セロはなぜ消えた?

 セロ・タカヤマは1973年9月、日本人の父とモロッコ系フランス人の母との間に、米・ロサンゼルスで生まれました。両親が離婚したため、幼少期から父と2人でロスで暮らしました。米国でもセロのようなハーフは珍しく、偏見や英語がうまく話せないことから学校で孤立してしまい、勉強にもついていけずに苦しんでいます。自分は米国人なのか、日本人なのか、それとも欧州人なのか?アイデンティティーに悩み、自分は空っぽで、何もないと思っていました。転機は6歳の時に訪れます。ラスベガスでマジックのライブショーを見て、一瞬で心をつかまれました。「感動的だった。本当の魔法使いがいると思った。それ以来『奇跡を起こす力』が欲しくなって、念力でコップを動かす練習を何度も繰り返した」といいます。10歳の時にハリウッドのマジッククラブで『プロマジシャンに教わる10回分のプライベートレッスン』を受けたのをきっかけに、マジシャンへの道が開かれました。マジックに「秘密」があることを知り、さらに夢中になりました。どこへ行ってもトランプさばきを練習していたため、「学校でギャンブルをしている」と疑われ、父親が呼び出されたこともありました。「マジックとの出会いで、空っぽだった自分が唯一、自分にしか持てないものを手にした」と思えました。

 父親の出身地である沖縄県今帰仁村で、2歳から4歳まで祖母に育てられました。ロサンゼルスに戻った後も、小学生時代は夏休みを祖母宅で過ごし、小学6年の時には日本の小学校に、わずか19日間ですが通学していました。日本に滞在していた時期が長いことから日本語は堪能です。10歳の時から始めたマジックの才能が開花し、12歳でマジックキャッスルジュニアメンバーフューチャー・スターの経歴も。家庭の事情で父親が家を失い、ヤンチャだったらしく15歳の時に学校を強制退学、16歳の時には自主退学したことを明かしています。沖縄に住む祖母の家で暮らすよう父親から言われ、13万円を渡され飛行機に乗りました。ロス育ちのセロは田舎の島へ送られることが耐えられず、成田空港では乗り継ぎをしないで東京に向かいました。東京には知り合いが1人だけいて、6畳一間のアパートに転がり込みます。知人はアーティストでしたがお金があまりなく、父からの13万円を使い果たしたセロは、1日1食で暮らしました。居酒屋でアルバイトをしてみますが、性に合わず1日で辞めてしまいます。セロは今でも「パッションを感じていないものに時間を費やせない性格」だと言います。やはりセロには、マジックしかありませんでした。ただ、そこからの道には険しいものがありました。歌舞伎町や六本木、銀座などの飲食店に出向き、「ノーギャラでいいのでマジックをやらせてください」と売り込み、ショーをする日々を続けました。未成年でしたが、時代がまだ「緩かった」ことも幸いしました。バブル景気で客も気前がよく、いただくチップでなんとか暮らすことができました。日本国内のマジック団体に加盟しようと試みたものの、よそ者扱いされ断念。17歳の時、裕福な日本人ビジネスマンに気に入られ、ホテルのウェディングなどで短時間のパフォーマンスを行うようになります。19歳の1994年には、「FISM横浜大会」でイリュージョン部門1位を受賞しました。そんな時、客の紹介で出会った投資家が、セロの才能と可能性に興味を持つようになりました。そのサポートで国際的なマジック大会に出場し、活動の場が飛躍的に広がりました。そして、ついにテレビ出演の依頼が舞い込んだのです。「僕の『一夜の成功』は15年かかった。僕は逆輸入のマジシャンのように言われることが多いけど、本当は10代の頃からずっと日本で努力をしてきたんだ」

▲マジシャンのセロ

 セロが初めてテレビに出演したのは、2003年のスペシャル特別番組でした。待ち望んでいたチャンスに、「この2時間に当時の持ちネタを全て詰め込んで、これ以上見せるマジックがないというほど出し切った。そうしたら放送翌日にプロデューサーから電話があって、『視聴率がとても良かった。もう1本、2時間スペシャルをやってくれないか』という相談だった。次に何をするかはわからなかったけど、もちろん、即答で引き受けた」その後、半年かけて編み出したマジックを次の番組につぎ込んでは、また次の番組に向け準備を始めるというパターンが繰り返されました。年に2本のスペシャル番組で60個ほどの新しいマジックを披露。自身が製作・出演した番組は計16回も放映されました。番組ではストリート・マジシャンと紹介されていたため、外出する度に多くの人からマジックをリクエストされました。「忘れられない体験だった。自分のことをスターとは思ってないけど、セレブリティのライフスタイルを味わえた。サインを求められたら喜んでしたし、何よりも日本のほかのマジシャンたちに認められたことがうれしかった。この波にいつまでも乗り続けようと思っていた」と振り返ります。しかし番組を重ねるにつれ、マジックに対するセロの意識は変わっていきました。

