出し惜しみをしない

 惜しまないためには、惜しみない努力がいります。今日できることは今日にしかできません。明日できるという保証はどこにもないのです。そう思えば惜しんでいる暇はないのですが、それには覚悟が要ります。人はどうしても弱いもので、やすきに流れる存在だからです。常に「惜しむな」「惜しむな」と自らに課す必要があるのです。

 私の大好きなシンガーソング・ライターのさだまさしさんは、1983年2月、憧れの存在だった「ミスタープロ野球」長嶋茂雄(ながしましげお)さんと対談をしました。さださんには、30年が経過した今でも記憶に残っている強烈な言葉があるといいます:「今日の試合を見に来てくれたお客さんの中には、一生のうちたった1回だけ見に来たという大が必ずいる。一生に一度だけ見に来てくれた人に、元気のない長嶋を見せたくない。調子の良い悪いはあるけれど、ダメならダメなりに『あの長嶋の空振り三振はきれいだった』と言ってもらえるようなフルスインクを心掛けた」プロ野球史上「最も記憶に残る男」と言われた長嶋さんらしい言葉ですね。さださんは「対談の中でこの言葉が最も心にしみた」と振り返っています。なぜなら、さださん自身も常に「フルスイング」を自らに課し、体調の良し悪しはあっても、決して出し惜しみをしないコンサートを心掛けていたからです。この心掛けのきっかけは「1枚のはがき」でした。

 1974年暮れ、さださんがフォークデュオ「グレープ」として活動していた時のことです。この年、2枚目のシングル曲「精霊流し」が大ヒットし、「叙情派フォークの旗手」として脚光を浴びていた頃のことです。場所は、京都府舞鶴市民会館。数組のジョイントコンサートの最後にステージに上がったさださんは、予期しない事態に冷静さを失いました。1曲歌ってトークに入ろうとした時、会場の最前列にいた男性と最後列の男性が立ち上がり、大声で会話を始めたのです。さださんはうろたえました。怒りがこみ上げました。男たちへの憎悪で言葉を失います。それから曲目を紹介する以外は一切しゃべることなしに、予定していた楽曲をひたすら歌い続けました。その日、グレープの「持ち時間」は1時間半でしたが、さださんは40分足らずで歌いきり、ステージを降りてしまいました。「仕方がないよ」「あれで良かった」-。グレープの相棒である吉田政美(よしだまさみ)さんもスタッフも、さださんを弁護しました。さださんも「ああするしかなかった」と自分自身を納得させました。その1週間後、グレープがパーソナリティーを務めていた文化放送のラジオ番組「セイ!ヤング」に、一通のはがきが届きます。その時舞鶴市民会館にいた、という女性からでした。はがきには、会場に詰めかけた聴衆のほとんどがグレープのファンだったこと、誰もがずっとグレープのコンサートを待ちわびていたことなどが綴られていました。そして最後にこう記されていました。「何人かの聴衆の失礼を心からおわびします。ですが、このことでどうか舞鶴を嫌いにならないでください」この時、さださんはどんなことがあってもステージから逃げないことを誓ったといいます。

 さださんは常に「フルスイング」を自らに課し、体調の善し悪し、のどの調子の良し悪しはあっても、決して出し惜しみのない「全力投球」のコンサートを積み上げてこられました。1976年長崎市NBCビデオホールでソロ歌手として1回目のコンサートを開いて以来、年平均100本以上(最高は年184本――借金返済の事情もあった)のコンサートを続けて全国を回り、その数はすでに4,700回を超えました。気温や湿度が極端に変わる中、喉を守るためにホテルの冷・暖房は切って過ごしますが、それでも常に万全の体調を維持するのは至難の業です。それでも「全力投球」です。歌手は声が「命」であり、微妙な体調の異変が喉に現れます。普段から体調管理には万全の備えをしていても体調を崩すことはあるのです(最近さださんも喉の不調でステージをキャンセルされたことも)。一方で、一生のうち1回だけそのコンサート会場に足を運ぶ人もいます。「そう考えたら惜しんでなんかいられないよね。精一杯その日の自分に出来ることをやるしかない。結果的に出し忘れたことはあっても、出し惜しみしたことは一度もない。それは断言できるね」「いいコンディションの時ばかりじゃなかったし、声が出なかったコンサートの時は終わった後にひどく落ち込んだこともあった。ただ、体調の良し悪しや出来不出来はあっても、一度も手を抜いたり、流したりしたことはない。その日出来るすべてをステージで出してきたと断言できる。これは人生の誇りのひとつだね」さださん。絶対に手を抜いたり、流したりすることなく、「拍手への恩返し」を心がけ、今でもステージに立ち続けておられます。

 私もこの49年間、一時間一時間の英語の授業に常に「フルスイング」を心がけて、全力投球で今までやってきました。この年になって、いろいろな場所でお礼を言っていただけることがあります。先日も、一昨年の股関節の手術を執刀していただいた先生の定期診断に日赤に出かけた際、レントゲン写真の撮影を終えた私に、レントゲン技師の女性が「お加減はいかがですか?今から30年以上も前に英語を教えていただきました。ありがとうございました。」と声をかけていただきました。初めてのケーキ屋さんに入ったら、32年前に英語を教えた女生徒がご主人をやっておられ、お互いにすぐに分かって懐かしみました。私も最近は、いろいろなところで教え子にお世話になることが多くなってきました。

▲年月を重ねて味が出てきた「グレープ」

 さださんもそのご褒美でしょうか、「第21回グッドエイジャー賞」を受賞されましたね。年齢を重ねても「活きいき・楽しく・かっこよく」をテーマに人生を楽しんでいるというを選考基準で選考される賞です。さださんは「こんな立派な賞をもらえるはずがないと思って、たらいがつってないかと考えながらステージに上がりましたね。最初はドッキリを疑いましたが、どうやら大丈夫みたい。」と受賞前の心境を明かしました。「いい歳の取り方をしているって改めて言われても、そういう自覚もなしに漠然と歩いてまいりました。精一杯生きてきたことだけは確かですけど」と恐縮。「一生懸命にやっていると時々褒めてくださる方がいる。とってもうれしい」と喜びを噛みしめました。「50年歌ってきて、本当に育てていただいたと感じる。自分でゴリゴリやるより、ヒット曲を作っていただいて、その責任感でやってきた。もうすぐコンサートも4600回になりますが、お客さんが来るから背中を押されてやってきました。50年のうち、30年は借金を返してきたので、あまり実感がない」とも。「憧れに向かって歩いてそれにたどり着いた時、達成感というか幸せを感じるのかもしれませんね」と感慨深く振り返りました。さださんはお客さんの「拍手」を勇気と元気に変えて頑張ってきました。根っこにある思いは「拍手への恩返し」でした。♥♥♥

 僕はこれまで4,623回のコンサートを重ねてきて、手抜きをしたことは一度たりともありません。きょうできることはきょうしかできない。明日もできる保証はありません。ですから、僕は「惜しむな、惜しむな」って自分に言い聞かせながら、すべてのステージは一回しかないという思いで立っています。特に70歳を過ぎてからは体力の衰えも感じますし、身近な人が亡くなる経験もしていますので、このコンサートが俺の最後のコンサートかもしれない。恥ずかしくないように、出し惜しみせず一所懸命やろうと心懸けてきました。これからもその姿勢を貫いていきたいと考えています。  ―さだまさし 

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