QRコード

 2024年8月19日(月)に放送されたカズレーザーさんの「X年後の関係者たち」「QRコード」(キューアールコード)が取り上げられました(何度か再放送もされています)。愛知県のとある自動車部品メーカーが世界の新標準となるある技術を生み出しました。それが「QRコード」です。今では、支払いの決済や在庫管理、各種チケットなど、私たちの日常生活に欠かすことのできない存在となった「QRコード」です。パリオリンピック2024では通行管理システムにも採用されるなど、今や世界中へと広まっていますね。今の普及ぶりを考えれば、社運をかけたビッグ・プロジェクトと思いきや、プロジェクト開始当初のメンバーはたったの2人でした。そこから、いかにして時代の標準規格と成長したのか。成功に至るまでは数々の苦労が…。開発・普及を牽引した関係者たちと共に、その舞台裏に迫る好番組でした。

 「QRコード」は、1994年(平成6)に日本・愛知県の自動車部品メーカーであるデンソーの開発部門(現在は分社化してデンソーウェーブ)が発明したマトリックス型二次元コードです。今ではデータ読み取りや店頭決済用コードとして世界中で多用されています。「QR」Quick Response (クイックレスポンス)の頭字語であり、高速読み取りを目的の一つとしている名称です。「素早い反応」という意味です。その名のとおり、1秒間に30回読み取ることができます。「QRコード」デンソーウェーブの登録商標(日本第4075066号)です。情報を二次元で表現したバーコードの一種です。バーコードのおよそ350倍もの情報を格納できます。スマートフォンや専用のスキャナーを使って読み取ることができ、URLやテキスト、連絡先情報など、さまざまなデータを瞬時に取得できます。特に、情報の取得が簡単で迅速であることから、ビジネスや日常生活において広く利用されています。今では私が購入する海外のマジック製品の説明書には、必ずといっていいほどこのコードが付いていて、ビデオ解説を参照できるようになっています。私の本職の英語の世界でも、問題集や単語集の音声などをこの「QRコード」で提供するものも増えてきました。先日私が訪問した「直島」の美術館の多くでも、この予約QRコードが入館条件でした。スマホを持たない私は、入館時にずいぶん苦労しました。

▲今や、英語の単語集にも「QRコード」が!

 「QRコード」がまだない時代、デンソーの製造工場の現場では部品ををバーコードで管理していましたが、部品管理のためにバーコードを10個ほど並べて読ませていたことから、非常に作業効率が悪かったことと、現場の作業員から「疲れる」との不平不満が挙がり、併せて「バーコードより多くの情報を盛り込めるコードを作って欲しい」という要望が出ました。それに応えるため、日本電装の開発部門に所属していた原昌宏(はらまさひろ)さんにより、1992年から新たなコードの開発がスタートしました

 さんが昼休憩の時間中に社内で打っていた囲碁をヒントに、開発目標としてコードの情報量を増やすだけでなく「正確に速く読み取れること」、また、油などの汚れがつく自動車関連工場で使われることを想定し、汚れや破損への強さにもこだわり、2年の開発期間を経て1994年に完成しましたデンソー「QRコード」を開発したことを公式に発表したのは1994年9月26日で、1998年の時点で日本の自動車業界においてはすでに標準となっていました

     バーコードは横方向にしか情報を持たないのに対し、「QRコード」は縦横に情報を持ちます。そのため、格納できる情報量が多く、数字だけでなく英字や漢字など多言語のデータも格納することができます。また、推奨はされていませんが、濃淡の判別が可能な色合いであれば、色を付けた状態でも読み込むことが可能です。3隅の四角い切り出しシンボル(位置検出パターン、ファインダパターン)が特徴的です。加えて、7列目と7行目などのタイミングパターン、随所に入れられた小さい四角のアラインメントパターン(モデル2のみ)が固定で、それ以外の部分に符号が記録されます。

