ロボット審判

 アメリカのメジャーリーグの試合を見ていると、時々選手が突然自身の帽子やヘルメットをポンポンと叩くジェスチャーを見かけることがありますね。マイナー3Aリーグで2022年からのテスト期間を経て、今シーズン(2026年)からMLBのレギュラーシーズンに正式導入されたのが、通称「ロボット審判」ことABS(Automated Ball-Strike System)です。ポストシーズンを含めた全試合に適用されます。長年議論されてきた「審判の判定のばらつき」という課題を最新のテクノロジーで解決する画期的なシステムですが、実は「全ての投球を機械が判定している」わけではありません。MLBが採用したのは、人間の審判と機械判定を絶妙に組み合わせた「チャレンジシステム」です。伝統的なゲームのテンポを守りつつ、正確性を担保する仕組みになっています。判定には、テニスやサッカーのビデオ判定でもおなじみの「ホークアイ(Hawk-Eye)」技術が使われています。球場に設置された複数の高性能カメラが投球の軌道をトラッキングし、極めて高い精度で判定を行います。 ベースの中間地点(ホームベースの先端から8.5インチの場所)を通過した際の位置で判定されます。その誤差はわずか数ミリ(約4mm程度)と言われています。これまで通り、球審がホームベースの後ろに立ち、ストライク・ボールの判定を下します。 球審の判定に納得がいかない場合に、打者投手捕手のいずれかが自分の頭(ヘルメットや帽子)をポンポンと叩くジェスチャーをします。これが機械判定への「チャレンジ(異議申し立て)」の合図です。各チーム、1試合につき各チーム2回のチャレンジ権を持ちます。チャレンジが成功して判定が覆った場合には権利は減らず、失敗した場合のみ1回消費されることになります。この一連の流れにかかる時間は約15秒。監督やコーチが映像を見てから指示を出すことはできません。グラウンド上にいる選手が、判定直後に瞬時に判断してアピールする必要があるのです。

 高低のゾーンは、選手ごとの「直立した際の身長」に基づいてシステムが個別に設定します。 上限は身長の53.3%、下限は27%と厳密に定められており、打席で極端にかがむような構え方をしても、ストライクゾーンが狭くなることはありません。

 今季のオープン戦では1800を超えるチャレンジ数に対して判定が覆ったのは53%というデータがあります。メジャー公式サイトによると、4月15日までの時点で1,082回のチャレンジがあり、582回判定が覆って成功率は54%でした。投手の成功率が48%、打者は47%でしたが、捕手は精度が頭一つ抜けて高く60%でした。このシステムの導入は、単なるルールの変更ということにとどまらず、各選手の今後のプレースタイルや観客の楽しみ方にも大きな変化を与えています。

① キャッチャーの「フレーミング」の価値が変わる

 これまで捕手には、際どいボール球をミットを巧みに動かしてストライクに見せる「フレーミング」という技術が強く求められてきました。しかし、チャレンジシステムによって実際のボールの通過点が正確に暴かれるため、審判を騙す技術の重要性は以前よりは低下しています。今後は、純粋なブロッキング(後逸を防ぐ技術)や、盗塁を刺す送球技術が再び高く評価される時代になるでしょう。オリオールズの捕手ラッチマンは新たな制度に関して、「試合に新たな面をもたらした。それを理解しようとしているところだ。いつチャレンジすべきか、どの程度確信があるか、考えなければならない」と話しました。

② 「低めの変化球」への判定がより厳密に

 2026年の開幕以降、特に多く見られるのが「低めの変化球」に対するチャレンジです。球審からは見えにくく、ボールと判定されがちなコースですが、チャレンジによってストライクに覆るケースが頻発しています。これにより、投手と打者の駆け引きがよりフェアなものになっていきます。

③ 球場が沸く!新たなエンターテインメント性

 選手がチャレンジを要求すると、球場の大型スクリーンに投球軌道の3DCGが映し出され、大観衆の前で最終判定が発表されます。ボールとストライクゾーンのコントラストが実にきれいで、この「答え合わせ」の瞬間は非常にドラマチックです。ファンにとっても新たな見どころとなり、球場が大きく盛り上がるエンターテインメント要素の一つとして定着していくことでしょう。

 MLBに導入されたABSは、人間の審判の権威や野球本来の面白さを残しつつ、テクノロジーの力でより公平なジャッジを実現する素晴らしいシステムです。次にMLBの中継を見る際は、選手たちの「頭ポンポン」ジェスチャーや、大型ビジョンでの判定結果にぜひ注目してみてください!試合観戦がさらに面白くなるはずです。

 スポーツの判定で今や欠かせない存在となっている「ホークアイ(Hawk-Eye)」技術。MLBのロボット審判(ABS)だけでなく、テニスやサッカーなど、さまざまな競技で「神の目」として活躍しています。ホークアイ技術を展開しているのは、イギリスに本社を置く「Hawk-Eye Innovations(ホークアイ・イノベーションズ)」という企業です。1999年、イギリスのAI研究者であるポール・ホーキンス博士(Dr. Paul Hawkins)によって開発されました。もともとはクリケットのテレビ中継における弾道シミュレーション技術としてスタートしました。2011年、日本のソニーグループ(Sony Group Corporation)がこのホークアイ社を買収しました。現在、ホークアイ社ソニーの完全子会社として、ソニーの持つ高度な映像処理技術やカメラ技術と融合し、さらなる進化を遂げています。ホークアイは、単なる「録画映像の再生」ではありません。複数のカメラの映像から瞬時に空間を計算する「光学式トラッキング(追跡)システム」です。競技場の屋根やスタンドなど、さまざまな角度に複数の専用カメラ(通常6〜12台程度)を設置します。これらのカメラは、1秒間に数百コマという超高速でボールや選手を撮影し続けます。複数のカメラが捉えた2D(平面)映像のデータをコンピュータに集約し、カメラ間の視差を利用した「三角測量」の原理で、ボールの正確な3D(立体)空間座標(X, Y, Z軸)をミリ単位で割り出します。取得した位置データを時系列で繋ぎ合わせることで、ボールが「どこから飛んできて、どこへ向かっているのか」という軌道を正確に描画します。さらに、風の影響やボールの回転数、重力などを考慮した物理演算を加え、選手に当たった後やベースを通過した際の軌道も予測・再現し、分かりやすい3DCGとして瞬時にビジョンに映し出します。

 ホークアイ技術は、スポーツごとにカスタマイズされて世界中で導入されています。野球、テニス、サッカー、クリケット、バドミントン、ラグビー、バレーボールなど、20種類以上の競技で公式採用されています。単に「審判の代わり」をするだけでなく、肉眼では捉えきれない高度なデータを収集・可視化することで、スポーツの公平性を保ち、ファンの視聴体験を劇的に進化させています。♥♥♥

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