大好きな長野選手が引退!

 大好きな巨人の長野久義外野手(ちょうのひさよし、40歳)が現役引退を決断しました。引退会見後には人柄を慕う選手やコーチ、球団スタッフら53人も集結してサプライズで登場し、サカチョーコンビとして打撃を牽引した坂本選手らから花束を贈られました。今後は大学院でスポーツマネジメント・指導方法などを理論的に学び、若手選手の育成に携わるという第二の人生を送りたい意向です。

 勝負強い打撃で入団から9年連続で100安打以上を記録したバットマンでした。広島から巨人に復帰後は、代打の切り札だけでなく、精神的支柱として若手が多いチームを支えました。誰からも愛された「チョーさん」が16年間の現役生活に区切りを付け、惜しまれながらもユニホームを脱ぎます。通算1,651試合で1,512安打、打率2割8分、163本塁打、623打点を誇る長野選手が、熱望したユニホームで現役を終えます。2度の入団拒否を経て巨人入りすると、1年目から9年連続でシーズン100安打以上を記録。ルーキーの2010年に新人王、2011年に首位打者、2012年は最多安打のタイトルを獲得し、「プロ野球って簡単だなと思ってしまった自分がいたんですが」とし、「さすがにそう甘くはなかった世界でした」と頭をかきました。2011~2013年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得。走攻守3拍子そろったチームの顔として貢献し続けてきました。そんな長野選手が、2019年に広島の丸選手を獲得した際の人的補償で、広島に移籍した時にはものすごいショックでした。それでも「必要としていただけることは光栄なこと」と気丈に振る舞いました。「素晴らしいチームメート、ファンの皆さんに会えて勉強になった」と、濃密な期間を経て、「いつかユニホームを脱ぐことがあるとしたら、やはり巨人で脱ぐべきじゃないか」という広島球団の親心で、2022年オフに無償トレードで巨人に復帰しました。しかし2023年は75試合、2024年は54試合の出場と年々出場機会は減り、今季は1軍17試合にとどまりました。復帰後の3年間では出場146試合のうち、代打出場が93を占めました。「難しい」とも明かした役割。それでも抜かりない準備は若手の手本になっていました。後輩の萩尾選手「長野さんはいつもめちゃくちゃ汗をかいている。それを見て僕も自分なりに汗をかくようにした」と言います。直前に手首のテーピングを施して打席に行くのもルーティンです。「これから仕事に行くというスイッチみたいなもの。(代打は)気持ちの準備が一番大事だから」とこだわりがありました。最後まで兄貴分として慕われ、精神的支柱としての存在感は抜群でした。前日のCSファーストシリーズでは、ベンチの最前列で声を張り上げチームを鼓舞しました。守備から戻る選手をベンチの最前列で迎え、声をかけ続けました。若手への助言も欠かさず、ミスでうつむく選手の横にはいつも背番号7の姿がありました。2年ぶりのぶっちぎり優勝を果たした2軍の桑田監督「プレーしやすい環境や雰囲気づくりをしてくれた」と感謝をしていました。現役時代も共にプレーした阿部監督からも「俺が見てきた後輩の中で一番練習をしなかったけど、一番天才型だった」と言われた要領の良さもあるにはありましたが、「困った時のベテラン」と絶大な信頼を寄せていました。昨年の4年ぶりリーグ優勝も、チーム事情が苦しい時など「ここぞ」という場面で重用され、終盤の底力としてチームを支えました。多くのファンからもこよなく愛され、登場するだけで東京ドームの雰囲気を一変させてきた「チョーさん」、紳士的な人柄で誰からも慕われ、愛されたバットマンがついにバットを置きます。球団からのセレモニー実施の提案も固辞したそうです。

 長野久義選手は、巨人のなかでも最も「ジャイアンツ愛」を持った選手でした。なぜかというと、2回のドラフト指名を拒否しています。日本大学時代に北海道日本ハムから4位指名を受けるも、「巨人に入りたい!」と入団せず、社会人野球のHONDA硬式野球部に進みます。さらに2年後のドラフト会議でも、巨人にこだわる長野選手を、千葉ロッテが強行指名しましたが、こちらも拒否したうえ、会社に残留し、翌年のドラフトでようやく巨人に入団したのです。ワガママだと批判も渦巻く中で、ジャイアンツ愛」を貫いた様子は、巨人ファンにとっては極めて好感度が高く、絶大な人気者となりました。1年目から中心選手として大活躍したうえ、新人王や首位打者などのタイトルも獲得したまさに巨人の顔でした。ちなみに、同じ人的補償選手として西武に移籍した内海哲也投手(現巨人投手コーチ)も、巨人入りを希望し、ドラフト指名を受けたオリックスを拒否して東京ガスに入っています。読売球団は「ジャイアンツ愛」を持った2人の選手を、立て続けに人的補償で失ってしまった時にはものすごくショックを受けたのを今でもはっきりと覚えています。