 特許権者のデンソーウェーブは、まずは「QRコード」が普及するように敢えて特許をオープンにすることとして、規格化された技術に対して特許権を行使しないと宣言しています。近年「QRコード」の中に文字や画像を組み込んだものが一部で使われるようになっていますが、これらの多くは「QRコード」の上に単に文字や画像を載せたものに過ぎず、厳密には「QRコード」の規格に準拠していないため、「QRコード」のエラー訂正のレベルや読み取り機器の性能によってはコードが正常に読み取れない場合があります。このためデンソーウェーブでは規格に準拠していないコードについては「QRコード」と呼ぶことはできないとしています。規格外のコードの使用に対しては特許権を行使することもあり得る、としていましたが、特許権の存続期間満了により非推奨というスタンスに変更されました「QRコード」の開発チームは2014年に、欧州特許庁が付与する「欧州発明家賞」を日本で初めて受賞しています。スマホの普及とともに、一般消費者向けの情報提供手段としても人気が高まり、現在では多くの業界で活用されており、「電子決済」をはじめ、「チラシや広告からホームページへ誘導する」「商品の情報や生産者の情報を確認する」「コンサートやイベントなどの電子チケット」などさまざまです。共通して、「素早く作業を済ませられる」というメリットがあります。バーコードは向きを合わせる必要がありましたが、「QRコード」なら3つの角に配置している四角い「切り出しシンボル(ファインダパターン)」があるため、コードの存在とコード領域を即座に認識できます。どの角度からでも高速で読み取れるため、何度もスマホの向きを変えたり、なかなか認識しなかったりといったストレスとは無縁です。また、「QRコード」は破損や汚れにも強いんです。コードの一部が欠損しても、コード自身でデータを復元する「誤り訂正機能」を持っています。これは、もともと「QRコード」が工業用の油で汚れやすい工場(製造現場)などで使用されることを想定して作られたことによるものです。「QRコード」が普及した要因の一つが、その手軽さです。専用のリーダー(読み取り機)を必要とせず、ガラケーのカメラの画像処理でデータを読み取れることは、2000年代初頭としては画期的でした。これまでのバーコードはレーザーや特殊なセンサーによる読み取りのため、スーパーやコンビニで見かけるような専用のリーダーが必要だったのです。しかし、「QRコード」ならそれらの初期投資を抑えることができました。こうしてアッという間に社会に広がっていきました。今では生活の必需品となっています。今でもスマホを持たない時代後れの私は、海外から取り寄せたマジック商品の演技解説ビデオを視聴することができず、その都度会社にURLを尋ねて教えてもらっています〔笑〕。♥♥♥

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「ブレンU」新色

 「ブレンU」(ゼブラ)は、ストレスフリーの書き心地で人気の「ブレン」シリーズの新アイテムとして、筆記シーンに多い「サッと書き」に向けて開発されたボールペンで、2024年8月に発売されました。筆記時に起こる振動を制御するブレンシステムに加え、軽い力でも濃く書くことができる新しい油性インク「S油性インク」を搭載することで、移動中や接客時などの不安定な状態でも、あとから見返した時に読みやすい文字を書くことができます。また、樹脂素材と金属素材が一体になった丈夫で使いやすい新設計のクリップを採用しています。書いた文字が見やすくなるようペンの先端部分はスリムにするなど、シンプルでミニマルなブレンらしいシームレスなデザインに仕上げました。

 今回赤・青インクが新発売され、インク色は全3色になりました。どちらもボール径は0.5㎜と0.7㎜の2種類で、ボディカラーはブラックの軸です。

・筆記振動(ブレ)を制御
・軽い力で濃く書けるS油性インク搭載
・軽い力で開けてかさばらない新設計クリップ

手帳やメモ書きで強調したいとき、資料にサッと書き込みをしたいときにおすすめです。が加わり便利になりました。

「ブレン U」に赤・青インク ラインナップ

 ここで、このボールペン「ブレンユー」の凄さを紹介しておきますね。筆記時の振動を極限まで減らしてストレスフリーにしたブレンの後継製品です。職場の中でも、仕事中でも、便利にさっと取り出して書くことができる便利なちょい書きを目指して開発されました。実に使いやすいですよ。ちょっと扱いにくかったクリップも、金属製に変更してタフに機能的に活用できるように変更したのです。これで、間違いなく良くなりました。このボールペンは、部品の隙間を極力なくしてブレの発生をカットし、筆記振動を抑えて疲労を感じないように工夫した筆記具です。握った瞬間に、書いた瞬間に、このボールペンの凄さが分かる人も多くいるでしょう。ぜひ分かる人に使ってもらいたいです。

 ユーザーの小さなストレスを取り除こうとしたすごいボールペンなのです。こういう文房具は、売れるに決まっていますよね。最近は、ノートや手帳を綺麗にまとめる人が多いみたいですね。そんな方達には、黒色のボールペンだけでは我慢できないはずです。赤・青が要るでしょ。今まで、出なかったのが不思議なくらいです。多色ペンが先行して発売開始されていたので、それで良かったのかな。この発売を機にして「ブレンユー」をどんどん使ってあげてくださいね。校正や注釈など、この色合いがあると何かと便利なのです。まずは、赤色。重要度が高い箇所、修正、注意点など目立たせたい部分に使いましょう。そして青色は、注釈や情報補足に良いと思います。♥♥♥

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formerとprevious

 「共通テスト」になって以来、かつてのセンター試験時代のような英文法問題(穴埋め・語句整序・誤文訂正)は出ないから文法はもうやらなくてもよいという現場の安易な議論には、真っ向から反対してきた八幡です。英文を正確に読み解くには英文法の知識が不可欠であるからです。英文法の演習には、私は今までずっとセンター試験の文法・語法問題の過去問を使ってきました。ここには良問が多いのです。そこで生徒たちから毎年質問が出るのが、次の問題です。2002年のセンター本試験第2問A問5でした。

問5 Our PE teacher, a (                ) professional basketball player, is coaching the school team.

