言語研究者の中村明裕(なかむらあきひろ)さんが考案した日本語の多義的なフレーズに、「頭が赤い魚を食べる猫」というのがあります。「頭が赤い魚を食べる猫」と言われた時、頭が赤いのは、魚とも、猫とも受け取ることができます。それだけでなく、想像をたくましくすれば、猫の頭がパカッと開いて赤色の魚を食べた可能性や、人の頭が猫になっていてその猫が赤色の魚を食べた可能性、人の頭が真っ赤な色の猫になっていてその猫が魚を食べた可能性など、いろいろな意味に受け取ることが可能な面白い多義的フレーズです。中村さんはそのことを、次のように図示しておられました。
ここから5パターンの「頭が赤い魚を食べる猫」が存在します。
①頭が赤い、魚を食べる猫
→猫の頭が赤い
②頭が赤い魚を、食べる猫
→魚の頭が赤い
③頭が、赤い魚を食べる、猫
→猫の頭が赤い魚を食べている
④頭が、赤い魚を食べる猫
→頭だけ、魚を食べる猫(他は猫じゃない)
⑤頭が、赤い、魚を食べる猫
→頭だけ、赤い猫(他は猫じゃない)
私などは真っ先に①番を思いつきます。日本語の世界は実に面白いと思いました。右側に示した謎の構造ツリー図はいったん置いておいて、左側の絵だけ見てみてください。大半の方が1番目か2番目の絵になったんじゃないかなと思います。初見で3,4,5番目の絵を描く方はそうそういないと思います。でも、5つのどの絵も、「頭が赤い魚を食べた猫」の絵であることは確かです。
多義文といってもいろんなパターンがあるのですが、この文章は文節同士の関係が複数パターン取れてしまうことが原因です。「頭が赤い魚を食べる猫」は「頭が/赤い/魚を/食べる/猫」と文節に分けることができますが、どの文節がどの文節にかかっているのかが一意に定まりません。
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頭は何の頭? → 魚の頭? 猫の頭?
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赤いのは何? → 頭? 魚?
などなど、いろんな解釈ができてしまいます。でも今回の文章に関しては、多義になるべくして作られた文章ですので、その多義っぷりを精一杯楽しめばよいのです。「頭が/赤い/魚を/食べる/猫」には5つの文節がありますから、何が何にかかってうるか、という構造だけを見るともっと多くの解釈の可能性があっても良いと思います。総数だけネタバラシしちゃいますと、5文節の場合は14通りのかかり方が考えられます。つまり14通りの解釈ができる可能性もあったわけです。それなのに5通りの解釈しかできず、残り9通りの解釈がボツになってしまったのはなぜなのだろう?という興味深い問題も出てきますね。
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