ドラえもん学

 広島県立美術館広島市中区広島市には3つもメジャーな美術館があるんです。ここは「縮景園」も目前にあり、眺めのいいところです)で、かつてここで特別展「生誕80周年記念 藤子・F・不二雄展~つなぐ、未来へ」をやっていたことがあり、私も訪れてきました。広島ホームテレビ開局45周年記念のイベントでした。私は小さい頃に、「お化けのQ太郎」「パーマン」で育った世代ですので、懐かしさがこみ上げるものがありました。ドラえもん、パーマン、エスパー魔美、オバケのQ太郎…。46年に及ぶ、漫画家生活の中で数々の人気キャラクターを生み出し、子どもたちのために、SF(すこしふしぎ)な物語を描き続けた漫画家藤子・F・不二雄さんの展覧会でした。日本では、ドラえもんは誰一人知らぬ者はいないといった存在ですね。

P1010513 まず、入ってすぐの「SF(すこしふしぎ)シアター」では、アトラクション感覚の映像を、大迫力の室内型4Dプロジェクションマッピングで上映していました(4分)。これがすごいリアルなんです。まるでドラえもん、のびたと一緒にタイムマシンに乗って少し不思議な冒険の旅を一緒にしているような体感ができるんです。現代技術の高さに驚かされたことでした。原画の部屋」では、記念すべき「ドラえもん」第一話の原画をはじめ、貴重なカラー原画やSF短編、少年時代に藤子不二雄Ⓐと手描きで制作した自作まんが冊子『少太陽』5月号、新年特大号が展示されていました。手彩色のカラー表紙に始まって、長編漫画、短編漫画、絵物語、小説、さらには次号予告、読者欄、きわめつけは広告まですべて手書きで製作された藤子漫画の原点ともいうべきものでした。オリジナル冊子が展示されるだけでなく、全頁を画像で鑑賞することもできるようになっています。「オバケのQ太郎」の初期のモノクロアニメも上映されて人だかりができていました。作品世界に入って人気キャラクターと一緒に撮影ができる、体験型フォトスポット「なりきりキャラひろば」では、お父さん・お母さんと子供たちが楽しそうに写真撮影に興じていました。藤子先の仕事部屋も忠実に再現されていました。出口のところには「期間限定のショップ」があり、さまざまなドラえもんグッズが販売されていました。展覧会でしか買えない限定グッズも充実していましたよ。私は「風呂敷」と「フェイスタオル」を求めました。様々な角度・観点から、世界中の人々から愛される藤子・F・不二雄の世界を堪能できるようになっていました。

 デビュー以来描き続けた漫画は約270タイトル、原稿は5万枚にも上ります。見どころ満載の展覧会でした。会場のそこらじゅうにいろいろな表情の「ドラえもん」がいて、写真スポットとしては絶好の場ですね。

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◆藤子・F・不二雄(藤本弘/ふじもとひろし) 略歴
1933年 12月1日 富山県高岡市に生まれる。
1944年  小学校で転入生の安孫子素雄と知り合う。
1951年  手塚治虫にあこがれ、2人でまんがを投稿。 「毎日小学生新聞」にて『天使の玉ちゃん』でデビュー。
1953年  安孫子素雄と二人で共同ペンネーム“藤子不二雄”として作品を発表。
1954年  本格的にまんが家をめざし、安孫子素雄と上京。
1964年  『オバケのQ太郎』連載開始。
       その後『パーマン』『ドラえもん』などの傑作を次々と生み出す。
1987年  “藤子不二雄”のコンビを解消。
1988年  “藤子・F・不二雄”として創作活動を開始。安孫子素雄はペンネームを藤子不二雄Ⓐとする。
1996年9月23日 62年の生涯を閉じる。

 会場の展示の中で、次の二つの藤子さんの言葉が印象に残り、思わずメモしてきました。ひたむきに漫画と向き合う藤子さんの姿が目に浮かんでくる言葉ですね。

挫折しても明るく夢を見続ける「自分を見捨てない人」に共感してほしい。  ―JR東日本広報誌「トランヴェール」1月号(1996年)

●自分では漫画を描かずにはいられなかったし、他の道はまったく目に入らなかった。  ―小学館「DENiM」創刊号(1992年)

 さて、ここからが今日の話題です。かつて富山大学は大学の生き残りを模索する過程で、それぞれの教官が自分の専門性を生かして自由にテーマを設定して、少人数のゼミ形式の授業「コロキアム」を開設しました。コロキアムは単位認定を目的としない教養教育のユニークな授業形態の一つでした。1999年、当時富山大学の教授だった横山泰行(よこやま やすゆき)先生(現・富山大学名誉教授)はコロキアム「ドラえもんの世界」を開設されます。れっきとした「学問」です。作者の藤子・F・不二雄先生富山県(高岡市)出身という縁もあり、富山大学のゼミや自由科目講座(「ドラえもんの世界」など)として講義が行われ、当時は「大学でドラえもんが学べる!」と全国で大きな話題になったのを覚えています。「ドラえもん学」です。