           ①previous        ②late        ③once        ④former 

意味「私たちの体育の先生は、元プロのバスケット選手だが、今は学校のチームのコーチをしている」は分かるはずです。正解はformerですが、previousがなぜいけないのかが分からない、というのが多くの生徒から出る質問の内容です。確かに「以前の」「前の」という訳語だけ示されても、今ひとつよく分かりませんね。私ならこんな説明をします。

 previousは、1つ前のものを指します。Fumio Kishida was the previous prime minister of Japan. / The Olympics begin this month in Paris. The previous host city was Tokyo. / Shohei Ohtani is a Los Angeles Dodgers player. His previous team was the Los Angeles Angels. ここら辺は、Longman Essential Activator (Longman, 1997)の“the previous person, thing, or time is the one that existed just before now or before the time you are talking about“という記述が役立ちます。それに対して、formerは、過去のかつてのもの(今はそうではないを含意する)を指します。同辞典には“existing at some time in the past, but not now―use this especially to talk about someone who used to have a particular job or position”とあります。Both Shinzo Abe and Kakuei Tanaka were former Japanese prime ministers. / Rio de Janeiro and Atlanta were former Olympic host cities. / Shohei Ohtani’s former team was the Hokkaido Nippon Ham Fighters.といった用例を併せて考えると、両者の違いがよく分かるでしょう(用例はJames Tschudyより)。このように考えてくると、上の問題でなぜformerが正解で、なぜpreviousがまずいのかが分かってきます。

たとえば、She is a former professor of Kyoto University (彼女は京都大学の元教授です)を She is a previous professor of Kyoto University というのは不自然です。このことからformerpreviousの違いは、どちらも「前の…」という意味ですが、formerには「元〇〇」「過去〇〇であった」ということで言外に「今はそうではない」と言っています。 これに対して、previousは、現在の状況についての言及ではなく、単に「順番的に一つ前である」ということを言っています。

 ご参考までに、上の問題に対する赤本(教学社)黒本(河合塾)の解説を下に挙げておきます。一体、高校生はこれで分かるんでしょうかね?私には疑問が残ります。♥♥♥

①previousは「前の~、以前の~」の意であるが、ある程度の基準を設けて「それより前の」の意味で使う。「市長」のように順序がはっきりしているものなら使えるが、プロのバスケットボール選手では、何より前かが分からないのでここでは不可。[赤本]

formerはかつて特定の仕事、地位、あるいは役割を持っていたが、いまはもう持っていない人について述べるのに用いる。[黒本]

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さだまさしとコンサート

▲最新コンサートプログラム

 2025年3月26日(日)に、4年ぶりに島根県民会館大ホールで開催されたさだまさしさんの4688回目のコンサート(もちろん前人未踏の日本記録です)へ行ってきました(前回はコロナ禍の真っ最中!)。デビュー51年目の軌跡と奇跡が凝縮された白熱のステージを堪能してきました。舞台の最後には、自分がいかに好きなことをやって過ごしているかをしみじみと語っておられましたね。例のドキュメンタリー映画『長江』による28億円の大借金(金利を入れて35億円)にしても、ステージがなかったら、ここまで生きてくるのは大変だったろうと回想しておられました。大借金を抱えて苦しんでいた30代の半ばには、コンサート「年間187回」という地獄のような回数の年もありましたっけ。私は毎回コンサートに行く度に、歌う曲順、トークの内容を一言漏らさず、暗がりの会場の中でひたすら記録している「ま虫」です。〔笑〕。

 さださんは51年間の長きにわたって精力的にライブ活動を続けてこられましたが、「さださんにとってライブとはどのようなものですか?」という質問に、次の様に答えておられます。

 どう言ったらいいんだろう、何かに例えようがないんだよね。なんでこんなにライブをやるんだろうね。歌が好きなわけでもないのに。でも歌作りは好きなんですよ。歌ができた瞬間が一番興奮するのね。その瞬間を共有したくてライブをやっているんだろうね。「俺、いい仕事したでしょ?」って言いたいの。だけど作ってから3ヵ月も経つと飽きちゃうから、「早く次の曲作んなくちゃ」と思って……その繰り返しでずっと続けてるんだろうね。あとは、コンサートでは毎回悩みながら歌ってるんですよ、「この歌ってもしかして、こういうふうに歌ったほうがいいんじゃないか?」って。そういう発見が常にあるから飽きないんだと思う。

 そうした発見をしたいが故に、彼はライブをずっと続けているんですね。

 かもしれないね。あと、僕は大声を出すというのが一番のストレス発散で。多少腹が立ったりストレスが溜まったりしているときでも、ステージでは全部吐き出して忘れられる。だから「これは思い出すたびに腹が立つな」と思うことはライブで吐き出して、反対に覚えていなきゃいけないことはトークにする。