 「ミュージシャンはヒット曲を作れば何度も歌えるけど、テレビで一度見せたマジックはもうやれない。『それはもう見た、はい次』と、マジックの扱いが消耗品のように思えた。その頃はやり始めたYoutubeなどでは、いろんなマジックの見せ方が出てきてたのに、テレビではそれまでと同じフォーマットでしかやらせてもらえなかった。」

 番組の超目玉となる大掛かりなマジックばかりを求められました。前回を上回る規模とクオリティを保たなければならない、とのプレッシャーはそれは半端なものではありませんでした。やがてセロは、自分がマジックを生み出す動機が視聴率になっていることに気づき、「マジックが汚れてしまったように思った。いったん全てから離れないといけないと感じた」。2014年7月フジテレビ系の「マジック新世紀セロ生放送SP」の生放送事故がきっかけにもなりました。宙に浮いた不思議なサーフボートで登場したセロに対して、ゲスト芸人にネタをばらされてしまったのです。視聴率も低迷し始めていました。2014年、海外でもテレビ出演を始めた頃でしたが(スカパーで見た記憶があります⇒コチラです)、これを機に身を引きました。しばらくはバーンアウト状態が続きました。「マジシャンとしてのパッションを失くしてしまった。食事もおいしく感じられなかった。パーティーに行っても楽しく感じなかった」マジックでしか生計を立てたことがなかったセロは、企業向けのイベントに活動をシフトし、ショーをこなしました。テレビの影響力は大きなものがあり、生活を維持するには十分な仕事がありました。人にマジックを見せることで満たされていた部分もあり、少しずつ意欲も自信も取り戻してきていました。それを暗転させたのが、2020年に日本にも押し寄せたコロナのパンデミックです。イベントやパーティーが一切中止となり、活動の場を完全に失いました。

 テレビを離れてからも活動は続きました。日本でのショーの合間に海外を旅行したり、大会に参加したりして過ごしました。10年間はあっという間に過ぎていきました。コロナ禍で自分と向き合う時間が増え、2022年に迎えた49歳の誕生日。50歳を目前にして考えたのは、自分がこの世に存在する意義です。「自分のたどった軌跡は何も変えたくないけど、自分がなぜこの世に生まれたか、どう覚えられたいのかについて考えるようになった」。やはり自分にはマジックしかない。だから、今自分がなすべきは、マジックを後世に伝えることだと思いました。

 「マジックは僕のコミュニケーション能力を向上させて、たくさんの友達を与えてくれた素晴らしい芸術だ。いまは情報量の多さからどうしてもトリックだけを見せる短いクリップが流通しがちだけど、僕が知っているマジックはそうじゃない。言葉にできないけど不思議な力を見た時に感じる感動……かな。それがマジックだという認識を広めたい」また一から始めるという意識で、ソーシャルメディアで自分の活動を発信し始めました。テレビで作られた虚像ではなく、等身大の自分を見てもらいたいと思うようになりました。マジックもまた、欺いたり、見破ったりするトリックとしてではなく、感動を呼び起こすツールとして認識してもらいたいと、実験的な試みも始めました。友人が経営するサッカーキャンプや格闘技教室など、子どもが集まる場所へ出向いての公演です。シンプルなマジックを見せたり、仕掛けを教えて一緒にやってみたりしている。この10年間、限られた環境でしかマジックをしていなかったため、今の人たちがマジックをどう思っているのかを確かめる試みでもありました。「 子供は正直だから、面白くなかったらそう言う。手応えを感じられるのは、自分がやっていることが間違ってないからだと思う」

 セロが公演で親子に必ず伝えるメッセージがあります。「マジックを見たときに感じる気持ちを覚えておいてほしい。今日、このマジックの『秘密』を教える代わりに、これを練習してお友達や親戚にその同じ気持ちを感じさせてほしい」。10歳当時の自分がマジックレッスンを受けて、初めて自信を持ったような体験を、今度は提供する側になりたいと考えるようになりました。ある日の公演が終わった時、セロは一人の少年からマジックをせがまれました。セロは赤いハンカチをポケットから取り出し、左の拳の中へと詰め始めました。少年の視線はセロの拳にロックオンしています。そしてハンカチが入っているはずの手を開いていくと、ハンカチは跡形もなく消えていました。「えーッ!?」と驚く少年の頭を軽くなでたセロは、「はい、終わり!帰ろうね」「いつでもマジックができる準備をすることはマジシャンとしての責任だと思う。パフォーマーだから、状況が許せばマジックを披露して、人から笑顔を引き出することはいまでも大好きだよ」セロは話します。

 マジックには、見る人の「子ども心」を呼び起こす力があります。何歳であろうと、その人が内面に持っている「子ども心」がマジックに感動します。そのピュアな感動の気持ちを後世に伝えることが、今の自分の役目だというのが、セロがたどり着いた結論なのでした。♥♥♥

「この人生がいつ終わるかは、誰にもわからない。だからやること全てに意味を持たせたい。自分や他の人たちの人生を充実させるマジックをしていきたい」(セロ)

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