昨日の京都大学の入試問題(1995年)の続きです。ポンペイのベスヴィオ火山の大噴火によって、ポンペイの街が一瞬にして軽石と火山灰で覆い尽くされ消滅してしまいました。逃げまどう人達の描写が続きます。
But they were overtaken by a second, slower fall from the cloud ― a rain of suffocating ashes that piled up to a height of six to nine feet. Like a palpable fog or a quicksand, it trapped and enveloped people in their houses and even those fleeing in the streets. Their bodies were encased in ash as in a mold, and these casts of hardened ash are today the most moving evidences of the tragedy of Pompeii. By pouring liquid plaster into the now hollow molds, we can re-create the shape of the body, the form of the clothing, the footgear, even the last exhalation of men and women who lived and died in that ancient city.
訳文:ところがその雲からもう一つ別のもっとゆっくり落下したものが襲いかかった-窒息させる灰の雨であり,6~9フィートも積もった。手に触れることのできる霧とか流砂のようで,家の中の人や街路を逃げて行く人さえ,灰の雨は捕らえて包み込んだ。彼らの体は鋳型にはめたように灰の中に包まれ,灰が固まってできた鋳型は,今日ではポンペイの悲劇を表す最も哀れを感じさせる形跡である。今は空洞になったこの鋳型の中に液体状の石こうを流し込むと,体の形も衣服や履物の形も,この古代の町で生きて死んだ男女の最後の息づかいまでも再現することができる。
この下線部分が分かるでしょうか?なんとなく分かる気はするのですが、衣服や最後の息遣いまでも復元できるという部分は、いまいち理解に悩みます。
ポンペイの悲劇は、ヴェスヴィオ山の噴火によって大量の火山灰と軽石が街全体を瞬時に覆い尽くしたことで起こりました。この英文にあるように遺体が火山灰に埋もれ、硬化した火山灰が型(mold)の役割を果たしました。このメカニズムは以下の通りです。
1.遺体と火山灰の固化:噴火直後、高温の火山灰や軽石が街を覆い、遺体はそれらに包まれました。火山灰は水蒸気を含むこともあり、時間とともにセメントのように固まっていきました。
2. 遺体の分解:火山灰の層の下で、人々の肉体や衣服、靴などは年月と共にゆっくりと分解されていきました。しかし、遺体の外側の形は、すでに固まった火山灰の「型」(mold)の中に残されました。
3.空洞の形成:遺体が完全に分解された後には、かつて遺体があった場所に正確な形の空洞(hollow)が残されました。この空洞は、遺体だけでなく、まとっていた衣服や、地面に横たわった姿勢、顔の表情、さらには最期の息遣いまでをも忠実に再現していました。
4. 石膏による復元:19世紀、考古学者たちはこの空洞の存在に気づき、そこに石膏(plaster)を流し込むという画期的な手法を考案しました。石膏が固まった後、周りの火山灰を取り除くことで、当時の人々の姿や持ち物、身につけていた衣服の「しわ」や「模様」「靴の形」、さらには最期の苦悶の表情までが石膏像(casts)として立体的に復元されました。人々が最後に息を吐いた時の口元や胸のふくらみも、空洞として火山灰に残ることがあり、最後の呼吸の瞬間の形状までが復元されるのです。
これらの石膏像は、ただの彫像ではなく、2000年近く前の人々の生々しい姿を伝えてくれる貴重な「証拠」(evidences)なのです。この手法によって、歴史の教科書では学べないような、ボンベイの悲劇のリアルな瞬間が現代に伝えられています。つまり、火山灰が人や胸にピッタリ密着して型を作り、体や福が分解した後に、その空洞に石膏を流し込むことで、形や質感、最後の動きまで復元できるという仕組みです。英文を読みながら、「あれ?」「おやっ?」と思ったら、自分が納得できるまで考える、ということを長年生徒達に訴え続けてきました。その姿勢は大学へ行ってからも、そして社会人になってからも大きな意味を持つはずと信じてやってきました。♥♥♥


