錦織 圭引退!

 男子テニスで元世界ランキング4位の錦織 圭(にしこおりけい、36歳)選手=ユニクロ=が、今季限りでの現役引退を表明しました。近年は度重なるけがと手術に耐え、本来の姿に程遠かった中で、「全てを振り返ったとき、『やり切った』と胸を張って言える自分がいる」と記しました。2014年に全米オープンで日本勢初の四大大会シングルス準優勝。ツアー通算12勝をマークしました。彼は島根県松江市出身ということで、松江市では当日号外まで出ました!(写真下)。

 日本の第一人者として一時代を築いた錦織選手が、ラケットを置きます。2014年の全米オープンで日本勢初の四大大会シングルス準優勝し、2015年にコンピューターによる現行のランキング制度で、日本男子の史上最高位の4位。2016年リオデジャネイロ五輪のシングルスでは、日本勢として96年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得しました。

 「『世界で戦いたい』という思いだけを胸に走り続けてきた。トップ10という場所までたどり着けたことは、自分にとって大きな誇り。正直に言えば、今でもコートに立ち続けたい気持ちはある。それでも、これまでのすべてを振り返ったとき、『やり切った』と胸を張って言える自分がいる」

 13歳で米フロリダ州の名門アカデミーにテニス留学し、プロ転向翌年の2008年に、松岡修造に続く日本男子2人目のツアー優勝を果たしました。178センチ、73キロと男子テニスでは決して体格に恵まれたほうではありませんでしたが、それを補って余りある強烈なリターンや、硬軟織り交ぜた絶妙なショットを支える俊敏さを持っていました。2014年全米オープン準決勝では3時間に迫る熱戦の末、当時世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)を撃破しました。2016年リオデジャネイロ五輪3位決定戦では、過去1勝9敗だったラファエル・ナダル(スペイン)にフルセットの末に勝利。ジャー・フェデラー(スイス)アンディ・マリー(英国)を含め、男子テニス界を席巻していた「ビッグ4」と堂々と渡り合いました。この頃が彼の全盛時代でしたね。

 宙に跳び上がって強打で敵陣を打つ代名詞の『エア・ケイ』に象徴されるように、華やかさを兼ね備えたプレーヤーでした。その半面、全身全霊でポイントをもぎ取るスタイルは負担が大きかったようです。2022年1月に股関節の手術を受け、2023年6月に下部ツアーで実戦復帰即優勝を果たしたものの、その後も左膝や右肩などを負傷するなど、度重なるケガとの戦いでした。最新の世界ランクは464位。四大大会出場は昨年の全豪オープンが最後で、今季は下部ツアーが主戦場でした。現在は休養中で、今後の出場予定は未定ですが、コートに立ち続けたいとの思いは今も残っており、「残りの試合も、一瞬一瞬を大切に、最後まで戦い抜く」と綴っています。

 松江市出身のスーパースターである錦織圭選手が大活躍していた頃、松江市役所には巨大な垂れ幕が掲げられ、市民全体で応援しようというフィーバーぶりでした。しかし市民みんなが応援に浮かれていた当時、私は「この選手は世界でトップには立てない」と断言していましたsじょ、生徒たちにも公言していたものです。私が応援する気に全くならなかったのは、彼は思うようなプレーができない自分に腹を立てて、ラケットに八つ当たりしては地面に叩きつけたり、投げつけたり、破壊することが日常茶飯事だったからです。こういう醜い姿を見るにつけ情けなくなっていたものです。ラケットが折れ曲がってしまうことも。このような精神状態でプレーする限りは、超一流プレーヤーの仲間入りをすることはまず無理でしょう、というのが私の見方でした。私も長くソフトテニスの監督を務めてきましたが、試合中にそのような行動をする選手で(ラケットに八つ当たりをする、相棒に罵声を浴びせる、審判に噛みつく)、上位に君臨した選手を知りません。いくら強い選手でも、途中で取りこぼして、負けていったように記憶しています。

 そこには自分のラケットを作ってくださった職人さんへの敬意は微塵もありません。ただの八つ当たりです。こういうプレーを若い選手はどう思うだろうと心配していました。同様に世界のトップを取ろうとしていた大坂なおみ選手も同様でした。こういう精神の人がトップに行くことは絶対にないと思っています。周りにいる指導者が教えてあげないといけないことです。引退したあのスーパースターのイチロー選手が、少年野球教室などで、小さい子どもたちから「強い選手になるにはどうしたらいいですか?」と質問を受けたときに、彼は何と答えたと思いますか?

 大事なバットを芝生の上に寝かせたりしないことです。ほんのわずかな芝生の湿り気が、バットのバランスを崩すこともある。バットを地面に叩きつけるなどはもってのほかです。地面にぶつかった衝撃で、重さや木目、密度のバランスが崩れるかもしれません。バットを作る樹は自然が長い時間をかけて育てています。バットは、この自然の樹から手作りされているのです。一度バットを投げたとき、とても嫌な気持ちになりました。それ以来、自然を大切にし、バットを作ってくれた人の気持ちを考えて、僕はバットを投げることも、地面に叩きつけることもしません。もともと道具を大事に扱うのは、プロとして当然のことです。ボールを投げたり打ったりする前に、まずはそういうところに気持ちをもっていかなければダメです。

 上の発言の中でも触れているように、実は、そのイチロー選手自身もかつて、1996年7月6日、近鉄戦で左腕小池秀郎投手にふがいない三振を喫して、思わずバットを叩きつけたことが一度だけありました。あれだけのバットを作ってもらって打てなかったら自分の責任ですよ」と、イチロー選手は反省し、その後、我に返って、バットを作っていただいた名工・久保田五十一さんに、謝罪のメッセージを送っています。「何人かの選手から、自分の手掛けたバットについてお礼を言われたことは過去にもありました。でも、バットへの行為そのものを謝罪されたのはあの一度だけですね」と、伝説的なバット職人・久保田さんは語りました。道具に対する意識の高さは、イチロー流準備の特徴です。フリー打撃を終えた選手たちが、それぞれのバットを芝生の上に平気で放り投げる中、イチロー選手だけが、バットをグラブでそっと包み、まるで眠った赤ん坊をベッドに横たえるように置いていました。彼は普段、特製のジュラルミンケースに入れて、バットを持ち歩いていました。ケース内には乾燥剤を入れるポケットがあり、湿気による重量増を防いでいるのです。それぐらいに道具への強い愛着・こだわりがあったんですね。私は個人的には現役時代のイチロー選手は好きになれませんでしたが(自分の成績にしか興味が無い)、この道具を大切にする姿勢だけは、みんな見習わなくてはいけないと感じています。

 「道具を大切にできない人は、いつかその道具に裏切られる」とは、プロゴルファーの青木 功(あおきいさお)さんが、週刊誌に連載したコラムに書いた言葉です。あの松下幸之助さんも、次のように言っていました。♥♥♥

 世間は誰ひとりとして、きみの成功を邪魔したりせんよ。出来ないというのは、外部の事情というよりも、自分自身に原因があるものなんや。外部のせいではない、理由は自分にあるんだということを、常に心しておく必要があるな。(松下幸之助)

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