 僕のコンサートでは、トークが安心してくつろげる場所なのかなと思っていて。僕の歌は、色々感じたり考え込んだり、キュンとしたり怒ったりと、心に働きかける曲が多いから、トークのときくらいは肩の力を抜いてゆっくりしてもらえたら。アイスクリームに添えられているウェハースみたいなもんだよね。アイスクリームを食べて舌が冷たくなると甘味を感じなくなるから、そしたらウェハースで舌を温めてもらって、またアイスをおいしく味わってもらうっていうことなんだけど…。まぁ、うちはウェハースから売れるアイス屋(笑)。なんなら「ウェハースだけで買えませんか?」っていう人もいるくらい(笑)。だから来年はウェハースだけのライブもやろうと思っていますよ。

 国難のコロナ禍でコンサートが一切できなくなった時にも、「ショーを止めてはいけない」との固い信念から、何が何でも続けようと、お客さんの数を半数以下にして大赤字の中、続けてこられました。

 回数にはあまり意味がないと思うんですけど、ショービジネスに関わる人間の責任というのかな、それは感じますね。コンサートはお客さんがいなくなったら自然にできなくなりますが、足を運び続けてくださっているのだから、その方々の期待に応えていかなきゃいけない。だから、ありったけのものをステージに並べるんです。『お客さんがお腹いっぱいになって飽きちゃうよ』ってよく言われました。でも、お腹いっぱいにならなかったら、来てくれたかいがないじゃないですか。幸いにも胃拡張のお客さんが多くて、何を出しても食べてくれますしね〔笑〕。

 さださんは、歌うかしゃべるか〔笑〕でストレスを発散させているようです。

 結果論だけど、それが自分を支えてきたんじゃないかなと思いますね。もしもステージがなかったら、ここまで生きてくるのは大変だったろうなとは思う。コンサートがあるから行かなきゃって思うし、お客さんに来てもらった以上は楽しんで帰ってもらわなきゃって思うしね。で、コンサートっていうのは毎回同じことは絶対にできないでしよ。昨日良いライブができたからって、同じようになぞろうとすると絶対にうまくいかない。掴んだと思っても、翌日にはどこかにいっちゃう。毎回違うからこそ、常にうまくいくように求める。それが楽しいのかもしれないね。

 さださんのステージは、不思議なくらい人の心を温かくしてくれます。私の考えでは、それは客席の温度感を大切にしながらステージを進めていくからなのだと思います。だから、ライブでも同じ曲であっても聴衆が作り出す空気感とのマッチングで、1回1回異なる感動を見る者に与えてくれるのでしょう。

 もういっぺん『さだまさし』を生まれ変わってやるかって言われたら、真っ平御免ですけどね。こんなにしんどいことは、やりたくねえ。波瀾万丈すぎる。でも、苦しかったけど、今でも苦しいけど、それが自分に与えられたものだろうなと思ってます。次はもっと分かりやすく人の役に立つ人生がいいな。お医者さんとかさ。被災地に行くと、いつもうらやましいもん。でも、避難所行って歌うとさ、みんないい顔で笑ってくれたり。ああ、これはこれでいいんだなって思ったり……分かった、もういっぺんやる、『さだまさし』

 そんなさださんのソロデビュー45枚目、通算50枚目のアルバム『生命の樹~Tree of Life』が、5月14日に発売になりました。昨年CMソングとして先行配信され話題をさらった「Believe」、“失ったたいせつなひと”たちへ捧ぐ「Tomorrow」、子供を戦争で奪われた親の気持ちを歌った「母標」など、新曲が7曲収録されています。さらには、能登に思いを馳せた「初恋駅」、奈良・葛城の當麻寺を舞台にした「残月」など、グレープの新曲も3曲収録されました。吉田さんとのハモリが時の流れと進化を感じさせてくれ堪りません。「生命の樹 –序–」を合わせた全11曲の<さだまさしの現在進行形の“うた”>が収録されています。私はすぐに予約して入手しました。さださんの新しいギター《Tree of Life Premium》の向こうに真っすぐ立ち尽くす“樹”が象徴的な今作のジャケット写真(写真下)も素敵です。タイトルはもちろんさだまさしさんの直筆です。収録曲のティザー映像も公開されています。♥♥♥


 60代、70代になると、できないことが増えてくるのは当たり前じゃないですか。何もしないと下がっていく下りのエスカレータに乗っているような年齢ですよ。だけど、ぼくはそれを当たり前だと思わないで、下りエスカレータを上に向かって逆走しています。音楽活動も財団のほうも逆走して二階に上がろうとしている。万が一上がれたら三階、いや屋上をめざしますもん。みんな自分の人生を二階建てとか三階建てで終わらせようとするからいけないんです。病気や事故のことも考えられなくはないけれど、でもぼくは上がれるところまで逆走しますね。そりゃしんどいですけど、黙って立っていたら後に下がるだけですから、一歩ずつでも歩かなきゃ。  (さだまさし)

