
1989年「オフコース」を解散した小田和正(おだかずまさ)さんは、「オフコース・カンパニー」を閉じます。 追分日出子さんの新著『空と風と時と~小田和正の世界』(文藝春秋、2023年11月)で、初めて解散当時の事情をメンバーを含む当事者の証言から読むことができました。実に詳細なレポートで、解散に至る心理的な理由がよく理解できました。この本がアーティストの評伝としては異例の大著で、今爆発的に売れているそうですよ。
そんな時に、小田さんは「『FAR EAST CLUB』という会社をつくろうと思うんだ。FAR EAST って、アメリカから見て遠い東、そこで頑張るという意味合いなんだ。どう思う?」とスタッフに持ちかけます。オフコースを解散する時には、自分はこの先音楽をやっていいんだろうかとさえ思った小田さんでしたが、一人になった時は、やれるという自信はなかったけれど、わりとすぐにやってみようとかなと思いました。社名は単なる社名ではなく、自分を支える原点を示唆する言葉にしたかったのです。世界の片隅から、世界に向かって、世界の人たちの心を相手に音楽を作っていくんだという決意です。
向こうの音楽を聴いて、憧れて憧れて、追いつけないかなと思っていたけど、向こうは別にいらないと、自分の音楽なんて必要としていないんだとわかった。でもそこに蓋して、何もなかったように再出発するのは違うと思ったんだよ。かつて自分はそういう思いがあったんだし、それを視野に入れるということだよね。自分たちはほんの世界の片隅にすぎないけど、世界の人たちの心を相手に音楽を作っているんだという気持ちはもっているべきだと。自分の立つ場の名前として、FAR EAST がとってもふさわしかったんだよ。
小田さんたちはまずは発信の根拠地となる事務所の物件探しから始め、六本木の交差点にほど近い元麻布になる外国人住宅のワンフロアを家賃一ヶ月80万円で借りることにしました。当初は、家賃が30~40万円のオフィスを探していましたから、80万円という金額を果たして払っていけるのかどうか迷ったところですが、「いや、80万円払えないなら、きっと40万円も払えないよ」と、小田さんの言葉できっぱりと決断します。1989年5月10日、小田さんの個人事務所、「株式ファーイーストクラブ」(FAR EAST CLUB)が設立されました。「清水の舞台から飛び降りる覚悟でとりあえず3年間頑張ってみましょう」挨拶文には、「理想を後回しにせず、いつも期待し、期待され、『やったね』といえる仕事をひとつひとつ積み重ねていきたいと思っています」とありました。ここから小田さんのソロ活動が始まりました。
東京表参道にある青山学院大学の道路を挟んでお隣に、小田和正さんのお店「FAR EAST CAFE」があります。ビルの2階にあるんです。私は東京に出る度にいつもこのお店に立ち寄ります。階段を上がってお店に入っていくと、若い女性たちが談笑しながらコーヒーを飲んでおられます。小田さんのグッズが店内に所狭しとズラーッと並べられています。落ち着いた雰囲気です。小田さんグッズを何やらいろいろと購入し、お店の人に指定の場所で記念写真を撮ってもらい(店内は撮影禁止)、建物を後にします。
先日、NHKの4Kで放送されたドキュメント「こんどこそ、君と!!~小田和正ライブ&ドキュメント2022-2023」が、1月1日NHKのBSで21時より再放送されます。76歳になった小田さんの来し方行く末を見届ける上で、素晴らしい番組です。また最新号『BPASS ALL AREA』Vol.18が、巻頭で「小田和正特集」を組んでいます。長年にわたり小田和正を見つめ続けてきた音楽評論家・田家秀樹さんが語る「こんどこそ、君と!!」の物語です。♥♥♥





