森村誠一亡くなる

 小説『人間の証明』やノンフィクション『悪魔の飽食』などで知られる作家の森村誠一(もりむらせいいち)さんが、7月24日午前4時37分、肺炎のため東京都内の病院で死去しました(享年90歳)。私は学生時代に、森村さんの推理小説を、角川文庫でのぼせて数多く読んでいたことがあり(「証明三部作」は最高でした)、この作家には少し思い入れもあります。

 森村さんは青山学院大学を卒業後、新大阪ホテル(現・リーガロイヤルホテル)に就職し、大阪や東京の一流ホテルで10年ほどホテルマンとして勤務しました。「全てがチームプレイ。自己顕示欲を満たせずつらかった」と、作家として表現することへの情熱を積み上げていきました。梶山季之さんや笹沢佐保さんなど、多数の作家が森村さんのホテルを定宿にしていたことも大きな刺激となり、文芸への道へと路線を変更しました。「作家としての基礎である人間観察の舞台と機会を与えられたホテルは、私の人生の母社」と語っていました。松本清張さんへのあこがれから作家を目指すのです。ホテル勤務の傍ら雑誌に発表したサラリーマン生活に関するエッセーが好評を得て、32歳で作家デビューしました。5,000部刷って200部しか売れず、そのうちの100部はご自分で買ったと明かす不遇の時代でした。残った100部のうちの1冊を買い「必ず売れる才能」と確信したのが後のプロデューサー・角川春樹さんでした。1969年、ホテルでの殺人事件を描いた本格ミステリー『高層の死角』「江戸川乱歩賞」を受賞し、翌年刊行の『新幹線殺人事件』は60万部の大ヒット。他の作家に人気作家としての座を奪われまいと、注文が来ると書ける限り書きました。1973年には『腐蝕の構造』「日本推理作家協会賞」を受賞した。1976年刊行の『人間の証明』は、殺害された黒人青年が残した詩集と謎の言葉から始まる社会派ミステリーで、東京やニューヨークを舞台に戦後日本の暗部を浮き彫りにした作品でした。どんな人間にもあるはずの人間性を信じるというメッセージを込めた物語で、「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね」という西條八十の詩句が有名になるきっかけとなりました。東北の寒村で起こった大量虐殺事件を巡る陰謀を描いた1977年の『野性の証明』と共に、プロデューサー・角川春樹さんによって映画化され、一大ブームを起こしました。「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチコピーで爆発的な人気を誇ったのを覚えています。

 1981年に新聞連載を始めた『悪魔の飽食』シリーズは3部に分けて刊行。中国で細菌兵器の実験などを行ったとされる旧日本軍731部隊の実情を明らかにしたと主張し、社会的な反響を呼びました。人間の命の尊厳を大きなテーマに掲げ、50年以上書き続けた作家です。シャープな文章で、戦争をはじめ社会の不条理には厳しいまなざしを向ける一方で、人間の優しさ、懐の深さを感じさせてくれる作家でした。2004年に長年の功績に対して「日本ミステリー文学大賞」、2011年に時代小説『悪道』「吉川英治文学賞」を受賞しています。晩年には、自ら老人性うつ病に苦しんだ経験を『老いる意味』などに著し、話題となりました。

 作家を志したきっかけについて「出生地の熊谷での日本最後の空襲体験です。当時の私はまだ12歳。近所の川にはおびただしい数の遺体が折り重なり、川底が見えないほどでした。戦争は国民の命だけではなく各人生を破壊します。この惨状をいつか文字にして残したいと思い、それから何が何でも作家になりたいと考えるようになりました」と話していました。根底にあったのは、生きること、書くことへの強烈な飢餓感でした。

 1993年に角川春樹さんが麻薬取締法違反や関税法などの容疑で逮捕された後、千葉地裁で行われた裁判を傍聴していたのが森村さんでした。当時、角川さんから作家たちが次々と離れていく中で、森村さんは最後の最後まで角川さんに寄り添っていました。義理と人情に厚い作家でした。

 こだわりの人だった森村さんは、担当編集者たちに「コーヒーにクリームを入れるときは、先にコーヒーをかき回しておいて、カップのへりから、クリームが渦を巻くように入れるんだ」と教えていたそうです。執筆にはガラスペンを使うのがこだわりで、愛用品の製造中止を機に、2万本も特注したのは、「100歳まで使うため」と語り、創作意欲は最後の最後まで尽きることはありませんでした。「人間はいくつになっても、新しいことを始められる」と最後まで前を向き、作家も「基本は取材。好奇心ですよ」と語り、「取材とは1に現場、2にインタビュー、3に資(史)料です」「作家は作品を書いている間だけプロで、書かなくなったとき、また、書けなくなったときは、すでに作家ではない」が信念でした。昨年お亡くなりになった戦友の西村京太郎先生とともに多作で、400冊以上の作品を書き残されています。棟居刑事や牛尾刑事などのシリーズ物でも知られ、テレビドラマ化された作品も多くありました。合掌。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す