さだまさしの「変さ値」

 先日、私は鎌田實(かまたみのる)先生の提唱する「変さ値」を紹介して、さだ一家(祖母・母)「変さ」を述べました(⇒コチラです)。最新の雑誌『潮』5月号では、新連載「男の“変さ値”」の第二回目として、さだまさしさんご本人の「変さ値」を取り上げました。これが実に面白い分析だったので、私なりの例も取り混ぜてご紹介したいと思います。

①「面白いことを思いつくとすぐやる症候群」

 2011年秋、翌年に予定をしていた歌手生活「40周年記念ツアー」の企画会議で、さださんは前代未聞のコンサートをスタッフに提案しました。「歌を取るのか、トークを取るのか。お客さんにまともに突きつけてみるのはどうだろうか?」一つの会場で2日続けてコンサートをやり、初日はとにかくしゃべり続け、2日目はひたすら歌うという企画です。どちらを取るか、選ぶのはお客さん。まさに「さだまさし」にしかできない究極の構成・演出でしたが、そんな常識破りの企画を60歳にしてやろうとするところがまた、さださんの凄さでもありました。「一度やってみたかったし、やるならまだ体力がある今しかないと思ったね。70歳では多分無理だろうからね」

 また、デビュー50周年の記念コンサートでは、四夜にわたって内容が全て異なる開催でした。第一夜は、吉田政美さんと共に原点に立ち返る「グレープナイト」。第二夜は、長きにわたって一緒に歩んできたツアーバンド「さだ工務店」との「工務店ナイト」。第三夜は、管楽器が加わった華やかな「管もナイト」。そして第四夜は、バイオリンを中心とした旋律が響き渡る「弦もナイト」。こんな途方もない音楽世界を、たった一人で、しかも四晩にわたって完結させてしまうのがさだまさしという人物です。諏訪の画家の故・原田泰治さんに魅せられると、信州・諏訪の地に住み始めてしまいます。好奇心のかたまりのような人です。

②「なんでも“さだ味”にするまさしんぐワールド病」

 彼にはいくつもの顔があります。時・命・心を主題に心に響く歌を600曲以上作詩・作曲し、毎月NHKテレビでは「今夜も生でさだまさし」で絶妙なMCを務め、童話を書き、数々のベストセラー小説を執筆して、ステージに立てば歌とトークで変幻自在。歌い手でありながらコンサート・トークのCD全集を出してしまうユニークさです。浅田飴とのコラボで「あ、さだ飴」を作ってしまいました(⇒コチラに私の紹介記事が)。

③「とことん優しい症候群」

 28歳で28億円(金利を入れて35億円)の借金苦に苦しむ中で、平和を希求する活動、そして故郷・長崎への恩返しとして「夏・長崎から」コンサートを無料で20年間も続ける熱い思いがありました。寄付金を集め、被災地に駆けつけてボランティアで慰問を続けます。月にわずかしかない休日を返上して東北に支援に出かけます。この活動が支援をシステムでやろうと「風に立つライオン基金」の理念になりました。「柴田賞」「鎌田賞」を毎年贈っておられます。音楽界の若手歌手にも暖かい救いの手を差し伸べる優しい思いやりにあふれています。

④「みんなから忘れられた人・モノ・空間が好きになる病」

 小説で取り上げる題材も、ベーチェット病とか、遺品整理業とか、献体とか、みんなから忘れられている人やモノに光を当てています。偉大な人を称えたくなる症候群(柴田紘一郎「風に立つライオン」中村哲「ひと粒の麦」)で、頑張っている人を見つける力がすごいんです。さださんは昔から、「ヘンなジジイ」になりたいと語っておられました。それには共通の三条件があり、まずは、1)知識が豊富であること。それぞれのジジイの一言にそれぞれに正解があり、正解は一つではないということを気づかせてくれるという。漫然と生きていくと情報が流れていくだけで、知識は増えていかず、変なジジイになる人は流れていかないように紐を離さないといいます。知識という記憶力の中で培ってきたものを、どう実生活で活用できるかということが本当の知識であり、教養だと思うと話しました。次に、(2)「どんな痛みも共有してくれる」。さだまさしさんは山本健吉さんがいなかったらとうに歌をやめていたかもしれないと話しました。根暗」「軟弱」「マザコン」「女性蔑視」「右翼」「左翼」など、歌ってきた曲が厳しい批判を受ける度に、たかが歌でなんで日本中を敵に回すのか?と思ったと言います。さらに「防人の詩」がヒットした時には、戦争の映画だったため、戦争を賛美していると言われました。その時に山本健吉さんは、これは命の詩であり、居なくなった人を歌うことは、日本の詩歌の伝統で、キミは居なくなった人を歌うのはうまいから自信を持ちなさい、と励まされ、胸を張ろうと思えるようになったといいます。このように「ヘンなジジイ」はいつも背中を押してくれるのです。最後は、3)「何か一つスゴイものを持っている」。これは最低条件で、さださんはまだ何も持てていないといいますが、それは謙遜です。さださんは職人が好きで、色んな全国の職人に会いに行くといいます。「人は道によって賢し」という言葉があるように、職人には抜群の知識があります。生活品を作っているので、気負いもないし、カッコもつけません。そんな変なジジイになりたく、自分は歌を歌うので、歌を歌うことで変なジジイになれたらいいと話しました。迷っている青年には、色んな“ジジイ” “ババア”に会って欲しいと言います。男性はジジイで、女性はババアがいい。「あ!この人すごいな!」と思った瞬間に、迷っていた霧がパッと晴れるといいます。あと10年ぐらいあれば、いい感じで「迷惑なジジイ」になれる気がすると言っておられました。

⑤「変化し続けていながら、原点を大事にする病」

 2022年に、吉田政美さんとのグレープを復活させました。わずか二年半しか活動しなかったので、やり残したことがいっぱいあるのです。毎回手抜きをせずに、精一杯お客さんをおもてなしするという哲学を貫いています。

⑥「与えられたステージがある以上は一歩も引かずに歌い続ける病」

 新陳代謝が激しい業界にあって、53年間にもわたって4700回以上満員のステージをこなし続け(現在4,744回)、与えられたステージがある限りは一歩も引かずに歌い続けます。毎年大晦日に両国国技館を9,000人の超満員に埋める幸せな70代を過ごしておられます。歌とトークで多くの人を幸せにし続けています。

 「ビワの木にはスイカはなりません。君の木には君の実しかなりません。あるがままにやったらよかろう」さださんは日頃語ります。しかし本来ならあり得ないはずの、ビワの木にスイカもさくらんぼもグレープも実る、不可能を可能にしてしまう不思議な木が、さだまさしだと感じています。♥♥♥

▲さだまさしの「変さ値」を詳述した『潮』

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