(株)PHP研究所から、2024年11月3日にJR九州相談役・唐池恒二(からいけこうじ)さんの新著『ななつ星への道 Stairway to Seven Stars』(税込1,760円)が発売されました。昔からの唐池さん大ファンの私としては、アマゾンですぐに購入して読了しました。2013年10月に日本初のクルーズ・トレインとして誕生した「ななつ星 in 九州」は、世界の旅行業界の権威である「コンデナスト・トラベラー」で2021年から3年連続第1位に輝くなど(2024年は残念ながら16位)、多くの旅行者を魅了してきました。本書は、運行開始12年を経ても今もなおその価値を増し続ける豪華列車「ななつ星」について、生みの親でもある唐池恒二さんが、その構想から成功までの軌跡の舞台裏を振り返りながら、世界一へのブランド戦略を明かしたものです。
2009年、JR九州の社長に就任した唐池さんは、2年後に控えた九州新幹線全線開業が会社の唯一の夢であることに危機感を抱き、新たな目標として豪華寝台列車の構想を提案しました。これが「ななつ星」の出発点となります。当初、幹部や運輸部長から強い反対がありましたが、韓国の豪華列車「ヘラン」を視察させることで意識の転換に成功。帰国後、反対していた運輸部長を「九州レールクルーズ創造委員会」の事務局長に任命し、反対派を巻き込みながらプロジェクトを推進した結果、「ななつ星」の成功に繋がりました。特に、反対していた運輸部長をあえて事務局長に任命するという決断は、リーダーとしての唐池さんの度量と戦略的な人事配置を示しています。「ななつ星」を世界一にしたブランド戦略に関して、唐池さんはこの本の章タイトルでもある、下記の五つが「ななつ星」のブランディングを成功させた要素であったと述べています。
① 思い切り心ときめく車両
② 「ほおぉうっ」と唸る物語
③ 誰も体験したことがない「おもてなし」
④ わがままで傲慢な、販売戦略とブランディング
⑤ 「変幻自在」の広報宣伝
中でも②の「『ほおぉうっ』と唸る物語」は、「ななつ星」の成功には欠かせないものでした。水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生のクラシックな車両デザインから、人間国宝である十四代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)氏の洗面鉢、釘を一切使わない大川組子の車両パーティション、国際線の元CAや一流のコンシェルジュなど内外から集められた一級のクルーたち………ハードからソフトまで「ななつ星」には世界一を目指す人々の熱量とドラマがびっしりと詰まっていました。彼らのストーリーが「ななつ星」を世界一のブランドに押し上げたのです。
「ななつ星」の成功要因の一つである水戸岡先生のデザインは、2014年に「鉄道のノーベル賞」ともいわれる鉄道デザインの国際的なコンペ「ブルネル賞」を受賞し、豪華老舗ホテルを彷彿とさせるデザインが高く評価されました。当初、水戸岡先生はモダンなデザインを構想していましたが、クラシックな重厚感を求める社長の唐池さんの要望を受けて方向転換し、懐かしくも新しい「ななつ星」独自のデザインを完成させました。ちなみに、本書の装丁と挿絵も水戸岡先生が担当され、車両から室内装飾まで「ななつ星」のデザイン画がたっぷりと掲載されています。「ななつ星」の雰囲気や誕生の物語を、挿絵で彩りを添える稀有な1冊となっています。
JR九州社長に就任した2009年6月。社長になって1週間ほどした頃です。鉄道事業本部の幹部を集めました。そして、これまで心に秘めていた構想を口にしました。「皆さん、九州に世界一立派な豪華寝台列車を走らせませんか」 幹部たちの顔はきょとんとしていました。「こんなときに何を話しているのか」と言いたげな表情です。何せ2年後の2011年春には九州新幹線の全線開業が控えていたのです。現場はその準備に大忙しでした。周囲の冷たい反応は想定内。それを無視して、こう問いかけました。「九州新幹線全線開業はJR九州発足以来の悲願。ようやく夢がかないます。しかし、それは夢がなくなるということでもあります。新幹線の次の夢を一緒に見ませんか」

▲私は唐池さんのファンです
この構想は唐池さんがまだ30代半ばだった時に、アイデアマンの知人から「九州で寝台列車を走らせたらヒットする」と言われたのがきっかけでした。まだ列車のスピードや効率性がもてはやされていた時代です。実現したら面白いけれども、現実的には無理だと当時は思っていました。その後、観光列車「D&S(デザイン&ストーリー)列車」の企画・開発に自ら携わり、観光地を巡る列車そのものが目的になる時代が来た、と手応えを感じていました。「今だ!」と思い、幹部たちに投げかけたのです。
「経営者の役割の一つは、従業員に夢を与えること」という唐池さん。2009年の社長就任直後、主だった部長や課長を前に「世界一の豪華寝台列車を走らせたい」と提案しました。車両や運行ダイヤをつくる運輸部や、新しい車両を企画する営業部には「そんなものは夢物語だ!」とか、「採算が取れません。社長の道楽には付き合えません」(現社長の古宮洋二さん)と反対の声もあったそうです。豪華寝台列車は投資額が約30億円に上る一方で、JR九州の年間売上高が5億円前後と試算されていたのです。社外取締役のほとんどからも「事業として厳しいのでは」と反対されました。皆に夢を持たせることが唐池さんの経営哲学です。生き方そのものと言ってもいいでしょう。社外取締役には「必ず成功させます」と言い切りました。ところが、実際は不安もありました。そこで思い立ったのは、一番の反対派だった運輸部の古宮洋二部長(現・JR九州社長)を味方につけることでした。古宮部長を呼んで、「韓国の寝台列車『ヘラン』に乗ろう」と誘いました。
ただ、現在も続く大人気ぶりを見れば、「ななつ星」の大成功は明らかでしょう。運行開始から10年間で、延べ1万9千人が乗車し、平均倍率は14.2倍。2021年には、米国の有力旅行誌「コンデナスト・トラベラー」の読者投票で、初の列車部門1位に輝きました。悲願の「世界一」をついに射止めました。その後3年間、トップの座を明け渡しませんでした(2024年は16位)。
この本で特に印象深かったのが、唐池さんの持論「神社参道論」です。「神社の参道は長いほどありがたみが増し、参拝時の感動が大きくなる」というものです(これについては近く改めて詳しく取り上げる予定です)。室町時代に能を大成させた世阿弥が説いた「序・破・急」の理念に近いものです。「ななつ星」にもこの持論が導入されています。食事用のラウンジカーと最上級の客室を両端の車両にそれぞれ配置。「最上級のお客さまが最も長い距離を歩くけれど、主役は最後に優雅に登場するものだ」との狙いといいます。現在、JR九州本社の相談役室の前には「よろず相談承ります」と記された看板が掲げられ、常に扉が開かれているといいます。今は、唐池さんは経営の第一線から退いておられますが、この扉から、また私たちを驚かせてくれる新たな発想が生まれ出るのではないかと心待ちにしているところです。唐池さんの「良きリーダーになるための十箇条」が公開されていました。勉強になります。♥♥♥
第一条 逃げない
第二条 逆境をバネにする
第三条 夢をみる
第四条 本質に気づく
第五条 まず行動する
第六条 勉強する
第七条 伝える
第八条 思いやる
第九条 決断する
第十条 真摯さ

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