キットカット

 不安や緊張と戦いながら勉強を続ける受験生にとっては「お守り」や「縁起もの」は心を支え、大きな励みになるに違いありません。受験シーズンに大人気の「キットカット」(ネスレ)はサクサクのウェハースをチョコで包んだお菓子です。その売り上げのピークは、12〜1月、つまり大学受験シーズンに当たります。2〜3月(バレンタイン、ホワイトデーがある)にピークが来るのが当たり前の日本のチョコレート業界では、類まれな存在と言えましょう。

 ところで「キットカット」はなぜ、どんな経緯で「受験生」と結び付くようになったのでしょうか?「キットカット」を製造・販売するネスレ日本コンフェクショナリー事業本部に話を聞くと、その発端は九州・福岡県にありました。1990年代後半、九州地区ではなぜか「キットカット」が、12~1月だけ目立って売り上げが伸びるようになっていました。理由が全く分からなかった担当者が聞き込みをすると、なんと福岡のスーパーを中心に、受験生の親や友人が「受験生へのお守り」「縁起担ぎ」に大量に購入していることが分かったのです。ではなぜ「キットカット」なのか?理由は、福岡の言葉で「きっと勝っとお」といえば「きっと勝っているはずだ」「きっと勝っています」という意味です。

 1999年、ネスレ日本では、この報告とともに「九州のスーパーに受験生向けPOPを作りたい」という稟議を上げました。しかし、当時マーケティング担当者は、当初それを通さなかったといいます。「大切な登録商標を語呂合わせや言葉遊びするのは、ブランドとしてよくないと、まずは慎重に判断してしまったのです」。折しも2000年ごろ、「キットカット」の販売チームは「日本人にとっての本当の意味での『ブレーク』とは何か?」を議論していました。CMでおなじみの「Have a break, have a KitKat.」は世界的なキャッチコピーで、「ブレーク」には「休む」という意味があります(「割る」という二重の意味もある)。日本の消費者を対象に「あなたにとってのブレークとは、どんな瞬間ですか?」という大規模なヒヤリング調査を行うと、リアルな声が次々と上がってきました。「仕事の後、お風呂に入ってリラックスしている瞬間」(女性)、「勉強の休み時間に、机にだらーっとなって寝てるとき」(学生)。つまり日本人にとってのブレークは、単なる休憩ではなく、ストレスから解放されている瞬間だということが分かったのです。

 日本はストレスの多い国とも言えます。まじめに取り組む人ほどストレスはかかります。なかでも「受験」は学生時代のいちばんのストレスではないか、との仮説が上がり、九州から上がってきた声とシンクロしました。そしてついに、当時マーケティング本部長だった高岡浩三氏(現・ネスレ日本代表取締役社長兼CEO)「九州の消費者から上がったユニークな現象。これこそがリアルで新しい消費のされ方だ」と認識、2003年から受験生応援キャンペーンが始まりました。ネスレ日本「キットカット」販売にとどまることなく、受験生の応援を継続しています。「「キットカット」で応援されていることは、少しでも気持ちがやわらぐ瞬間になるのではないか。ストレスをリリースするため学生さんを応援するツールになれば、本当の意味でのブレークではないかと考えたのです」と担当者。

 旅館に泊まった人は五万円払っても、「ありがとう」という言葉を旅館に残して帰るのに、ホテルは同じ業態でありながら、「ありがとう」と言われることはほとんどありません(私自身は「お世話になりありがとうございました」と言ってチェックアウトしますが)。そこでネスレでは、「受験にきっと勝つ」という語呂合わせで、商品の「キットカット」を宿泊する受験生たちにプレゼントしてはどうだろう?という提案をホテルにしたのです。結果は、たった二つのホテルがOKしてくれ、ほとんどのホテルからはけんもほろろに断られたといいます。「御社の販促手段でしょ?」「どうして協力しなくちゃならないんですか?」「それも無償で」という回答でした。2002年1月のことでした。その二つのホテルからは後で「感謝されました」「礼状も届きました」という声が寄せられたといいます。方向性は間違っていません。しかし残念ながら、ブランドは広告宣伝やCMでは作ることはできません。ニュースになれば消費者は反応します。このキャンペーンが話題になったのは、ニュースで大きく取り上げられたからです。受験シーズン到来を告げる話題として、恰好のものだったからでしょう。全国あちらこちらのテレビで取り上げられると、商品の売り上げが格段に増えました。同時に、うちのホテルでも協力したい、という声が多数寄せられました。人間いやらしいもので、コロッと変わるのです。効果が見えない時には誰も動きません。ところが誰もが見えるようになれば、ブームに遅れまいと飛びついていきます。現金なようですが、これが人間の現実の姿です。2003年からは、全国の受験生が泊まるホテルに向けて「キットカット」を無償配布することが大々的に始まりました。現在では500以上のホテルのフロントで、受験生に「キットカット」が手渡されています。

 「受験当日、祈るような気持ちで息子のポケットに「キットカット」を入れました」、「勉強の合間に、願をかけて食べていました」という声も聞かれました。受験には、祈りもドラマもあります。「キットカット」担当者には、お客さま相談室、質問サイト、会社の住所宛に手紙などあらゆる窓口にお礼のメッセージが届きます。「リラックスして合格しました、みんなで試合前に食べて勝ちました、などですね。皆さんの深いところに到達したのかな、と感動します。これは商品担当として、かけがえのないことです」と担当者。

 「キットカット」は世界100カ国以上で販売され、日本が売り上げでトップを誇ります。また、自然発生的に「受験シーズン」と結び付いた日本の現象は、「キットカット」の成功事例として、グループ全体に知られています。大学受験者が大きく減少する一方で、「キットカット」の1~2月の販売量は年々増えています。春を前にした季節。受験を終えてからも、自分と戦い、最大限の努力をした日々や、応援してくれた教師や家族の思い出が蘇り、そっとこのチョコレートに手を伸ばす人が多いのかもしれませんね。♥♥♥

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