大橋純子さんのご冥福をお祈りします

 2023年3月末の定期検査で食道がんの再発が発覚し、活動を再度休止していた大橋純子(おおはしじゅんこ)さんが、闘病5年、昨年の11月9日にお亡くなりになりました。享年73歳でした。北海道夕張市出身、1974年デビュー。1977年、「大橋純子&美乃家セントラル・ステイション」として出した「シンプル・ラブ」で、あの小柄な体格から絞り出される歌のうまさ、声の良さ、どちらも一級品で、頭角を現しました。その後、歌謡曲調の「たそがれマイ・ラブ」がヒット。同じく「シルエット・ロマンス」は、1981年の発売からロングヒットを記録して、翌年のレコード大賞で「最優秀歌唱賞」を受賞しました。歌うことに貪欲だった大橋さんは、70歳を越えても新たな音楽との出会いと進化を求めて、世代やジャンルを越えた舞台を楽しんでおられました。休養を経て復帰された時には、若い頃のヒット曲を一切歌わず、新しいジャンルに挑戦し続けておられたましたが、ポール・マッカートニーのコンサートに行った時に、大ヒット曲「イエスタディ」をギター一本で歌う姿を見て、「あー、ファンの人はこれを求めているんだなあ」と気がついて、自分の今までの思い上がりを改める決心をした、と語っておられました。あねご肌の性格もあり、決しておごることなく私たちに背中(歌う様)を見せてくれました」と、所属事務所。人の背中を押してくれる歌の力を信じて力一杯に歌い続けた73歳でした。

 2018年に食道がんを公表。今年3月にも再発したことを明らかにし、療養しておられました。「夏女ソニア」でデュエットしたもんたよしのりさんも、10月にお亡くなりになったばかりです。もんたよしのりさんの訃報が伝えられた際は、所属事務所を通じて、「もんたさんの突然の悲報に接し、現実のこととは思えず、ただただ茫然としております。私が療養することになったり、 自粛期間があったりで、タイミングが合わなくてご一緒することがかなわず、とても悲しくてなりません。どうかゆっくりお休みください…」とコメントしたばかりでした。来年のデビュー40周年の節目を前に、昭和の歌姫が旅立ちました。私は彼女の歌いぶりが大好きでした。あの小さな体から、あれだけの声量はやはりすごいと言わねばなりません。

 出身は夕張市。2007年3月に夕張市が財政破綻し、財政再建団体に指定されると、「私にできることは歌うこと」と、チャリティ・カバーアルバムに挑戦しました。昨年4月には、夕張鉄道の路線バス「夕鉄バス」で流れる車内案内を無償で担当したこともありました。バス停の案内だけでなく、「実家の食堂があったものこの近くです」「ここがメロンの本拠地です」など、現在もユーモアあふれる内容で乗客を楽しませています。大橋さんの声を聞きながら、観光地を巡ってみたいですね。大橋さんのパワフルな歌唱力を支えた原点の町でした。

 このところ谷村新司さん、もんたよしのりさん、大橋純子さんと、歌の上手い歌い手が次々とお亡くなりになっていきます。歌謡界に大きな損失であると同時に、年代が近くこの人たちの歌を聴いて育ってきた私には身につまされます。♠♠♠

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