水戸岡鋭治先生の仕事の仕方

 2017年9月4日に放送されたNHK「仕事の流儀」は実に面白かった。当時7月に運行を開始した豪華列車「THE ROYAL EXPRESS(写真下)に、あの「ななつ星in九州」で有名な列車デザインのカリスマ・水戸岡鋭治(70歳)先生が、新たに挑んだプロジェクトです。先生の下に日本各地の職人が集結しました。横浜から伊豆を走る、全国最大級の8両編成という豪華列車において、これまでにない「夢の列車」を作るには、どうすればいいか?このプロジェクトを成功させるためには、職人たちの気持ちを最大限に奮い立たせなくてはなりませんでした。水戸岡先生は、職人たちを一同に集め、これまでにない「夢の列車」の構想を熱く語りました。「面倒なことをやれっていうのはね、それは一番簡単なことだけど、そんなことやってくれるわけないですよね。“予感の共有”っていいますか、みんなが何となくこの仕事をやると楽しくなりそうとか、おもしろくなりそうとか、成功しそうだという感じね。その“予感の共有”ができたときは、プロジェクトが成功する可能性が高いですね」

 

 今回の車内の最大の目玉が、3号車です。1両をまるごと貸し切り、結婚式や展覧会など、さまざまなイベントを開くことができる多目的空間となります。その3号車に必要とされたのは、イベントに合わせて移動ができ、それでいて列車の振動に耐えられる軽くて丈夫な、“究極”の椅子でした。それを任されたのが、兵庫の椅子職人・迎山直樹さんです。「ななつ星」でも6割の椅子を任されました。迎山さんが立てた目標は1脚3キロ。同様の椅子は、通常5キロ以上はあるといいます。迎山さんが手がける椅子作りはすべて手作業。木と木の接合部を、くぎを使わない「ほぞ組み」という手法を用いて組み合わせる、卓越した使い手です。木の個性を見極めながら絶妙な加減で木を加工していきます。途中でのデザイン変更や、数々の難関を乗り越えながら、軽くて丈夫なくるみの木を使用して、豪華列車にふさわしい風格を兼ねそろえた30脚の椅子をぶっつけ本番で作り上げました。職人としての、流儀。「材料にとって一番いい状態を作り出すっていうのは人の手と目だからできる、加減。『いいかげん』じゃなくて。『良い加減』が大事だと思いますね」と。

 8両編成の車内は、家具や装飾すべてがオーダーメードです。いずれも、職人たちが水戸岡先生の困難な要求をこなすだけではなく、さらなる上を目指して作り上げられました。ひときわ目を引く組子細工は、福岡県大川市の組子職人・木下正人さんが、0.1ミリの精度を追求して、手作業で仕上げた繊細な装飾です。ななつ星」の時からのチームです。当時は難解を極め、組子は成立しませんでした。普段、やっている仕事と全く違うんです。「先生、うちでは無理です」とお断りすると、「木下君、『やれる!』という気持ちでやらないと、新しいものなんて、誰もできないよ。誰もやったことないんだ。一生懸命やって問題が起こったときは、みんなで解決すればいいじゃん」こう笑顔で言われ、力が抜けました。「はい、やります」。思わずそう口にしていました。とても素敵な話です。リーダーシップって、こういうことを言うんですね。新しいことを始めるときって、やっぱり心配ですよね。それを、水戸岡先生「やってみよう」「問題がおこったら皆で解決すればいいじゃない」と言って、職人さんを鼓舞したんですね。誰もやったことのないことをやるときには、「できない」という先入観で臨んだらダメなんだということを思い知らされますね。やってみて、問題が出たらみんなで解決する。そうやって新しいものができていくんですね。「窓やさまざまな場所に、組子を取り付けたい」。クラシックな車両に、組子が合うと思われたのでしょう。直接お会いし、そんな話をいただきました。悩みました。普段作っているのは、家の中の組子です。家は走り出したり、止まったりしない。でも列車は違います。障子など建具は揺れたら音がしますが、列車は常に揺れています。寝台列車なので音を出してはいけない。揺れないように障子を固く取り付けると、今度はすっと開閉できなくなる。話を聞きながら、頭の中で組子を作りました。頭の中で、ものができれば必ず形になります。

 金色に輝く天井の装飾は、水戸岡先生がその技にほれ込んだ、埼玉の町工場が、「電気鋳造」という昔ながらの技術を用い、1万分の1ミリの精度で、模様や質感を表現しました。デザインを立体的に彫った型を作り、硫酸銅に浸し電気を流します。電気で溶けた銅イオンが板に付着し、9時間後には銅の板ができます。仕上げに金メッキ加工を施して完成しました。さらに、車内の木製の手すりやドアハンドルも1点もの。世界でも珍しい木製ドアハンドル作家・高橋靖史さんが生み出す木の手すりは、「ずっと触っていたくなるような」触り心地を目指し、旅の楽しみを演出します。

