広岡達朗の人生指南書

 広島県呉市出身で、プロ野球の名選手、名指導者として活躍した広岡達朗さん(ひろおかたつろう、93歳)の最新刊『93歳まで錆(さ)びない生き方』(幻冬舎)が発売になりました。巨人OBとして、巨人軍の戦いに常に厳しい目を向けられ、辛口の評論を寄せられ、炎上することも多々あり、「老害」との批判も見られます。でも私は歯に衣着せぬ物言いがとても好きです。現役評論家の土台をなす健康と長寿の秘訣や、80年を超す野球人生で得た学びを一つひとつ丁寧に伝えています。「せっかくこの世に生まれたのだから、愚痴や文句で人生を濁さず、積極的に生きたらいい」。前書きにこう記し、人生100年時代の同世代にエールを送っています。全6章の半分近くは、健康法と自らの心の持ち方を説いています。著者が“師”と仰ぎ、野球だけでなく、生き方の土台にもなったという、中村天風藤平光一。二人の先生の教えを観念論や理想論ではなく、自らがどのように人生に実践してきたか、具体的にまとめた人生の指南書でもあります。お馴染みの辛口の批評も健在です。

 世の中全体が「今さえよければいい」「この場さえよければいい」「自分さえよければいい」という感じで、視野が極度に狭くなっています。そこはとても心配です。目先の利益に囚われたら、未来は危うくなりますから。これは天地自然の法則でしょう。プロ野球だけでなく、政治も経済界も、あらゆる世界でスケールが小さくなっているのを感じます。どうにかしないといけないと氣がかりです。

 一年前に奥様が91歳でお亡くなりになり、都内で一人暮らしをしておられます。毎日、台所に立って料理をし、かむ力が弱くなってからは食物繊維やビタミンが豊富なリンゴをジュースにして飲みます。関節を動かす体操を欠かさず、加齢に合わせて自ら、飲酒も大好きな水風呂も辞めました。2度の脳梗塞も、風邪をひいた時も、体の状態を教えてくれたものと受け止めるといいます。「食べたくない時は五臓六腑(ろっぷ)が弱っているわけだから食べない。食べたくなるまで放っておく」。現実をありのままに受け止める姿勢を貫いておられます。

 第2章の題は「野球が教えてくれた、大切なこと」。大成した指導者の原点はで育まれたと自己分析します。海軍軍人だった父に「軍艦は沈むと全員が死ぬ運命共同体。ひとりが手を抜いたり、勝手なことをしたりすれば全体に影響する」と言われた幼少時のエピソードを紹介しています。その通りに監督時代は練習から試合にまで選手に目を光らせ、自ら体を動かして手本を示してきたと振り返ります。広岡さんには「根気よく教えれば人は必ず育つ」との信念があるのです。「監督は勝つのが仕事。選手の指導はコーチに任せればいい」といった思い違いをしている指導者が多いといいます。そうではなくて、監督の大きな仕事は「選手を育てて勝つこと」「コーチを育てる」だと断言します。選手を育て、コーチを育て、チーム全体を強くするのが、監督の務めなのです。広岡さんのすごかったところは「指揮官先頭」で、自ら模範を示し絶えず氣を入れておられたことです。氣を入れるためには、監督が目を光らせておくことです。本当は監督は選手と一緒に走らなければダメなのです。広岡さんは自ら一緒に走りました。だから選手は絶対にサボることができないのです。そういえば、伝説となっている「地獄の伊東キャンプ」で、あの故・長嶋茂雄監督も選手と一緒に走ったことは有名です。試合中も監督はベンチの奥にダラッと座らずに、最前線でギロッと目を光らせておられました。相手のベンチの動きにも注視して「おまえらの動きは全部わかっているぞ」という氣を出しておられました。当時は選手たちから「管理野球」だとして嫌われ、憎まれもしましたが、後になって改めて感謝されるという「理想の指導者」です。選手の能力を引き出すために、ダメなことにはダメと言い、必要なこと、やらなければならないことはどんなことをしてもやらせる、それだけのことでした。「やるべきことをやる」ことです。その証拠に、広岡さんに指導を受けた選手たちが、どれほどたくさん監督となっているかを思い起こして下さい。一番すごいことなんですが、監督時代に指導した選手の中から、後の監督経験者を16人も輩出しているのです。田淵幸一、東尾 修、森 繁和、石毛宏典、渡部久信、工藤公康、辻 発彦、秋山幸二、伊東 勤、田辺徳雄、大久保博元、若松 勉、大矢明彦、尾花高夫、田尾安志、マニエルの16人です。これは史上空前のV9を成し遂げた川上哲治や、知将・野村克也、闘将・星野仙一ですらも成し得なかった偉大な功績でした。立派な指導者を育成することも、監督の大きな役割なんですね。

 著書にはもう二人、人生の師が登場します。巨人に入団後、知り合った思想家の中村天風と合気道の藤平光一で、その教えを旧字体の「氣」を使って表現しました。「『氣』はエネルギーが八方に広がる様子を表している。氣を出して積極的に生きるのが大切」と説きます。学びを受けて知的好奇心を持ち続けています。「93歳になっても分からないことが多い。だから人生は面白いのだと思う」と語ります。今も巨人戦を中心にテレビで公式戦を見ながら、チームや選手の動きをチェックし、新しい情報を吸収しています。長寿の秘訣を尋ねるとこう返ってきました。「何歳まで生きたいと考えることはない。世の中に必要なければ天国に召されるだろうし、必要であれば生かされるのだろう」。自らの役目として同世代へのメッセージを込めた1冊です。♥♥♥

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