一畑百貨店閉店へ!

 松江市民にとっては、驚きのニュースです!県内唯一の百貨店「一畑百貨店」(松江市朝日町、地上6階、地下1階の鉄骨鉄筋6階建て)が6月13日、来年1月14日で営業を終了し、65年余りの歴史に幕を下ろし閉店すると発表しました。人口減少(20万人)による市場の縮小や、大型ショッピングモールの出店やネット通販の台頭、コロナ禍の影響などで売り上げが低迷、今後も経営改善が見込めないと幕引きを決断しました。同百貨店は1958年10月に松江市殿町に開店。1998年4月に現在のJR松江駅前(前身は「ピノ」)に移転しました。松江店の売上高は2002年3月期の108億円をピークに年々減少し、今年3月期には43億円まで落ち込んでいました(9期連続赤字)。新型コロナウィルス禍以降は、ブランド・テナントの撤退が相次ぎました。従業員の118人は一部を除いて来年1月末で解雇となりますが、親会社の一畑電気鉄道(松江市)が中心となり、グループ会社などへの再就職を支援していくといいます。従業員も知らされたのが前日だったといいますから、目耳に水の出来事でした。経済への影響が懸念されます。

 昭和33年、松江市殿町に開店した「一畑百貨店」は、平成10年に現在の松江駅前に移転し、県内唯一のデパートとして長年、駅前のシンボルとして市民に親しまれてきました。ピーク時の売り上げは100億円を超えましたが、近年は、大型ショッピングモールの出店や新型コロナの影響などで年々売り上げが減少し、ことし3月期には43億円にまで落ち込み、最終赤字に陥っていました。

 松江市民にとってはシンボルのような存在でした。ここにしかない信用や品質のブランドがあり(私はバーバリーのネクタイやラコステのセーター・シャツをここで買っていました)、「一畑百貨店」の紙袋を持つのがステータスでした。お歳暮や中元を贈るのも、高級なイメージのあるここの包み紙ではなくては、という人がたくさんいました。近年確かに人影はまばらになったと感じていましたが(それでも九州物産展、北海道物産展の催し時には人だかりができていました)ずっと存続すると思っていたのでとても残念です。実は、「一畑百貨店」は水面下で来年夏のグランドリニューアルオープンを目指していました。しかし新型コロナウィルス禍の中で、出店交渉をした120社程度のテナントの誘致が不調に終わり(1社の応募もなかったとか)、運輸と観光業を中心とする一畑グループはコロナ禍で大きな影響を受け、百貨店の赤字を吸収するには限界が来ており、黒字化のめどが立たず幕引きを決めました。

 一畑百貨店の井上智弘専務は、「お客様には長い間ご愛好いただいたので、大変申し訳ない気持ちでいっぱいだ。百貨店にしかないブランドの展開や、百貨店の役割である物産展などもできなくなるのは残念だ。従業員にも申し訳なく、グループの助けもいただきながら再就職の支援に取り組んでいく」とコメントしています。丸山知事「昭和33年の開業以来、豊富で魅力的な品ぞろえにより長年、県民に親しまれてきたが、県内唯一の百貨店が姿を消すことになり、残念に感じている。松江市をはじめ広く周辺市町の雇用を支えており、取引事業者なども含め、地域経済に大きな影響が出ることも懸念されると考えている。松江市と連携し、一畑グループから示される今後の方針や関係事業者への影響などの情報収集に努め、労働局など関係機関とともに必要な対策を行っていく」とするコメントを発表しました。松江市の上定市長「松江市の中心部にあって、市民の身近な存在として愛され、長年にわたって地域の発展に大きな役割を果たしてきた一畑百貨店が閉店することは大変残念だ。また、同社の取引先をはじめとする地域経済への影響は小さくないものと捉えている。今後、テナントを含む店舗の取り扱い、従業員の雇用確保、周辺のまちづくりへの影響などに関して一畑グループ、国、県などの関係者と緊密に連携し、必要な対策を図っていく」とするコメントを発表しました。松江市では、閉店の発表を受けて設置された「庁内対策チーム」の初会合で、地域経済が疲弊しないように失業対策や雇用機会の維持を重視して対応を進めることを確認しました。

 百貨店業界そのものは、全国的に苦境にあり、店舗数はピーク時1999年の311店から、今は4割減の181店です。これで全国で百貨店がないのは、山形県徳島県に続き3県目になりました。♥♥♥

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