ジェフリー・アーチャー

 あの日産自動車が大変なことになっています。2025年3月の連結決算は何と6,708億円の巨額の赤字に、従業員の15%にあたる2万人を削減予定、世界に17ある完成車工場のうち7工場を閉鎖し、計10工場に集約するといいます。私はこの緊急事態の根本的な要因は、大騒ぎになった2018年のカルロス・ゴーン社長逮捕の時の日産の態勢に遡ると感じています。ゴーンさんははるかレバノンの地で、今頃日産をどのように見ておられるのか、一度聞いてみたいですね。

 2018年の年末年始は、(1)役員報酬の過小記載、(2)私的な目的で日産の投資資金を支出、(3)会社の経費の不正使用の三点で逮捕され、さらに特別背任の容疑で再逮捕されたカルロス・ゴーンさんの話題で持ちきりでしたが(さらには奇想天外な方法で脱国しました)、感想が二つほどあります。社長らの記者会見で、一方的に極悪非道の悪者に祭り上げられたゴーンさんでしたが、あれだけの悪事がたった一人でできるわけがありません。取り巻きたちも認めていたからこそ、あれだけの私物化ができたのでしょうから、会社として「申し訳ない」の謝罪の一言があってもよかったと思うのですが、「負の遺産」「憤り」とか言うばかりで、まるで他人事でした。日産よ、自分たちの責任は一体どうなっているのか?と突っ込みたくなってしまいました。あのような受け止め方では、会社の低迷はすでに見えていたと言ってよいでしょう。もう一つ。ゴーンさんが年末年始に取り調べを受けたことで、日頃は知ることのない東京拘置所の食事内容まで報道されたことでした。それによれば、大晦日には年越しそばとしてカップ麺が振る舞われるとか。普段の主食は、米7割、麦3割だが、三が日だけは白米に変わるそうです。元日は、エビやかまぼこ、黒豆が入ったおせちも提供されるとのことでした。普段我々が知ることのできない面白い情報でした。

 東京拘置所に収監中だったカルロス・ゴーン容疑者は、取り調べ時間以外は、独房で米誌『タイム』英誌『エコノミスト』などを読んで過ごしていたそうです。特に私が注目したのは、偽証罪で実刑判決を受け服役経験のある英国の人気作家のジェフリー・アーチャーさんの著作の差し入れを依頼したとのことでした。私は熱狂的なアーチャーファンでしたから、興味を持ってニュースを見ていました。

 ジョフリー・アーチャーはロンドンに生まれ、幼少期をウェストン=スーパー=メアで過ごしています。ウェリントン・スクールからオックスフォード大学へ進み、在学中はビートルズを呼んでチャリティ・コンサートを開いたり、短距離走の選手として大学記録を打ち立てたりと活躍しました。卒業後にアロー・エンタープライズを設立、ロンドンに住みます。1967年より、大ロンドン議会議員を務めました。1969年12月、シリル・オズボーンの死去にともなう庶民院(下院)議員補欠選挙にて、保守党から立候補し、最年少議員として当選を果たします。以降、1970年6月の総選挙、1974年年2月の総選挙と、ラウス選挙区で連続当選を果たします。しかし、1973年に北海油田の幽霊会社に投資したことから財産を全て失い、1974年10月の総選挙を機に政界を退きます。まさに激動の人生を送っておられます。

  その時の実体験を描き、1976年に発表した処女作 Not a Penny More, Not a Penny Less (日本語版タイトル『百万ドルをとり返せ!』)が大ヒットし、借金を完済します。作家活動の一方、1985年には政界復帰し、党副幹事長などを務めますが、翌1986年にスキャンダルをすっぱ抜かれ、そのタブロイド新聞を訴えて勝訴しました。その後、一代貴族爵位「カウンティ・オブ・サマーセットにおけるマークの、ウェストン=スパー=マーレのアーチャー男爵」(Baron Archer of Weston-super-Mare, of Mark in the County of Somerset)に叙され、貴族院議員に列します。ロンドン市長選挙の保守党候補に決まり、三たびの政界復帰を視野に活動していた1999年には、友人がスキャンダルでのアリバイ証言を嘘だったと告白し、偽証罪に問われ、2001年7月に裁判で実刑が確定しました。服役後、2003年7月に保護観察となり、A Prison Diary (『獄中記』)を出版、その後社会復帰しました。出獄後初の短編集であるCat O’nine Tales(『プリズン・ストーリーズ』)は、12作の短編小説のうち9つが、アーチャー自身が獄中で聞いた話を小説にしたという形をとっていました。

 一人または複数の主人公の生涯を描きだす長編小説(サーガ)、サスペンスやミステリー形式の作品、および短編集と3種類の形態で作品を発表してきています。これらの作品の中でジェフリー・アーチャーは、複数の登場人物の観点から出来事を記載する手法をよく用いていました。特に、同じ出来事を別人物の観点で描くことにより、登場人物の性格を一層浮き立たせたり(『チェルシー・テラスへの道』)、物語の奥行きを深める効果(『ケインとアベル』『ロスノフスキ家の娘』)を持たせていました。

 私は教員に成り立ての頃、彼のデビュー作『百万ドルを取り返せ!』(新潮文庫)を読んでいっぺんにファンになりました。訳者の永井 淳さんのファンだったこともあり(アーサー・ヘイリーなど、当時のベストセラー作品はほとんどが永井さんの翻訳によるものでした)、ひたすらのめり込んでいきました。大物詐欺師で富豪のハーヴェイ・メトカーフの策略により、北海油田の幽霊会社の株を買わされ、合計百万ドルを巻きあげられて無一文になった四人の男たち。天才的数学教授を中心に医者、画商、貴族が専門を生かしたプランを持ちより、頭脳のかぎりを尽して展開する絶妙華麗、痛快無比の奪回作戦で、新機軸のエンターテインメントとして話題を呼ぶ「コン・ゲーム小説」の大傑作でした。すっかり魅せられた私は次々と作品を読破していきました。まさに“page-turner”(この表現、米国週刊誌で覚えました)ともいうべき作品たちでした。

Not a Penny More, Not a Penny Less(1976) – 『百万ドルをとり返せ!』(1977年)
Shall We Tell the President?(1977) – 『大統領に知らせますか?』(1978年)
Kane and Abel(1979) – 『ケインとアベル』(1981年)
A Quiver Full of Arrows(1980) – 『十二本の毒矢』(1987年)
The Prodigal Dangher(1982) – 『ロスノフスキ家の娘』(1983年)
First Among Equals(1984) – 『めざせダウニング街10番地』(1985年)

 どんどんと、あまりに膨大なページとなっていったもので、途中で挫折して以降は読んでいませんが、もう少し時間ができたら、最新作に手を出してみようかなと思っています。♥♥♥

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