月照寺のあじさい

  毎年この時期になると、必ずお参りするのが、山陰のあじさい寺」こと「月照寺」(げっしょうじ)です(拝観料500円)。松江城西の小高い丘の上にある松平家歴代藩主の菩提寺です。徳川家康の孫にあたる松江藩初代藩主松平直政公が生母月照院様の霊碑を安置するために、浄土宗の長誉上人を開基として、蒙光山月照寺として改称復興したのが始まりです。石灯籠を備えた堂々とした大名墓で、初代藩主松平直政の廟所を中心に、6月中旬からは約3万本のあじさいが、鮮やかな紫や青、ピンクなどに色づき咲き誇って見頃を迎えています。満開は平年なみの6月末頃といい、7月初旬頃まで楽しむことができます。久々に今日お邪魔してきましたが、朝8時半から観光客でごったがえしていました。

 あじさいの別称は「七変化」。同じ場所に咲きながら、年々で色を変えることが観察されています。これは、土中の水に溶けるアルミニウムが深く関係しており、土壌が酸性だと、アルミミニウムを吸収しやすくなり青色になる。逆にアルカリ性だと吸収せずに赤色になる。実に不思議な花ですね。

▲月照寺の「大亀」

 このお寺に来ると必ず立ち寄るのが、六代廟門の中にある大亀伝説の石像の所です。松江をこよなく愛した明治の文豪・小泉八雲の随筆、『知られざる日本の面影』にも登場する奇妙な「月照寺の大亀」伝説でも知られていますね。松平家の藩主がお亡くなりになった後、亀を愛でていた藩主を偲んで大亀の石像を造りました。ところが、その大亀は夜になると動きだし、蓮池の水を飲んだり、城下町を徘徊し、暴れては人を食らうようになったのです。困り果てた寺の住職は、深夜、大亀に説法を施しました。すると大亀は、「私にもこの奇行を止めることはできません。あなたにお任せいたします」と、大粒の涙をポロリポロリと流しながら懇願したといいます。そこで、亡くなった藩主の功績を彫り込んだ石碑(3m)を大亀の背中に背負わせて、この地にしっかりと封じ込めたといいます。大亀を封印している石碑は、不昧公として知られる7代目治郷(はるさと)が、父である6代目宗(むねのぶ)の長寿を祈願して奉納したものです。この大亀の迫力、すごいでしょ(写真上)。必死に首を持ち上げる大亀の表情を見ていると、まるで今にも動き出しそうな感じです。石碑に使われた石は出雲市平田の山奥から伐り出し、イカダに乗せて宍道湖と堀川経由で運んだそうです。父の長寿を願う息子の祈念を宿したものですから、今では、この大亀の頭をなでると長生きできるという言い伝えがあるので、なで、なでしてきました。♥♥♥

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