NO KINGS!

 SNSに王冠をかぶったトランプ大統領の姿を投稿したことから、トランプ政権に抗議する「NO KINGS(王様はいらない)」をスローガンに大規模なデモ集会が3月28日、全米各地で一斉に行われました。これで三度目です。首都・ワシントンでは、大勢の参加者が郊外のアーリントン国立墓地からリンカーン記念堂に向かって行進し、移民・関税執行局(ICE)による移民取り締まりの行き過ぎや、未成年者への性的搾取などの罪で告訴されたエプスタイン氏との関係や、イラン攻撃に反対する声が上がり、王冠をかぶったトランプ大統領や閣僚らの顔を模した造形物や、「彼らを逮捕せよ」と書いた横断幕を掲げる人もいました。主催者によると、今回は全米3,000カ所以上で最大規模推計800万人以上が参加したとのことです。これまでのデモと違い、米国の中核都市だけでなく郊外にも抗議活動が広がっています。この抗議デモでNO KINGS”というプラカードが目立ちました。単数形の“NO KING”ではなく、なぜ複数形なのでしょうか?「NO KINGS」と複数形になるのには、ちゃんとしたニュアンスの違いがあります。

 まず前提として、ドナルド・トランプへの抗議で使われるこのスローガン「NO KINGS」は、単に「誰か一人を王にするな」というよりも、もっと広い思想を表しています。

 単数形の「NO KING」 は、「王は一人もいらない」「特定の“王”を否定する」という意味で、あくまでも今目の前に現れつつある個別具体的な王的存在(=トランプ大統領)を指しているように聞こえます。今回の文脈だと、「トランプを王にするな」という個人への強い直接批判になります。一方、複数形の「NO KINGS」 は、より強くて抽象的です。特定の人が問題ではなく、そういう仕組み事態が問題だというニュアンスです。人物ではなく原則に対する主張です。「王という存在そのものを認めない」「誰であっても権力の集中は許さない」「今も将来も、どんな“王”もいらない」「誰であれ、大統領を王のように振る舞わせてはならない」ということで、王という制度・概念を拒否しています(=王制反対)。アメリカはもともとイギリスの王権から独立して作られた国であるため、「私たちは王を頂く国ではない、王のように振る舞う政治家を許さない」というアイデンティティの表明です。 建国の理念に訴えるスローガンになるのです。「私たちは共和国の市民であって臣民ではない」という伝統的な政治表現で、アメリカ政治の古典的フレーズです。抗議者たちは、トランプ大統領個人の強権的な姿勢に怒りをぶつけ叩きたい時は“No King!”を使い、アメリカの歴史的な誇り(王を排除して建国したこと)を強調して理念を掲げたい時には“NO KINGS”を選んでいるのです。同じ方向性の抗議でも、表現の焦点が異なるのです。

 アメリカの民主主義の根底には、“Not a government of men, but a government of laws.”(人の統治ではなく、法の統治である)という有名な対比フレーズがあります。かつて、高名な法学者が「アメリカでは法が王(The Law is King)である」と述べました。これに対して“NO KINGS”「(法を超越して君臨する)特権的な人間は一人も存在してはならない」という、法の前の平等を訴えるメッセージになっています。アメリカ独立戦争時のスローガンや、権威主義に反対する歴史的な文脈では、しばしば“No Gods, No Masters”(神も主人もいらない)といった複数形の表現が使われました。これと同じように、「支配者階級そのものを認めない」というニュアンスを出すために複数形が選ばれているのです。

 つまり、「トランプという特定の王」を否定しているのではなく、「大統領を王(=絶対権力者)に変えようとする動き」そのものにNOを突きつけているのです。特定の人物だけでなく、今後現れるかもしれない「王のような権力者」全てを拒否するというニュアンスが含まれています。抗議者たちは「トランプだけじゃない、誰であっても“王”のように振る舞う政治は拒否する」という強いメッセージを発している、というわけです。スローガンに求められる、短い強い歴史を連想させる、この三拍子がそろった覚えやすいキャッチコピーです。「行政権の拡大に対する制度的懸念について再検討を求める市民運動」と言われてもピンときませんものね。

 このことは、『英語教育』(大修館)2026年3月号の「クエスチョンボックス」欄でも取り上げられました。感嘆符に関する真野泰教授の鋭い指摘が見られます。

 先に触れたサンフランシスコの人文字に’No King!’と感嘆符が付いていたのも、逆にほとんどの’No Kings’に感嘆符が付いていなかったのも、偶然ではないでしょう。それは、We want no king!という主観的な態度の表明と、We need no kings.という客観的な(不)必要性の主張との違いだろうと思います。

 ロゴ、標語っぽく無機質で強い「NO KINGS」vs 発話に近く人の声っぽい「No King!」ということです。♥♥♥

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