菅野智之の挑戦には物語がある

 オリオールズ菅野智之投手(すがのともゆき、36歳)のBSテレ東で放送されたBS25周年共同企画「菅野智之の挑戦には物語がある」を見ました。私は熱狂的な巨人ファンなので、菅野投手が大好きです。2011年、ドラフトで日本ハムから1位指名を受けるも、憧れの巨人入りを目指して1年間の浪人生活を決断します。「長い道のりになると思いますけど、弱音は吐かないです。自分を試されている気がします」と。私はこの時以来の菅野ファンです。翌年巨人に入団すると、その右腕1本で瞬く間にリーグを席巻。毎年勝ち星を積み重ね、沢村賞を2回、最多勝3回を受賞して、「日本最強投手」の名を欲しいままにしました。

 2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝・米国戦で見事なピッチングを見せ、世界に「スガノトモユキ」の名を知らしめ、2020年最高のタイミングで満を持してポスティングでのメジャー挑戦を表明しました。「正直夢はありますよ。もちろんジャイアンツで野球をやるのは本当に幸せなことですが、将来的にメジャーに繋がっていけば、選手としてもっと成長できて、成績も向上していくと信じているので、高い目標設定をしているだけです」WBCで世界への意識が強まったことは、言葉の端々からにじみ出ていました。しかし交渉は難航し、結果的にはメジャー挑戦の断念という苦渋の決断を下し、巨人に残留することになります。「俺は悔しかったし、自分の評価はこんなもんなんだなって。もちろん夢ではあったけど、夢だったらどんな条件でも行けよ、というのは違う。向こうはそこにつけ込んでくる」。踏みにじられたのはエースのプライド、そして憧れてきた夢の価値でした。一週間は泣き続けたと言います。そこから歯車が狂っていきます。2023年には極度の不振に陥り、自己ワーストの4勝8敗。「ブルペンで投げても130キロちょっとしか出なくて…これはいよいよヤバいなって自分の中で(思った)。本当に身をもって体験した…自分の中では凄く大きな屈辱だった」と回想します。野球人生で最悪のスランプを味わった右腕のメジャーへの気持ちを、再び奮い立たせてくれたのは、巨人の5歳上の先輩・長野久義(ちょうのひさよし)選手でした。

 2023年シーズンに野球人生のどん底を味わった菅野投手を、再び夢のメジャー挑戦へと背中を押してくれた恩人について番組内で語りました。チーム最年長として、9年ぶりにWBCに挑んだ菅野投手。昨季は35歳で海を渡り、メジャー1年目から10勝(10敗)をマークする活躍を見せました。2月にはコロラド・ロッキーズと1年契約で合意し、再び夢に向かって挑戦します。「日本に帰ることはまったく考えていないです。まだ1年ですけど、ある程度のことは知れたような気がするので、本当の意味での勝負は今年なんじゃないかなと思います」

 もう一度夢と向き合わせてくれた言葉――。菅野投手は2024年1月の自主トレに来てくれたという長野選手から掛けられた言葉を振り返り、「“俺は智之がメジャーで投げているところを見たいな~”って言ってくれて。“まだ全然いけるよ”って…。凄い(長野は)スーパーポジティブな人だから。あの人は凄いのよ…人を前向きにさせる天才というか。こんな僕に夢を見てくれている人がいるんだって思いましたね」と、アマチュア時代からともに日の丸を背負い、プロの世界に入る際には、他球団の指名を断り遠回りしながらも巨人入団を果たした兄のような存在からの言葉が、再びメジャー挑戦への自身の気持ちを呼び覚ましてくれたと明かしました。「2023年シーズンがダメだっただけで、まだまだできると思ってましたし、アメリカで投げたいという智之の気持ちも知っていたので、頑張れってエールを込めて『智之が投げている姿を見たい』と伝えました」。その長野選手「智之が19歳の時から見てますし、ジャイアンツのエースですし…アメリカで投げている姿を見たいなとずっと思っていました。体が元気であれば智之は絶対やれるなと思っていたんで。覚悟というか…もう絶対とにかく投げた試合は勝つというね。元々そういう負けず嫌いなところが凄くありますし、それが去年は特に強かったんじゃないかなと思います。1回(メジャー挑戦が)ダメになったら、普通だったら多分、それでもうこのまま日本で終わると思うんですよ。でも、智之さすがだなって思ったのは、やっぱりもう1回しっかり日本で成績を残して向こうでプレーするという、そういう夢をかなえた姿を本当に尊敬します」と思いを語りました。その思いに対して、菅野投手「まだ自分に夢を見てくれる人がいるんだなって、そういう人たちのために頑張るっていう、凄く大きな原動力だなって思えました」長野選手の言葉で、再び夢に挑戦する決意を固めました。「年は取っていきますけど、自分なりにもがいて、新しい自分を見つけていかないと」と奮起し、恩師・久保コーチとの運命的な出会いもあり、さまざまなトレーニングで身体をいじめ抜き、投球フォームを一から見つめ直して、再起を図ります。そして迎えた2024年、菅野投手は輝きを取り戻しました。最多勝、最高勝率、そして4年ぶりのリーグMVPを獲得し、諦めかけていた夢舞台へと再び踏み出しました。

 2024年12月、長年抱いていたメジャーリーグ挑戦の夢を叶えました。ボルチモア・オリオールズと1年1,300万ドル(約20億1,000万円)で契約します。「しっかりいい契約をもらえましたし、ホッとしました。本当に振り返ってみると、いろいろなことがあったと思います。人生を賭ける勝負の瞬間だったので、久しぶりに決断したなと言う気持ちになりますね」と。オールドルーキー(35歳)に懸念する声もありましたが、そんな懐疑的な声をよそに、メジャー1年目から二桁勝利を挙げてみせました。「ある程度やれた部分とまだまだ自分に足りない部分、両方が見つかったシーズンでした。最初は戸惑いもありましたけど、今シーズンはすんなりアジャストしていけると思います。引退した長野さんや澤村さんの話を聞く中で、野球をやりたくてもできない人たちがいることに気づきました。そうした人たちのためにも、1年でも長く投げていきたいという気持ちに、ちょっとずつ変化しています」。そしてWBCの直前の2026年2月11日、コロラド・ロッキーズと1年契約で合意しました。再び夢に向かって挑戦する菅野投手は、「しっかり準備してきたので、去年よりもいい成績を残す自信はあります」と力強く宣言しました。「挑戦することにためらいがない。この歳で挑戦できること自体に感謝したいなと思う。環境が変わることを今から不安に思って、『こういう練習できるかな』とか『食事大丈夫かな』『英語喋れるかな』とか、そんなことを考えていたら挑戦できない。そこにチャンスがあって、自分の気持ちがある限りは挑戦し続けたい」「現状維持は退化」という信念(この言葉を私も見習わなくてはいけません)を持って野球人生を送り続けてきた菅野投手。デビュー以来、登板する時には、必ず空を見上げて、野球の世界に導いてくれたおじいちゃん(原 貢)と会話していると言います。きっと今年もやってくれると期待しています。WBCでの無失点快投は十分その期待に応えてくれるものでした。♥♥♥

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