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becomeとget

 生徒から「「~になる」という意味で、becomeとgetはどう違いますか?」という質問を受けました。Longman Essential Activator(1997)によれば、becomeの方がよりformalで、口語では普通はgetを使うと明確に説明しています。したがってくだけた口語では、get darkの方がbecome darkよりも普通です。ただしavailable, calm, clear, famous, happy, important, necessary, obvious, poor, powerful, proud, sad, silent, successful, usefulなどの形容詞にはgetは使わないとしています。ところが、こうしたgetとは共に使えない形容詞も、clearer, happier, more famous, more importantのように比較級になると使うことができるということに注意しましょう。ここら辺が英語の難しいところですね。またgetannoyed, bored, damaged, lost, brokenなどの過去分詞とも共起することができます。betterとの相性はgetの方がbecomeよりもはるかに普通です:get / become better    後に名詞が来る場合は原則としてbecomeのみが可能です: becomeget]  a millionaire

 

 これとよく似た単語にgrowがあります。grow old/ tired/ worse/ largerの例で考えると、上の辞典では、“slowly and gradually become old, tired, etc.”と意味を載せています。つまり「ゆっくりと徐々に~になる」という時はgrowを使うのです。英語の類義語や類似表現を取り上げて、その使い分けを実に丁寧に、適切に、簡潔に解説してくれているので、私はこの辞典を重宝しています。 ♥♥♥

 

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AU Diner

◎週末はグルメ情報!!今週はアメリカンレストラン

 2024年3月22日に、JR松江駅の近くにオープンしたアメリカ料理の新店舗「AU Diner」(アウダイナー)です(朝日町交差点) 。アメリカンポップな世界観に浸りながら、現地で親しまれる食事を日本人好みに仕上げた味で楽しめるお店です。「AU Diner」という店名の由来を店主さんに聞いてみました。人と人とが「会う」(AU)交流の場になることを願い、自分のイニシャルをかけているとのこと。松江市には見られないアメリカの家庭料理が楽しめるお店を作りたかった、とのことでした。

 グレーチェックの壁紙と、ビビットカラーのピンクの壁紙の組み合わせが新鮮かつおしゃれな内装です。長年、純喫茶として使われた場所で、埋め込み式のスピーカーや2階につながる階段など、ところどころにその面影が見られます。ランチのイチオシは、ニューヨークの屋台の定番料理「チキンオーバーライス」(1,100円)です。私も注文してみました。

    ターメリックライスにスパイシーに味付けした鶏肉をのせ、辛味と酸味を効かせたホットソース、ヨーグルトベースの酸味感じるソースをかけ、混ぜながらいただきます。食べるごとに味わいのアクセントが変わり、ボリューム感も満点でした。このほか、ロコモコプレートスパイシーポークプレート気まぐれカレーなど(いずれも1,100円)もランチメニューには並んでいます。

 カフェタイム(14:00~)に楽しめるスイーツにも力を入れておられます。デザートに「アップルパイ」(550円)をいただきました。アイスクリーム付きです。アメリカの家庭の味をコンセプトに店主が手作りしておられます。このアツアツのアップルパイが目茶苦茶美味しかった!また食べに行かなくてはいけません。

 「健康志向ももちろん大事だけど、私にとってのストレス発散法はジャンキーなものを存分に食べること。同じような人にここで料理を食べて笑顔で帰ってもらいたい」と店主の上野さん。オープンから4カ月が過ぎ、サラリーマンをはじめ、学校帰りの学生や外国人観光客、集会帰りの高齢の方など、さまざまな年代が憩う場になっています。国籍や年齢といった枠にとらわれず人と人が「会う」(AU)。店名に込めた思い通りの場所になりつつあるようです。♥♥♥

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プリンセス天功

 6月25日(水)に、フジテレビ系の「アンビリーバボー「仰天全国騒然…噂の真相!!プリンセス天功埋蔵金㊙真実を解明せよ!!」を見ました。世界的イリュージョニストであるプリンセス天功が、21年間で日本国内の6カ所に埋めたとされる財宝についての真相を追求していました。埋蔵金の中身は「人生を3回できる金額」とされ、1カ所に埋められた金額についても「20億円以上」であることも明かしました。私は埋蔵金に興味はありませんが、彼女が一躍有名になった大爆発脱出イリュージョンの過去の生々しい映像の数々を放映してくれたのが懐かしかったです。 