 そんな長野選手の移籍はショッキングで、一報が流れた際には「広島入りを拒否して引退するのでは?」との声も出たほどです。しかし長野選手は、読売ジャイアンツ公式サイトで、抱負を述べました。このコメントは自ら紙にペンを走らせて何度も推敲を重ね、数時間考え抜いたと言います。「『驚きましたが…』というような言葉は絶対に使いたくありませんでした。まずは選んでいただいたカープの方々への思いを一番初めに伝えるべきだろうと思いました。それからファンの方々やジャイアンツの皆さんへの感謝も。どう受け止められたかは分かりませんが、自分なりにしっかり考えたつもりです」 次の文章です。立派なコメントでしたね。

 3連覇している強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利に尽きます。自分のことを必要としていただけることは光栄なことで、少しでもチームの勝利に貢献できるように精一杯頑張ります。巨人では最高のチームメートに恵まれ、球団スタッフ、フロントのみなさんの支えのおかげでここまで頑張ることができました。また9年間応援してくださったジャイアンツファンの皆様のおかげで苦しいことも乗り越えることができました。ジャイアンツと対戦することを楽しみにしています。

   長野選手は無数のお風呂好き。遠征にもマイシャンプー&リンスを持って行きます。タクシーが大好きで、英会話も大好き。裏方さんを大切にし、打撃投手にスパイクをプレゼントしたりも。チームが連敗中には、選手たちに4,000円以上もする栄養ドリンクを差し入れたりもしました。ある居酒屋で、ふと他球団の裏方さんを見つけると、元気にあいさつ。特に仲がいいわけではないのですが、その裏方さんが会計をしようとすると、店員から「長野さんが、すでにお支払いになりましたよ」。当人だけでなく一緒にいた面々の分まで支払って店を後にしていた―こんな話をよく聞きます。真偽のほどを確かめると、しらばくれて「誰か別の人じゃないですか?」と謙虚。宴もたけなわになり、数人が先に帰りました。そして最後に主催者が、さりげなく店員にお会計を聞いたところ「長野さんが…」と、言うんだそうです。こんな人柄が大好きな八幡で、真似をしています。長野選手の背中を見て「長野さんみたいになりたい」と、大勢投手も真似をしているそうですよ。

 気配りを忘れない人柄で、伸び悩む後輩たちへのアドバイスはもちろん、望まれれば自分が愛用する野球用具などを惜しみなくプレゼント、新入団の選手にはチームに馴染んでもらおうと真っ先に声をかけ、外国人選手は春期キャンプ中に食事に誘いました。試合でミスした選手に寄り添う姿もよく見たものです(泉口選手がバントを失敗して懲罰交代を命じられた時にベンチで肩に手をかけ慰めていた姿が印象的でした)。しゃぶしゃぶやすきやきや大皿料理をチームメイトとつつき合う際には、仲間につつかせることなく、取り役に徹するこだわりがありました。チームが移動する際や決起集会では、全員分の差し入れを用意。球場を離れれば会食した後輩たちに大盤振る舞いでごちそうする気前の良さ、酒席でも紳士的に振る舞う姿は「野球選手のかがみ」として、夜の街には多くの「チョーさん伝説」が残されました。相手チームや審判、裏方、ファン、報道陣にも敬意を持って接しました。人望が厚い理由は、こうした周囲への気配りを忘れない人間性にありました。殊勲打後の発言では、「失投」「甘い球」という言葉を嫌い、絶対に使おうとはしませんでした。「自分も相手の投手も真剣。だから失投、甘い球というのは僕が決めることではないし、相手に失礼だと思う」が理由でした。対戦相手でさえ愛したから、愛されたのですね。引退会見で「好きな言葉は?」と聞かれると、「大学生の頃からスポーツメーカーのミズノさんにサポートしていただいたんですけど、プロ入りしてからも16年間ずっとサポートしていただいた。好きな言葉は『ミズノ』です。」と。企業にまで愛される長野選手でした。♥♥♥

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