國弘正雄先生が老衰のためにお亡くなりになりました。84歳でした。私たちの世代にとって、國弘先生は神様のような存在です。英語の同時通訳の先駆け・第一人者で、アポロ11号の月面着陸をテレビで同時通訳をなさいました。三木武夫外務大臣の秘書官、民放ニュースキャスターを経て、1989年の参議院選挙に当選して議員を1期務めました。鳥飼久美子さん、筑紫哲也さん、安河内哲也さんなど、みな國弘先生の教えを受けた秘蔵っ子です。
三木武夫首相の訪米時のエピソードを、『読売新聞』の「編集手帳」(11月27日付)が取り上げていました。
ワシントンで講演した際、記者から質問が出た。「当地にはプロ球団がない。読売ジャイアンツの招致にお骨折りを願えないか?」首相は「話を何とか進めて…」と、日本語でボソボソ答えた。通訳の國弘正雄さんが英語に訳した。「プロ野球はいまや米国のみならず、日本の国技でもある。あなた方ね、私らが何でもイエスと答えると思ったら間違いですよ。日米交渉と同じです。ご提案は受諾しかねます」現地記者の居並ぶ会場がワーッと拍手に沸いた。当の首相は隣でキョトンとしていたらしい。…國弘さんの回想によれば、”誤訳”する了解を事前に首相から得ていたという。
また、『日本経済新聞』の「春秋」(11月28日付)には、こんなエピソードが載りました。
戦争中、英語を使いたくてたまらない14歳の中学生が神戸にいた。意を決して捕虜収容所を訪ねると、柵の向こうの「赤鬼青鬼みたいなやつばかり」の中の小柄で柔和そうな若者がほほ笑んできた。少年は話しかけた。What is your country?(あなたの国は?) 今の中学生ならWhere are you from?と言うだろうが、そんなことは知らない。と、捕虜はさらに笑って一言、Scotland.(スコットランド)。「通じたッ」。少年は欣喜雀躍、叫びながら家へ走った。運命の不思議か。英語にとりつかれた少年は長じて同時通訳の名手になる。その國弘正雄さんが84歳で死去した。
私もずいぶんかわいがっていただいた広島女子大学学長であった故河上道生先生(一昨年お亡くなりになりました。私の追悼記事はコチラです)は、語法研究の第一人者であるばかりか、当代きっての英語の使い手(カーター大統領やマザーテレサ来日のときに通訳として見事な英語を操られましたね)であられたんですが、その河上先生が、國弘先生のことを評して次のように書いておられます。
この夏ある講習会で、テレビ英会話の講師であり、すぐれた通訳者でもある國弘正雄氏と一緒に数日を過ごす機会があった。同氏は講演のなかで氏自身の英語学習に言及し、中学時代の英語教科書を何千回も音読したと語り、中学のテキストをマスターすることが重要であり、ほんとうに中学の教科書を完全にものにしている日本人は、そう数多くはないだろうと述べられた。…私は昨年、語学教育振興会が行った大学生対象の集中訓練の指導教官会議の席で、氏のあいさつを聞いて深い感銘を受けていた。氏が相当期間米国に滞在していたことを考慮に入れても、なお氏の英語が抜群であることに変わりない。英語圏に住んだ年数が多くても、英語が不正確な人のほうが多いからである。何はともあれ、國弘氏の英語には文法上の誤りがない。これは日本人の英語としては珍しいことである。このことは氏が中学時代の英語を徹底的に学んだことで説明されるとわたしは思う。氏は英語を暗唱すべきだとは強調されなかったが、それほどまで音読した氏がテキストを暗記されたことは疑う余地がない。私は機会あるごとに中学テキストを暗記することが将来の基礎を作ることであることを強調している。文法も文型練習も有益な教授上の技術ではあるが、学習者が、すべての課ではないにしても、かなりの数の課を暗記するという仕上げの段階を抜いては、将来英語を書いたり、話したりするための十分な基礎は作れないというわたしの信念は、経験と、かなり多くの日本人の英語を観察したところに基づくものである。
國弘先生のこの「音読」の勧めは、「只管朗読」(しかんろうどく)という四文字の言葉で提唱されました。この「只管」とは、鎌倉時代に禅宗の一派である曹洞宗を開いた道元禅師の教え「只管打坐」(しかんたざ)の悟りにならっています。これは「ひたすら座りなさい」ということです。とにかく黙ってお座り、ということです。これが新しい境涯に到達するための最短距離な
のだと説かれたのです。この道元禅師の教えにならって、國弘先生は、英語に上達しようと思ったら黙って音読しなさい、ひたすら朗読しなさい、と主張されました。これこそが最も「効果的でしかもお金のかからない、いつどこでも自分自身が主体的に場所なり時間なりを決めて行うことのできる、その意味では最も容易な方法である」、「只管朗読」こそが「安楽の法門」であると主張されたのです。松江北高の生徒たちには、ずいぶん多くの教科書の英文を音読・暗唱させてきましたが、この國弘先生の教えにならったものです。國弘先生の本は、松江北高の図書館にはたくさん入れてありますから、生徒諸君には一読をお勧めしておきます。
昨年は、「ミスター同時通訳」の村松増美さん、今年は國弘正雄さん、と、日本の国の体面と利益を縁の下で支えた、外交の戦士とも言うべきお方がお亡くなりになりました。
関連
先生の名前で検索しましたら上位にありましたので、投稿させていただきます。
國弘が死去した施設にたまたま共同通信社の記者がいたため、遺族の密葬後に「偲ぶ会」とあわせて発表するという予定が壊され、即日、訃報として配信されてしまいましたが、ようやく「偲ぶ会」について案内が行われております。
おそらく、生前、先生と親しかった方には事務所の名簿や知己のネットワークより、お聞き及びのことと存じますが、訃報と異なりニュース性がないため配信は大きく扱われておらず、また、私自身、ネットに不慣れで、ツイッターなども行っておりませんので、この場を借りて、ご案内させていただきます。
もしよろしければ、ご覧になった方で、ブログなどで掲載し拡散ができる方は、よろしくお願いいたします。
「國弘正雄先生を偲ぶ会」は、
2015年4月7日午後1時より、先生も設立に尽力された国際文化会館(港区六本木)にて開催されます。
会費制1000円で、そのほか供花など一切を遠慮させていただきます。
生前の先生の面影や思い出を持ち寄りながら、思い出話をする「國弘学級同窓会」ができればと考えております。
先生と少しでも親交があった方、あるいは先生との文通をされた方、どのような方でも、お気軽にお越しください。特に事前の連絡は不要です。
なお、偲ぶ会の連絡先は、先生の著書巻末に記載の自宅所在地におられる喪主でもある國弘正彦さんとなります。
平日ですので、どれほどの方がいらっしゃるかわかりませんが、転載、拡散などいただければ幸いです。