 プリンセス天功さん。日本ではアイドル歌手、そして女優としてデビュー(朝風マリ)。その後、偶然の運命に操られエスケープ・アーティスト二代目・引田天功となります。世界的には、イリュージョニスト・PRINCESS TENKO(プリンセステンコー)のステージ・ネームで知られています。1990年に、女性として初の快挙となる「マジシャン ・オブ・ザ・イヤー」を受賞すると、1995年からは米国アニメシリーズの主人公モデルとしてキャラクター人形と共にミリオンヒットを記録します。米国、欧州、日本、アジアと全世界でイリュージョン・ショーを年間300ステージを公演。格闘技イベントやテレビ番組プロデュースも行っています。また演劇分野ではミュージカルやストレートプレイ等多彩な作品を演出。新人育成(養成)等文化活動にも力を入れています。各国でテーマパーク、リゾートホテル建築構想や都市開発プロデュースが進行中。スポーツ界との事業展開を、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の複数チームのメインスポンサーとして、また大リーグ3Aラスベガス(LV51’s)や女子バスケットリーグのスポンサーとして推進。音楽界ではPRINCESS TENKOレーベルを持ち活動。画家、写真家、デザイナー活動も盛んです。各国のテレビ、ラジオ番組(構成&DJ)、雑誌、新聞等にも多数出演をしています。企業コンサルティング及び商品開発、店舗経営にも参画。自身で多種多様の動物を育てるだけでなく、AWF(アフリカ野生動物保護財団)の日本親善大使にも就任しています。まさに八面六臂の活躍です。「ニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールでフランク・シナトラとボブ・ディランと共演した」「北朝鮮の金正日総書記から白頭山の天然記念物の犬を贈られた」「プーチン大統領からも犬をプレゼントされた」「アラブの王族から支払われたギャラが石油だった」「バービー人形で有名なマテル社と契約し、『テンコー人形』が全世界で800万体以上売れた」これらのトンデモ話に聞こえるエピソードが、世界中の大富豪の前でショーを披露してきた世界的イリュージョニスト・プリンセス天功にとっては正真正銘の実話で、エピソードの規模が規格外すぎて、存在自体がイリュージョンのようです。

 女子プロレス団体・マリーゴールドとのコラボも話題になりました。2024年には7月・8月と連続して、女子プロレス団体マリーゴールドの興行に出演。後楽園ホールや両国国技館に姿を見せたことが大きな話題になりました。今までは毎年、国内外で300以上の公演を開催していましたが、それがコロナ禍の影響で、2020年5月から軒並み中止に。プロモーション活動や取材もなくなり、それでメディアへの露出も減ったようですね。

 アニメのキャラクターやバービー人形にもなった「プリンセス・テンコー」のイメージを決して崩さず、生涯ステージに立ち続けるという契約をアメリカの会社と結んでいるので、この先も、生きている限りステージを降りることはありません。弱音を吐こうものなら、「生涯契約があるでしょ!」と、アメリカのマネージャーに叱られます。バービー人形で有名なマテル社よりプリンセステンコー人形も発売され、アメリカで爆発的に売れ、世界的な名声を獲得しています。その契約書には、今でも次のような厳しい縛りがかかっているとか。

  • 年齢設定は永遠に24歳
  • 太っても痩せてもいけない
  • 髪の毛の色は黒色
  • 前髪の長さは規定の長さに従う
  • 話し声はミステリアスでなくてはならない
  • 化粧は指定された物を使用する
  • 電車に乗ってはいけない
  • コンビニやスーパーへ行ってはいけない
  • 買い物は全て通信販売で買わなければいけない
  • 東西南北に一人ずつボディーガードをつけなければならない
  • 日本人と結婚してはならない(アニメの中でアメリカ人と恋に落ちる設定のため)
  • 同じステージに「引田天功」と「PRINCESS TENKO」が現れてはいけない
  • 本人曰く、全身100ヶ所の取り決めがあるとの事。

 そんなテンコーさんが、昔インタビューに答えて語っていたことを、今でも覚えています。「お金は正しく扱えば、貯まるよー。自分の汗がついたお金は、支払いに使っても手元に返ってくると言われているの。だから、大昔の人はお金に自分の汗を染み込ませて使ったという記述が残っています。それからね、支払いの最後に、自分の汗の染み込んだお金を渡すと、支払ったお金が戻ってくるとも言われているの。これは悪魔がお金を操作しようとしても、人の汗がついているものには手を出せず戻してしまうという言い伝えから。お金は汗を出して稼ぎなさい。そして使うときは汗して手に入れたことを忘れずに、ということなのよね」

DSCN3576 プリンセス天功さんが2007年に出した、『ちょっとHappyになる小さな魔法』(主婦と生活社) という、現代科学でも解明できない古代からの伝説をまとめた本にも紹介されています。魔法をはじめ、子供のころから不思議なことが大好きだった彼女は、公演で訪れる世界各地で、スケジュールの合間を縫って魔法や言い伝えの古い文献を集めていました。現代を生きる魔女たちとの交流から、いつかは自分の「魔法の書」を作りたいと願っていた彼女の夢が実現したのが、この本でした(写真右)。

 米国アニメ・バービードールの権利収入は、かなりすごそうですね。何しろプリンセス・テンコ―バービー人形は、800万体を売り上げたシーズンもあるのです。そして、個人契約の公演の報酬が超高額です。中東の石油王や国家元首の誕生パーティーなどに呼ばれ、時給5千万円を超えた時もありました!また報酬とは別に、油田やダイヤモンドなどを贈呈されることもあったそうです。プリンセス天功さんの年収は、想像もつかないくらい高額なことは確かでしょう(億単位かな)。確かに、北朝鮮の金正日氏の誕生パーティーに呼ばれたり、ロシアのプーチン首相から犬をプレゼントされたり・・・。引田天功さんと各国VIPとの交流は、過去にも報道されたことがありました。

