小野坂トンさん亡くなる

マジック界の仙人~小野坂東氏を囲んでの催しに謹んで参加_c0049409_12415151.jpg

 2026年5月29日の晩に、小野坂東(おのさかあずま/通称:トン)さんがお亡くなりになりました。享年92。日本のマジック界を語る上で欠かせない、まさに「生きる伝説」として慕われた偉大なクリーエーター、コーディネーター、そしてイラストレータでした。 プロ・アマを問わず、日本の多くのマジック愛好家からは「トンさん」の愛称で親しまれていました。東京の老舗マジックショップ「マジックランド」のオーナーであり、プロデューサー・翻訳者・イラストレーターとしても知られていました。 多くのマジシャンや愛好家が集う場所として、日本のマジック文化を支え続けてこられ、かけがえのない存在の方でした。一生をマジックの世界に奉仕し、積極的に海外に行って海外のマジシャンと交流をし、優れた海外マジシャンを日本に招聘しました。自らは50年前に、茅場町「マジックランド」というマジックショップをオープンし、奥さんの節子さんと子息のさんをスタッフにして、自作のマジックをたくさん考案し、同時に海外の書籍や、トリックを販売しておられます。ご自身も優れたデザイン・マジック・クリエーターでありながら、常に「日本のマジック界の普及と発展」のために裏方として尽力し続けました。日本奇術協会の名誉会員でもあり、国内外の多くのマジシャンが「今の自分があるのはトンさんのおかげ」と語るほど、その影響力と人徳は計り知れないものがありました。

 マジックランドでは、多くの海外マジシャンを日本に招聘し、クロ-スアップショーや、レクチュアーを催しました。当時はクロ-スアップマジックそのものが珍しく、書籍などで見知っていたマジシャンが直接見られることに大きな価値がありました。そうした活動が、当時学生でショップを手伝っていた、ヒロサカイ前田知洋に大きな影響を与えたのは言うまでもありません。結果として、その後1990年代に訪れる、日本国内のクロースアップブームの火付け役になっていったのです。トンさんの最大の功績の一つは、海外の超一流のマジシャンたちと深い信頼関係を築き、彼らのマジックや文化を日本に紹介したことでした。まだインターネットもない時代から積極的に海外へ赴き、現地の一流マジシャンを日本に招聘してレクチャーやイベントを主催しました。これにより、日本のマジックのレベルや認知度は大きく底上げされました。日本と世界の奇術界をつなぐ架け橋として尽力されたのです。ステージマジシャンもたくさん招聘し、トンさんは5回世界大会を開催しています。但し、マジックの世界大会は個人が背負うには費用が掛かり過ぎ、度々ショップが経営危機に陥っています。

▲仲睦まじいママさんとトンさん

 東京(長年茅場町に構えていたことで有名です)にある、マジシャンたちの聖地とも言える老舗マジックショップ「マジックランド」のオーナーでもありました。単に手品グッズを売るだけでなく、世界中の最先端のマジック情報や、トンさん自身が考案・デザインしたユニークなオリジナルマジックが手に入る場所として、国内外の多くのマジシャンたちが彼を慕って店を訪れました。私も若い頃から何度もこのお店を訪れ、ママさんに実演してもらい、親しくさせていただきました。ある時たまたま、奥の作業場でトンさんが作業をしておられるのを写真に撮らせていただいたのに、携帯の不調で画像が残っていなかったのは最大の失敗でした。

DSCN4434 トンさんは優れたイラストレーターでもありました。マジックの解説書(レクチャーノート)や書籍に描かれた彼のイラストは、非常に味があり、なおかつ手品の不思議な動きや仕組みを直感的に分かりやすく伝える、唯一無二のクオリティを持っていました。彼の描くイラストがあるだけで、その書籍の価値が高まると言われたほどです。マジックランド製のマジックには全てトンさんのイラストが添えられた解説が付いていました。

 やりたいことをやり通して、人々から愛され続けたのですから幸せな人生だったと思います。でも残された我々にとっては、この先は、マジック界が寂しくなりますね。合掌。心よりご冥福をお祈りいたします。♠♠♠

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