 単に「アニメを観て楽しむ」のではなく、漫画『ドラえもん』の全作品を長年にわたって徹底的なデータ分析(定量的研究)を行っていました。藤子先生が描いたオリジナルの短編1,345話、大長編17話を全てデータベース化し、

●作中に登場するひみつ道具の正確な数をカウント

●のび太やジャイアンなど、登場人物の会話の頻度や行動パターンの分析

この研究から生まれた、のび太の生き方を現代の人間関係やキャリアに活かすビジネス書『「のび太」という生き方』などはベストセラーにもなりました。ドラえもんののび太を筆頭に、静香、ジャイアン、スネ夫たちの夢・冒険や日常のさまざまな出来事に対して、秘密道具を縦横に駆使しながら、読んだり、考えたりする学問分野です。

 1999年の、ドラえもんの誕生日である9月3日に、藤子・F・不二雄先生の生誕の地にある富山大学ドラえもんの研究のセンターにするため、コロキアムの研究成果を、「ドラえもん学コロキアム」というホームページにまとめて立ち上げ、情報を発信しておられました。

 残念ながら、大学の正規の講義(授業)としては、現在はもう行われていません。その理由は簡単で、提唱者である横山教授が2007年に富山大学を定年退官されたからです。退官後もしばらくは非常勤講師として授業を受け持たれることがありましたが、現在は大学のシラバス(講義案内)に「ドラえもん学」やそれに類する定期的な講義は組まれていません。大学の一つの名物教授・名物講義として、横山先生の退任とともに一区切りがついた形です。講義自体はなくなってしまいましたが、横山教授が研究のために集められた貴重な資料類は「ドラえもん文庫」として今も残されており、誰でも閲覧することができます。

◎場所: 富山大学中央図書館 & 高岡市立中央図書館

◎中身: ドラえもん全1,345話が掲載された当時の学年誌(小学館の「小学一年生」〜「小学六年生」など)の初版本やコピー、単行本など、ほぼすべてのエピソードを網羅した世界唯一のコレクション。

 授業は受けられなくても、富山大学に行けばその研究の熱量や膨大な資料に触れることができますよ。ちなみに、横山先生の研究スタイルは、シャーロック・ホームズのファン(シャーロキアン)が作品を歴史的事実として研究する手法(ホームズ学)を参考にしており、自身のことを「ドラエモニアン」と呼んでおられました。遊び心のなかに大真面目な情熱が詰まった、素敵な講義だったことが伺えますね。私の尊敬する故・渡部昇一先生は、横山先生と対談を行われ、その記録が本となって残っています。渡部昇一・横山泰行『ドラえもんの謎』(ビジネス社、2003年)です。

 私がかつて勤めていた島根県立松江北高等学校では、3月になると「学問探究講座」というものが3日間早朝に開講され、それぞれの教科の先生方が、普段の授業では扱えない自分の得意な分野をちょっと深掘りして取り上げていたんです。「源氏物語を読む」「ビートルズを歌う」「楽器を弾く」「陶芸」「数学の定理を深掘り」など、実にユニークな講座が多数開設されていましたね。生徒たちは自分の希望する講座に登録して出かけます。いかにも北高らしい行事だな、と私は感心するところだったんですが、受験に関係ないということで反対が多くなり、とり潰されてしまいました。先輩から受け継がれてきた長年の伝統がここで消えてしまうことになったんです。私は反対したんですが…。私はここで「英語のなぜ?」と題して、中学校から勉強してきた英語の盲点をさらってみることにしていました。「yをiに変えてedとは?」「mustにはなぜ過去形がない?」「Iはなぜ大文字で書く?」など分からないことだらけです。英語好きなたくさんの生徒が集まってくれ、とても好評でした。今でも受講してくれた卒業生が話題にしてくれることがあります。あのような全国でも珍しい知的感動を味わえる行事を潰してしまったのが、北高迷走の発端だったのかもしれません。当時の生徒が書いてくれた感想です。

普段は英語は大嫌いだけど、すごく楽しくて、この時だけは英語を好きになった。/話を聞いて英語っておもしろいなと初めて思った。/すごくタメになりました。/英語の授業では学べないようなことを教えていただきました。とても興味深い内容で、わからないことをはじめて知るワクワクを感じました。/とてもためになり楽しい講座だったので来年の1年生にも受けて欲しい。/とてもいい時間が過ごせました。もっと早い時期にこの授業を受けたいです。/とても有意義な3時間でした。来年の1年生のみでなく、時間が許すのなら2年生も行ってほしいと思います。/とてもためになった3日間だけにすごく残念です。英語が好きになりそうです。/自分の知らなかった英語の不思議をたくさん知ることができ、とても楽しく興味深かった。3日間では短すぎると思った。/普段の授業や勉強で聞くことができなかった興味深い話を知ることができ、これからの学習にも意欲がでた。2年次も実施して欲しい。  (原文ママ)

 こんな気持ちで勉強してもらえれば、どんどんと興味は尽きないですね。私は、「英語の面白さ」を伝えて、ずっと勉強を続けてもらいたいと思っています。私は単に大学入試のために英語を教えているのではありません。大学に行っても、社会人になっても、一生英語を学び続けてもらいたい、そのための土台作りをしていると思って毎日頑張っているんです。♥♥♥

 

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