 発明王エジソンは、玄関やトイレ、お風呂、ベッドサイドといった家中にメモ帳を置いていました。ひとたびひらめくやいないや、そのアイデアを書き留めておくためでした。「発明は大気の中にある」エジソンは言っています。 プリンセス天功も、夢の中で新しいマジックがひらめく、と話していました。まず自分がステージに立って新しいショーをやっているシーンが出てくるそうです。音楽付きでカラーで出てくるそうです。その後に、そのステージやマジックの仕掛けが「図面」で出てくると言うから驚きですね。彼女は夢から覚めると、それを書き写すそうですが、まだ試していないマジックのストックが、リストにして30㎝くらいの厚さに溜まっているそうですよ。♥♥♥

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輝き続けるチューリップ

  BSフジでは、6月28日にBSフジサタデープレミアム枠で「輝き続けるチューリップ」(土曜午後7:00~)を放送しました。2020年に「輝き続けるキヨシロー」を放送して以来、これまでに中島みゆき、BOØWY、尾崎豊、オフコース、加山雄三、髙橋真梨子、THE ALFEE、竹内まりやを取り上げてきた人気の「輝き続ける」シリーズです。今回の放送で第10弾となります。

 チューリップは、1970年に福岡で結成されたバンドで、まだフォークや歌謡曲が主流だった日本の音楽シーンに旋風を巻き起こし、日本語ロックの先駆者的存在として不動の地位を確立したバンドです。「日本のビートルズ」と言われた当時は、多くの若者たちを夢中にさせていました。そしてチューリップのメロディー、紡いだ歌詞と綺麗な歌声は、今もなお日本中に響き渡り続けています。番組では、そんなチューリップの輝き続ける魅力に迫りました。チューリップをリスペクトするアーティストや著名人が集結し、さまざまな思い出や楽曲にまつわるエピソードについてトーク。スペシャルトークセッションに登場するのは、アートディレクター・大野拓家つのだ☆ひろ吉田栄作の3人で、フジテレビアナウンサー・海老原優香が進行を務めました。また、若かりしチューリップのライブ映像も余すことなく公開していました。トークセッション後、出演者からコメントが到着。大野は、「吉田さんとつのださんが本当にすてきなことをいっぱい話していらっしゃいますし、ライブ映像もいっぱいです! ぜひご覧ください!」と見どころを紹介。一方、つのだ「僕の場合はチューリップと僕の生活の記録を少しずつ話しているので、聞いているファンの皆さまからすると失礼なことを言ってとんでもないと思っている方もいらっしゃると思いますが、これはあくまで私の私見でございますので…(笑) 。『つのだ☆ひろの野郎、ひねくれてやがる』と思ってくだされば結構でございます。番組をどうぞお楽しみください!」とユーモアを交えて語っています。そして、吉田「約2時間の番組の中でチューリップの50年の歴史を語り尽くせたかは分かりませんが、なるべくたくさんの名曲と共にチューリップの魅力が語られていると思います。ぜひご覧ください!」とメッセージを寄せていました。

 そんなチューリップの輝き続ける魅力に迫ったのがこの番組です。チューリップをリスペクトしてやまないアーティストや著名人が一堂に会し、様々な思い出や楽曲にまつわるエピソードを語り合いながらチューリップのライブ映像を視聴者とともに堪能していきました。私は若い頃から財津和夫(ざいつかずお)さんのファンで、チューリップの曲をずいぶん聴いてきましたが、今日の番組を見て改めてその魅力に気づかされました。番組内で財津さんは「チューリップとは?」と聞かれて、即「コーラス」と答えていました。確かにメンバーの全員がソロで歌えるし、曲や詞も書けることから、その美しいハーモニーには定評のあるところでした。美しいコーラスはよく練り上げられたものであることを感じさせます。これはオフコースにも共通した特徴でした。例えば次の曲を聞いてみてください。 

 さてちょっと前になりますが、2017年3月18日に、BS朝日の「ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~」が取り上げたのは、チューリップ財津和夫(ざいつかずお)さんでした。1948年、5人兄弟の末っ子として福岡県に生まれ、米軍基地の近くで育ち、米軍関係者向けのラジオ放送を聞けたため、物心ついたころから洋楽に親しんでいたといいます。ミュージシャンとしての道を歩むきっかけとなったのは、高校生の時に見た映画「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」ビートルズの虜となった財津さんは、大学に入ると本格的にバンド活動を始めました。後にチューリップとなるこのバンドは、アマチュアバンド・コンテストで好成績をおさめ、次第に地元・福岡で人気を集めていきます。1972年に上京し、「魔法の黄色い靴」でメジャーデビューします。しかし、しばらくは、レコードが売れない日々が続きました。崖っぷちに追い込まれる中、1973年に発表した3枚目のシングル「心の旅」がヒットチャート1位を獲得し、80万枚を超えるヒットを記録して、チューリップは一躍、スターへの階段を駆け上がっていきます。しかしその一方で、この時、財津さんは人知れず挫折感を味わっていまし。その理由とは?

