go Dutch

 『朝日新聞』11月3日付けの朝刊「特派員通信 とらべる英会話」「割り勘にしよう Let’s go Dutch.」が紹介されました。「相手がオランダ人やその関係者だったら、シャレにならないかもしれない。気持ちよく割り勘にするためにも、お互いをよく知る関係で使いたい表現だ」と結んでいます。しかし、この表現は「差別語」と受け取られかねない危険な英語です。

 その昔、覚えたてのこの英語を得意げに使ったことがあります。Go Dutch、これは「割り勘をする」という意味なんです。これは2人だけでなく、グループで食事などに行ってそれぞれが別に支払をする場合も使うことができます。ただ、これはinformalな言い方で、オランダ人に対して軽蔑的な表現でもあるので、あまり使用はオススメできません。覚えておくのはいいのですが、「割り勘」と言いたい場合は split the billを使いましょう。

 オランダとか、オランダ人を意味するDutchを使った口語英語はこの他にも、今でもDutchを使った“ネガテイブ”な意味合いの慣用語が幾つもあります。例を挙げてみましょう。

do the Dutch・・・自殺する
Dutch treat・・・ go Dutchと同じ、割り勘で行こう

Dutch courage ・・・酒の勢いなどの空元気
Dutch auction・・・セリ下げ競争(次第に下げていくセリ)
double Dutch・・・さっぱりわからない言葉
Dutch uncle・・・ずけずけ批判する人
Dutch bargain・・・一杯やりながら取り結ぶ売買契約
Dutch comfort・・・さっぱりありがたくない慰め
Dutch concert・・・バラバラな合唱
Dutch gold・・・(銅と亜鉛の合金で模造金箔として用いる)オランダ金
Dutch defense・・・退却、降伏
I’m Dutch if it’s true.・・・それが本当なら首をやるぜ
in Dutch・・・困難に陥った
That beats the Dutch.・・・これは驚いた、参った

He is in Dutch with his boss.・・・あいつは社長の受けがよくない

 よくもまあここまで民族を卑しめることができるものだと感心させられますよね。変な意味、あまりよくない意味の言葉が多いのです。結局、これには歴史的な背景が関係しているんです。詳しくはR.Hendrickson, Encyclopedia of Word and Phrase Origins(1997)、Morris Dictionary of Word and Phrase Origins(1988)などを参照ください。イギリス・オランダ両国はシェークスピア時代のずっと後までは友好関係にあったのです。例えば、16世紀にスペインの属国であったオランダが独立を図ろうとした時、エリザベス1世は援兵を派遣しています。しかし、17世紀になると、オランダは海外に勢力を伸ばし英国を脅かし始めたのです。16~17世紀、オランダは海外に向かって大発展を遂げ、強国だったはずのイギリスをも圧倒していきました。イギリス艦隊を破ってジャワを獲得し、東インドからイギリス大勢力を追っ払ってしまいました。それまでのイギリスの優位が逆転してしまったため、オランダに対する恨みや劣等感から侮辱する言葉として盛んにDutchが変な意味に使われた始めたのでしょう。すべての始まりは17世紀。当時、世界の海を舞台に貿易の覇権を争っていたのが、新進気鋭のイギリスと、“黄金時代”の真っ只中にあったオランダでした。三度にわたる英蘭戦争で激しく火花を散らした両国。イギリスは武力だけでなく、言葉の力でもオランダの評判を徹底的に貶めようと画策します。そう、国家ぐるみの壮大なネガティブキャンペーンでした。その結果、「Dutch(オランダの)」という単語には、これでもかというほどネガティブな意味が上塗りされていきました。

 今話題にしているgo Dutch と言う表現は、いつも割り勘にするなんて、なんてケチなんだ、という皮肉から生まれた言葉と言われています。「あいつらはおごるという文化がなく、常に個人で支払うケチな連中だ」というレッテル貼りのための言葉です。「オランダ人のおごり(Dutch treat)」と言いながら、実際は「各自で払え」という意味。強烈な皮肉が込められていますね。外国人と食事に行って割り勘にしましょうと言いたいときには Let’s split the bill./Let’s have separate bills.を使うようにしましょう。

 『大学入試瑛熟語最前線1515』(研究社、2024年)には、「イギリスとオランダが軍事や貿易において覇権を競っていた17世紀に端を発するもので、イギリス人がオランダ人を蔑んだことによる。現在ではめったに用いられないが入試では出題される」とあります。『ライトハウス英和辞典』(研究社)には[ときに差別語]という注記を入れておきました。『スーパーアンカー英和辞典』にも同様の語法注記が見られます。♥♥♥

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