 列車の顔を決める重要な装飾、先頭車両のライトを縁取る、ライトガード。その製作を水戸岡先生から依頼されたのが、1点ものの金物加工のプロ、“鉄の町”北九州の職人集団です。しかし、コストダウンのために車体は25年前の古い車両の再利用。流線型で丸みを帯びた車体に、硬い金属を沿わせるのは容易ではありませんでした。設計図はなく、指針になるのは水戸岡先生のイメージ図のみです。「何でもつくる」ことをモットーとする職人たち。あえて、その手で、しっくりくる最高の形を探し続けます。完成直前、車両基地で「ライトガード」に誤差があったことが判明。ぎりぎりまで手探りで、完成に近づけていくのです。何が正解なのか、立ち止まりながらも考え続ける、その痕跡が、できたものの“強さ”になると信じて。

 いずれも水戸岡先生のハードルの高い要求をこなすだけでなく、さらなる上を目指して作られています。横浜駅から新たな豪華列車が走り出しました。

▲鉄道デザイナー・水戸岡鋭治先生

 時は移り、2023年4月29日(土)に放送されたテレビ東京系の教養番組「新美の巨人たち」は、長良川鉄道の観光列車「ながら」(ナガラ300形)を紹介しました。「新美の巨人たち」は、旅人(アートトラベラー)が、各地の美術館や建築物などを訪れ、作品の秘密や、アーティストの人生に迫り、より豊かな美術鑑賞の旅を紹介する番組です。今回は、2016年に登場した食堂車の「鮎号」と一般車の「森号」の2両編成で走る、長良川鉄道観光列車「ながら」(美濃太田~北濃)が登場します。車両デザインは、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星」などを手がけた水戸岡鋭治先生が担当。外装はロイヤルレッドを基調にし、内装は地元・岐阜県産の木材をちりばめたつくりです。アートトラベラーを務めるシシド・カフカが、このラグジュアリーな列車空間を体感します。果たして水戸岡先生の「決意」と「信念」とは一体何なのでしょう?

 水戸岡鋭治先生デザインの「ながら」の内装は、木をふんだんに使用したぬくもりのある和モダンの空間です。のれんには、郡上八幡の伝統の藍染と、床はナラ材のフローリング。パーティションには大川組子です。サービスカウンターの天板にはかたくて丈夫なアベマキを使用しています。座席のテーブルには東濃ひのきを使用し、これは岐阜県の誇る銘木です。窓枠にも使用し、水戸岡先生は、車両が地域に文化や歴史を乗せて走っている感覚になればなるほど価値が上がる、とおっしゃいます。またその車両の色・ロイヤルレッドも水戸岡先生の熱い思いが込められ、川や林、森の中を走る時に一輪の花のように走るとして、日本の原風景に匹敵すると答えました。そしてこのしつらいには理由がある、と言われます。水戸岡先生は足回りや配電など色々な専門家がいて、デザイナーはその最後のお飾りのようなもので、その最後の5%を「空振り三振」すると、ボディ、インテリア、電気、床や天井、窓など、上で取り上げたさまざまな職人さんたち95%の人は存在すら分からないので、この一振りにかかっているのだと答えました。その95%を生かすも殺すも自分の5%の責任にかかっている。自分がいい仕事をしなければ、この95%の人たちの仕事の苦労が全部水泡に帰してしまう。だから絶対に自分は「空振り三振」することはできないのだと、「決意」と「責任」を語られたのが印象的でした。

 このように、 鉄道デザインに革命を起こした水戸岡鋭治先生の活動の集大成となるデザイン&イラストの「図鑑」がこのほど発売になりました。『水戸岡鋭治 デザイン&イラスト図鑑』(玄光社、2023年4月)がそれです(写真下)。鉄道車両を中心に、バスや船など交通機関のデザイン画、駅舎や商業施設、リゾート施設等の建築物のパース画、広告やプロダクトデザインのためのイラストなどを集めてぎゅっと詰め込んでいます。絵をすっきり整理して見せる作品集にはあえてしないで、ギャラリーのイメージで、1枚1枚額に入れられた絵がびっしりと並んでいます。こういう手法をとったのは、一つの車両をデザインするために、どれだけ多くの絵を描いているのか実感してほしい、という先生の願いが込められているからです。水戸岡先生のイラストはすべて説明のための絵なので、言葉の説明は一切ありません。読者が絵を見て感じ取るようになっています。収録されたイラスト・図版の総点数はなんと約3,000点です!私はJR九州を走る数々の水戸岡観光列車に乗って以来の水戸岡先生のファンです。全国を走る水戸岡列車の全てに乗りたいと企んでいますが、何せ休みのない身、はたしていつになりますことやら。♥♥♥

▲水戸岡ファンには堪らない一冊が出た!!

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