「ベルサイユの鯉」

 ニュージーランドにいるキーウィー」という愛くるしい鳥は、鳥であるにもかかわらず、翼が退化して飛ぶことができません。キーウィーは、ニュージーランドの国鳥なのですが、7千万年以上も前の太古の昔、この鳥は食肉性の哺乳類が発生した他の地域とは隔絶されてしまいました。そのため天敵がいないのです。食われる心配がないから羽根も徐々に退化して、尻尾も退化してしまいました。天敵に食われる心配がなく、逃げ回る必要がないので、空を飛べなくても十分生きていけるのです。要するに生存競争をする必要のない、まったくぬくぬくとした環境の中で住んでいたのです。ところがこの環境の中に突如白人が現れて、犬や猫やその他いろいろな動物が入ってくるようになると、キーウィーは飛べないために簡単に食べられてしまうようになります。じきに、放っておくと絶滅するという状況(1日に20羽ずつ減っている)にまで追い詰められてしまったこともあります。今は政府や保護団体が協力して、「バードサンクチュアリ」と呼ばれる保護区域を作って保護されているので、生きていますが、羽が退化するまでになってしまったことは何を意味するのでしょうか?それは、「競争」がなければあらゆるものは弱くなってしまう、機能が退化してしまい、新たな競争者が出てきたときには絶滅してしまうということです。自由な競争こそがバイタリティーと成功を生むということです。「健全な競争」の重要性を認めないわけにはいきません。故・渡部昇一先生は、日本の銀行で最も根深かった根本問題の「護送船団方式」の問題点を、この飛べない鳥キーウィーに喩えて講じておられました。

 皆さんは「ヴェルサイユの鯉」(こい)の話を知っておられますか?その昔、ベルサイユ宮殿の庭の池で美しい鯉が飼われていました。人々はその美しく泳ぐ姿を見て楽しんでいましたが、ある時、鳥が鯉を食べているのを発見してしまいました。人間は柵などのガードを設置し、大切な鯉を守ろうとしました。鯉が安心して泳げる環境を整えていったのです。すると、それまで優雅に泳いでいた鯉たちは泳ぐことをやめ、いつも岩陰で放り込まれるエサをじっと待つだけで、あっという間にブクブクと太っていきました。昔の優雅な姿を偲んで、「最近の鯉は…」と囁かれていたそうです。どうすればかつての美しい優雅な姿を取り戻せるか?あれこれと試行錯誤を繰り返して人間が思いついたのは、鯉の天敵であるナマズ一匹を一緒の池に入れることでした。そうすると、鯉たちは天敵であるナマズを警戒してまた必死で泳ぎ始め、かつての美しい姿を取り戻した、というお話です。

 似たような話もあります。ノルウェーのある漁師は、獲ったイワシが港に戻ってくるまでにすべて死んでしまうことに頭を痛めていました。そんなある日、1人の漁師の獲ったイワシが1匹残らず生きたまま港に戻ってきたのです。その生け簀を見ると、イワシの群れの中に1匹のナマズが混じっていました。イワシの群れが同類だけで生け簀にいるときは、何の緊張感もないため生きるためのスイッチはオフのままで、時間が経つにしたがって弱ってしまいます。ところが、異質なナマズが混じることで、イワシは緊張感を覚え、そこから活性度が高まったのです。

 天敵と呼ばれる存在は出来る限り少ない方が、一見良いように見えるかもしれません。しかし、実際はそういったものの存在によって刺激を受け、それが自らの行動に反映されることで良い結果が導かれることは少なくありません。刺激がなくなれば、それと同時に積極的な姿勢も失われてしまいます。過剰な天敵は身を滅ぼしてしまいますが、適度な天敵の存在は、意外と重要なのかもしれません。「ヴェルサイユの鯉」の訓話はそのことを教えてくれます。

 私が尊敬する永守重信さん(日本電産会長、現ニデック)もこの「ナマズ役」を務めておられます。130億円の私財を投じて設立した京都先端科学大学(2019年)の前身・京都学園大学のキャンパスに初めて視察に訪れた際に、そこでの講義風景を見て衝撃を受けたと言います。講義中にもかかわらず、学生は寝ているか、私語をしているか、もしくはスマホを見ているかでした。そこで教員を呼び、なぜ学生が寝ているのかと問うと、「学生のレベルが低いから」という返事が返ってきました(Fランクの大学でした)。永守さんは「それは違う。先生の教え方が悪い。20年も前の古い資料を持って来て、ただ板書して教える。講義がつまらないからだ」と応えます。三流の状態でいるのは、学生ではなく、教える側、運営する側に問題がある、と断言します。上に立つ人間、教える人間に最も高い意識を求めるのです。永守さんは以来、理事長として足しげく大学に通っておられます。お忍びで大学に行ったら必ず教室を回ります。それも大学スタッフが案内する一部の“いい教室”ではなく、知らない教室にサッと入って、一番後ろの席に座ります。まさにお忍びです。永守さんの大学視察の日程は一部の幹部しか知りません。そしてどこの教室に来るかも分かりません。まさに神出鬼没!池の中に放されたナマズ役である永守さんを意識することで、常に緊張感が保たれるというわけです。これは学生の意識に訴えかけるだけでなく、教員陣に対してもメッセージを含んでいます。「1000匹の鯉がいても、1匹でいいんです。いつ来るか分からないから、一生懸命泳ぐしかない」 数多くの破綻寸前の企業を買収しては見事に再生させてきた永守さんの手腕に期待がかかります。同大では1つの科目で半期に3回無断欠席するとイエローカード、5回でレッドカードとなり単位を与えない制度を導入するなど、永守さんらしい改革も着々と進んでいます。♥♥♥

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