常識で動かない~新幹線800系の前照灯

 九州を走る新幹線800系「つばめ」は、先頭連結器の部分に若干700系の面影が残る程度ですが、全くの別物で、中でも縦三連の前照灯(ライト)が特徴的です。ヘッドライトはプロジェクタータイプのHIDが片側縦3灯に並ぶという独特なものです。これまでの常識にとらわれることのない鉄道デザイナー・水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生のこだわりの産物です。800系を一度見たら忘れない印象的な「顔」にしたかったのです。新幹線車両はたいてい片側2灯なので、かなり珍しいといえましょう。常識では横長の「横目」、つまりヘッドライトの電球は横に並べて線路を照らすものでした。しかしよくよく考えてみれば、新幹線の線路に急カーブはないのですから、「横目」にする必要はありません。「そうだ、“縦目”だ。“縦目”にするしかない!」これだけ縦目にこだわったのには訳がありました。オートバイに乗って水戸岡先生ドーンデザイン研究所によく遊びに来られる師匠の高名なデザイナーさんが、先生にぽつんとつぶやいた一言です。「これからは、縦目だぞ。」こうすれば700系とは全く違う顔にすることができます。平成21(2009)年登場の新800系では、外観の前照灯が3次曲面の凸型になりました。

 前照灯を縦長にデザインした水戸岡鋭治先生でしたが、JR側は大反対でした。メーカーの専門家は「そんなことをしたら電球交換する時に困りますよ」と反対の声が上がりました。800系「つばめ」の縦目は長さが2メートルもあるので、電球を交換する時に、長い引き出し台を取り付けなければならなくなる、というわけです。「切れた電球を交換する作業は、一年に一度あるのかどうか。それは枝葉末節の問題でしょう」水戸岡先生は反論し、決して譲りませんでした。交換しやすいようにスライド式にして、あくまで縦長で押し切りました。縦長で大きい目だからインパクトがあるという信念です。人間だってメイクで大きい目にしているじゃないですか〔笑〕。専門家はそんな些細なことが大事だと言ってきます。それを一つひとつ潰していくのが水戸岡先生の仕事だと言います。何か新しいことをしようとすると必ず反対があります。教育の世界でも私は何度も経験してきました。慣れないことをする不安から自然に抵抗感が生まれるのです。それが生徒のためになるのかどうか、これが私の物差しでした。700系から800系へ、印象が変わるかどうか、ここは肝心な所だったので、水戸岡先生はこだわりにこだわり妥協することはありませんでした。その結果JR九州ではとんでもない列車ができる。他の会社は常識で動いているから普通のものしかできないのです。

 

 白地に赤いラインは、初期783系やJR九州N700Sと言った記念すべきJR九州最初の列車でよく採用されるカラーリングで、JR九州の企業ロゴの色をそのまま使っています。開業当初は新八代での乗り換えが発生したため、号車番号が非常に大きく表記され、後の列車でもよく見かけられる手法です。JR九州の車両全般にいえることなんですが、ロゴレタリングが多いのが800系の特徴で、ここでも他の新幹線車両にない独自性が出ています。水戸岡鋭治先生は、車体に文字、ロゴタイプ、シンボルマークを多くの場所にしっかりと入れられるのが大きな特徴です。どこで写真を撮っても分かるようにしておられるのです。インスタ映えするようにデザインして、記念写真を撮った時に、バックの車両が分かるようにしておられるんです。他のJRの車両だと真ん中に入っているだけで、写真を撮っても何の車両だか分からないですものね。乗車記念の写真を撮るお客さんのことを配慮しているのです。

 いかに新幹線800系「つばめ」が、従来の常識を覆した「これまでにないオンリーワンの新幹線」であったかは、水戸岡鋭治『ぼくは「つばめ」のデザイナー~九州新幹線800系誕生物語』(講談社青い鳥文庫、2014年)に詳しく出ています。♥♥♥

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