビューでもそのことは強く感じることができます。⇒コチラです

 小細工したり、逃げたりすることは、その場ではなんとなく上手に立ち回ったように見え、利口そうに見えることがありますが、その仮の成功から得るものは、何事に対してもまともに取り組むことのできなくなる習性であり、逃げ回る習性だけです。前に川があれば歩いてでも渡る。崖があればはしごをかけてでも登っていく。決して楽な道はないかとキョロキョロあたりを見回したり、回り道をしたりせず、真正面から障害に向かっていく。セコムが進む道は真正面を向いて行く道しかあり得ないのです。

 創業50周年のとき、なぜ自分はここまで会社を成長させることができたのか、改めて思いを巡らせてみました。「ひとつのことに熱中してきたから」とか「一生懸命どりょくしてきたから」などとも考えたのですが、どれも当たり前のことで、正直これといった理由が見つかりませんでした。結局、当たり前のことを当たり前にやっていたら成長していたんです。

 漁師の精神を学ばなければいけない。漁師は釣れなければ、狙う魚を変え、道具を変え、場所を変える。いつも同じところにじっとしていて、「魚が無いね」と嘆いているだけではダメだ。

 物事に行き詰まったとき「しょうがない」と言って、すぐに妥協してしまう人間が多すぎる。それでは何も生まれない。考え抜いて精根尽き果ててから、それでもあきらめず、もう5分、さらに考える。そうやって、何としてでも壁を突き破ろうという執念がなくてはならない。

 泥水をたっぷりと飲み、腹をこわし、耐久力をつけないと人は強くなりません。プロフェッショナルになるためには、困難にまともに立ち向かっていくしかないのです。

 私は、1990年から始まった長嶋茂雄さんが登場するCM「セコム、してますか?」というフレーズが大好きでした。そのご縁で今も続いているセコムホームページ上の「月刊長嶋茂雄(毎月1日更新)を楽しみに読んでいます。⇒コチラです

*「セコム」というのは「セキュリティ・コミュニケーション(Security Communication)」を略した造語で、「人と科学の協力による新しいセキュリティの構築」というコンセプトから付けられました。

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