昨日のブログで、英語を教えていた松江北高二年生(当時)の安樂万智子(あんらくまちこ)さんを、中国ブロック代表として、2013年8月22日(木)、宮崎市民ホールで開催された「第33回高校生英語弁論大会」(全国国際教育研究協議会主催)に引率したことを書きました(全国第4位)。そこで私は「運命的な出会い」をすることになります。この大会のゲスト講演講師に、さだまさしさんの名曲「風に立つライオン」に出てくる医師のモデルとなったあの柴田紘一郎(しばたこういちろう)先生がいらっしゃったのです。さらに運命とは恐ろしいもので、安樂さんのお父さんは、当時「松江日赤」のお医者さんだったんですが、長崎大学の学生時代に、柴田先生に直接ご指導を受けておられたのです。こんな偶然って本当にあるんですね!そんな不思議なご縁で、私も柴田先生とお知り合いになることができました。宮崎から帰ってから、後日先生に講演のお写真をお送りしたところ、丁重なお礼状もいただくことができました。また、このブログも見ていただき、身に余るお言葉をいただくことができました:「先生のホームページも拝見させていただきましたが、英語科の教師としてすばらしい英語教育に、またあまたの一般事象への高いご見識を常に発信されている姿勢に感銘いたしました。」(柴田紘一郎)

▲2013年宮崎での講演会にて 柴田紘一郎先生

英語弁論大会の翌日、2013年8月23日、宮崎市で開催された「第50回全国国際教育研究大会」で、「風に立つライオン」の歌・小説のモデルとなった、さださんのお父さんのお友達、柴田紘一郎先生の講演を聞くことができました。講演のタイトルは、「風に立つライオンに寄せて・LOVE運動とともに~熱いこころ・夢・希望・大志を持つことの意味」でした。講演の冒頭、柴田先生は「僕の講演はあっちへいったり、こっちへいったりするからね。船酔い講演だからね」と釘をさされ、「いつも僕の講演は時間延長になるから、今日は飛行機や汽車に間に合わないといけないから、できるだけ努力するけど、延長したらごめんね」と前置きされて始まりました。血液型B型の柴田先生の「独断と偏見に満ちた」(とおっしゃったんですが、最後に血液型と性格には何の関係もないと断言されました)感動的な秘話満載のお話でした。
さださんのコンサートでは、いつもアンコールに歌われることの多いこの曲の壮大なスケールとエネルギーに圧倒されるばかりでしたが、柴田先生は「僕もいつか風に立つライオンのようになりたい」と謙虚です。「まさしさんはこれは僕の歌だと言うけど、これは『風に立つライオン』という歌であって、自分はこの歌のヒントになったに過ぎない。だけど僕はあなたの描いたライオンに一歩でも近づくために、これからもがんばっていきます」と、実にカッコいい。
医師を目指した理由を聞かれると、「非常に月並みですよ。何も変わったことは思っていないんですよ。小学校一年生の頃、親同士が国鉄ということで仲がいい女の子がおったんですよ。その女の子のお父さんが五右衛門風呂に入とってですね、板から出ていた釘が足に刺さって、七日後に死んだんですよ。今でいう破傷風ですね。まあ、元気で身近な人がいきなり亡くなると、悲しいですよね。皆さんと一緒で、非常に月並みな理由なんですよ。子供心に、非常に悲しかったんですよ。」と。さらに医者の良い点、悪い点を聞かれると、こう答えられました。
医者の良い点というのは、我々はどこにいても、例えば無医村にいても都会にいても、相手となる患者さんというのは尊厳価値においては同一じゃないですか。どういう所にあっても全力で仕事ができるというところでしょうか。悪い点は、医者の中には“自分が治している”と勘違いしている人がいる、ということでしょうね。患者さん自身が治ろうと、治そうとしているのに、医者はそれを神様と共にちょっと手助けするだけなのに、“自分が治している”と思い上がった心を持ってしまう…。まあこれは僕だけの意見ですけどね。
「理想の医者」を聞かれると、「僕の独断と偏見ですけど、臨床医は芸者ですよ。患者さんは心身ともに悩んでいるのですから…。医者は常に向学心を持ち、芸の心をもって、患者さんに尽くすこと。これが理想ですね。」と。
柴田先生が若い頃の、ガン患者の奥さんの話が映画の中にも出てきました。これ、実話です。肝臓ガンが見つかりすぐに処置しなければ危険な若い奥さんが、「大学病院にしか入らない」と言い張る。当時病院のベッドが一杯で、ベッド一つ空けられないくらいのペーペーの頃の柴田先生は、自分の信頼する他の病院を世話しようと、再三再四、自宅に足を運んでまで入院を説得。でも、その奥さん、頑なに「ベッドが空くまで待つ」と言い張り、二ヶ月経ち、三ヶ月経ち、半年が経ち、結局、手遅れで亡くなった。柴田先生は、周りの反対を押し切り、よせばいいのに、責任を感じ、その奥さんの通夜に行くのだが、お焼香もさせてもらえません。悲しみに怒り狂う旦那さんが「お前が家内を殺した!」と罵倒、「力足らずで申し訳ありませんでした」としか言えませんでした。その重荷を生涯、ずーっと心に抱き続ける、そんな素敵な先生です。
毎年、松江北高から多くの生徒が医学の道を志します。彼らに柴田先生の大好きな一言を贈ります。自戒したいですね。
突然の事故。救急車で運ばれ、病院到着。
ドクター、ナースの顔を見てホッとする私に
「最悪だよな」
「先生と当直すると最悪の患者ばかりですね」と一言ずつ。
そんな中、「もう大丈夫ですから頑張ってくださいね」
看護学生のその一言に、
思わず涙が一粒こぼれた。 (児島美恵子)
柴田先生はこうおっしゃいます。「医療に携わって何年か経つと、どうしてもこのドクターやナースのように思う日が出てくるんですよ。僕だってそうですよ。でも、それじゃあいかんと…。初心を忘れるなとは、このことなんですよ。あなた方は今、ここに出て来る看護学生と同じ立場なんです。その気持ちをずっと忘れないでほしい。僕が言いたいのは、ただそれだけなんですよ」初心忘るべからず!
そして2015年、大沢たかお主演で「風に立つライオン」が映画化された際には、柴田先生から「映画館に5人連れて行くように」との指示が届きました〔笑〕。多くの人を「松江東宝」に案内して、約束を果たしました。実に感動的な映画でした。人生にはこうした不思議な運命・偶然の出会いというものがあるのです。♥♥♥

▲大ヒットした映画「風に立つライオン」
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