「幸福三説」

 明治末期から大正初期にかけ、日本は暗闇の時代が続きました。事業の失敗や失業、貧困など、さまざまな外的原因によって自らを不幸だと思い込み、悩み、苦しみ、陰惨な思いに沈む人が数多くいました。そんな中で、幸田露伴(こうだろはん)は、「どうすれば人は必ず幸福になれるか」といったスタイルの「幸福論」は絶対不可能であると考え、「どういう心がけで生きれば、不本意なことが多い世にあって人生を肯定的に生きられるか」を説きました。それが名著『努力論』でした。

 露伴の家はもとは徳川幕府のお茶坊主を務めた家系でした。彼は旧制東京府立中学や東京英学校に学びましたが、どちらも家計の事情で中退しています。その後、漢学塾に入り、電信修技学校に入り電信技手になり北海道に赴任します。しかし作家への思いが断ちがたく、職を辞して東京へ歩いて帰ります(お金がなかったのです)。「露伴」というペンネームはその帰りの苦難の旅の途中に、二本松で詠んだ句「里通し いざ露と寝ん 草まくら」に由来すると言われています。このように努力に努力を重ねて自ら作家への道を切り開いた露伴ですから、『五重塔』といった小説だけでなく、随筆や史伝にも卓見が満ちあふれています。

 40代前半に、幸福を引き寄せるために、露伴「幸福三説」なる3つの工夫を述べています。幸福三説」は、「惜福」「分福」「植福」の三つからなっています。これを若い時に知ったことは、私の生き方の上で、大きな影響を与えました。私は今まで努めてこれを実践するようにしてきました。

 「惜福」(せきふく)とは、文字通り福を惜しむことです。自らに与えられた福を、取り尽くし、使い尽くしてしまわずに、天に預けておく、ということ。その心掛けが、再度運にめぐり合う確率を高くする、と説かれます。露伴「幸福に遇う人を観ると、多くは「惜福」の工夫のある人であって、然らざる否運の人を観ると、十の八、九までは少しも惜福の工夫のない人である。福を取り尽くしてしまわぬが惜福であり、また使い尽くしてしまわぬが惜福である。惜福の工夫を積んでいる人が、不思議にまた福に遇うものであり、惜福の工夫に欠けて居る人が不思議に福に遇わぬものであることは、面白い世間の現象である」と述べています。例えば、宝くじで1億円が当たったら〔笑〕、全部使ってしまわずに、2千万円くらいは貯金に回しておこう、つまり福を大事にする精神のことですね。よそ行きのいい洋服を作ってもらったら、それまで着ていたまだ十分着れる服をさっさと捨てて、いい洋服を普段着のように着回すのではなく、ちゃんとよそ行き用だけに着て、古い普段着はさらにブラシをかけて着る。控えめにして、自ら抑制する、いい福が来たら、それを惜しむような態度でいると、福が集まるということです。

 「分福」(ぶんぷく)とは、幸福を人に分け与えること。いい事があったら一人占めにせず、他の人にも福をおすそ分けをすることです。自分一人の幸福はありえない、周囲を幸福にすることが、自らの幸福につながる、と説かれます。「恩送り」「情けは人のためならず」と近い考え方ですね。露伴「すべて人世の事は時計の振子のようなもので、右へ動かした丈は左へ動き、 左へ動いた丈は右に動くもの、自分から福を分ち与えれば人もまた自分に福を分ち与えるものだ」と述べています。露伴によれば、恵まれた福を分かつことは、春風の和らぎ、春の日の暖かみのようなものであると言います。春風はものを長ずる力であり、暖かさでは夏の風にはかなわないが、冬を和らげ、みんなを懐かしい気持ちに誘うことができる。それと同じように、福を分かつ心を抱いていると、その心を受けた者はやすらかな感情を抱くものです。分福をあえてなす者は周囲に和やかな気を与えることができるのです。どこからお土産をたくさんもらったら、それをお裾分けする。ただし、あくまでも好意で分けるのですから、「見返り」を期待してはいけません。福は天からの授かり物であって、自分に何かいいことが起こったら、それを天の一角に返す気持ちで他人に分ける、そういう気持ちが大切です。するとめぐりめぐって、いつの日か再び自分に回ってくるということです。上司に褒められた場合も、「ありがとうございます。これも、同僚や先輩の皆さんがお力を貸してくださったおかげです」と一言添えるのも一種の分福と言えるでしょう。商売で儲けたときに、社長が、利益を従業員に分けてあげると、儲かると自分たちにもいいことがあるんだと分かり、熱心に業務に励もうと努力する、と露伴は例を挙げています。分福をせずに商売で得た利益を独り占めして、社長が自分の懐を潤すだけなら、儲けようが損をしようが、自分たちには関係ないと考えて、熱心に働く気も失せ、やがてはその店はもうけのチャンスを逃すことになるだろうと言っています。

 「植福」(しょくふく)とは、後世の人々の幸せのために「福の種」を植えることであり、3つの福の中でこれが最も大切だと露伴は言います。将来にわたって幸せであり続けるように、今から幸福の種を蒔いておくこと、精進(正しい努力)し続けることが重要です。過去に自らが蒔いた種が芽を出し、今の自分を創っている。過去を書き替えることはできないが、今から良い種を蒔き続ければ、望ましい未来につなげることが出来る、と説かれます。例えば、60歳になるおじいさんが、自分の土地に植林を始めたとしましょう。小さな苗木を1本1本と何日もかかって植えていきます。この木が成長して材木などに利用できるようになるまでには、何十年とかかります。その頃にはもうこのおじいさんは生きてはいません。あれだけ丹精を込めて育てた苗の恩恵を自分は全く受けないかもしれません。でも自分が恩恵をこうむらなくても、子孫や村、ひいてはお国のためには、福となって返ってくるのです。自分に返らないことがわかっていながら、なおかつ福を植えるという気構え、これが植福です。1人の植福がどれだけ社会全体を幸福にするか計り知れません。植福において、個人と社会の福がつながってくるのです。植福とは、自分の力・情・智をもって、人の世に幸福をもたらす物質・清趣・知識を提供することを言うのである。すなわち、人の世の慶福を増進長育するところの行為を植福と言う」と、露伴は説いています。

 福とは天に向かって矢を放った状態だといえます。矢は必ず落ちてきます。つまり、そのままにしておいては福はなくなります。福をなくさないためにも、さらには福を増やすためにも、「惜福」「分福」「植福」の3つの工夫があるのです。露伴はこれをやったら必ず幸せになれると言っているのではありません。自分のやることに責任を持ち(⇒コチラに露伴の考え方を記しました)、「惜福」「分福」「植福」を地道に積み重ねることこそ大切なことだと感じています。私は若い時に、故・渡部昇一先生の影響で、幸田露伴の本を読んで、ずいぶん生き方の参考にさせてもらっています。❤❤❤

【追記】お亡くなりになった渡部昇一先生の過去の著作を、もう一度丁寧に読み返しているところですが、考え方が少しも古くなっていない、全部今でも通用することばかりです。先生の卓見に今更ながら感銘を受けているところです。

広告
カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中