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「共通テストでも英語は絶対に裏切らない」講演会

 6月11日(水)に、鳥取県立米子東高等学校多目的ホールで三年生の皆さんに「英語は絶対に裏切らない!」講演会を行ってきました。かつて、この学校の専攻科で、三年生の皆さんに、保護者の皆さんに、そして昨年も三年生に、そして今回と五回目の登壇です。

 「こんにちわ~~!」(ギャグ)で受け、自己紹介の映像「八幡成人物語」を見てもらった後、冒頭私の恒例のマジック披露です。一人の生徒に(サクラではない)サイコロを振ってもらってその目を覚えてもらい、私が「1ですか?」「2ですか?」……「6ですか?」と聞くのに対して、全て「違います」で答えてもらいます。その1回だけのウソを見破るという演技で盛り上がりました。まぐれでないことを証明するために2回目は一切何も聞かずに頭に思い浮かべてもらい、生徒の脳の中に入り込んで完璧に当てて驚きが会場に響き渡りました。私の趣味」(hobby)「ブレインダイブ」(Brain Dive)に大きな拍手が送られました。

 今日取り上げたテーマは、大きく次の四つです。


 まず始めに、私の教えている勝田ケ丘志学館の生徒構成、年間費用、メリットを簡単に紹介しました。次に成績を伸ばすには、受験生として毎日をどのような心構えで過ごさなければいけないかを、私の松江北高時代の経験を交えていくつかのヒントをお話しさせて頂きました。今年から新しく実施された新課程の「共通テスト」の概要を振り返り、新課程の「共通テスト」では大幅な分量の増加、新傾向の問題のために、最後まで行かない生徒が全国的にものすごく多いことを紹介して、その主な原因は4つあることを、そしてそれに対処するには楽な方法などはなく、コツコツと努力を続けるしか道はないことも強調しました。問題を解いて答え合わせ、そしてまた新たな問題を解く、この繰り返しでは絶対に力はつきません。教材を使い潰す勉強が必要なのです。私は松江北高時代は単語集を7回繰り返しました。受験生が一番苦労している「単語の暗記」に関しては、音声重視、語根の活用、語呂合わせなど使えるものは全て総動員して取り組みましょう。リスニングが苦手だと相談を受けることがよくあります。苦手な人の共通点は、①語彙力不足、②聞く絶対量不足、③集中力不足の三つです。「リスニング八幡の三原則」は、①知らない単語は聞こえない!(語彙力)、②読めない単語も聞こえない!(音読)、③読めない英文も聞こえない!(スクリプトの精読)です。「共通テスト」リスニングでは、簡単な第1問~第3問で配点が58点もあるので、ここで取れるだけ稼いで、第4問~第6問は半分できればOKというのが八幡の作戦です。最後に「勉強の指針」を与えてくれる私のオススメの教材をいくつか紹介しました。講演の中で私が紹介した金言は、「英語は絶対に裏切らない」「当たり前のことをバカになってちゃんとやる」(ABC)、「微差が大差を生む」「すぐやる 必ずやる できるまでやる」「努力は夢中に勝てない」「まあいいか、その一言でもう一年」「楽すれば楽が邪魔して楽ならず、楽せぬ楽がはるか楽々」「散歩のついでに富士山に登った人はいない」

 一番盛り上がったのは、単語は丸暗記では絶対にダメで、アタマ・オナカ・シッポといった要素を意識しながら、目・耳・口・手を総動員しながら覚えるのだ、そのサンプルを『英単語はアタマ・オナカ・シッポで攻略だ!』(自費出版)で確認しようと、この本のデータが再録されたデータCD集とアクセントの法則を収録した私の著書『2019年度英語センター対策本』をセットで20人に差し上げるとして実施した「ジャンケン大会」でした(敗者復活戦までありました)。

 終わって生徒代表の女子生徒から謝辞を頂き、盛り上がった講演会を無事終了しました。当日配布した資料と共に少しでも参考にしてもらえれば嬉しく思います。熱心に聞いてくださった米子東高校の三年生の皆さん、どうもありがとうございました。お世話いただいた進路部長の長谷川先生、担当の河本砂流両先生にも厚くお礼申し上げます。

 最後に生徒たちに出した宿題をここに挙げておきます。「英語=日本語」の一対一対応が非常に危険な例です。考えてみてください。♥♥♥

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不得意と大得意

 昔、故・多湖 輝(たごあきら)先生の本を読んでいて、「不得意は、うなだれていた頭を上にあげるだけで、ただの得意ではなく大得意になる」という興味深いお話を読んだことがあります。「ああ、なるほどなあ~」と思いました。彼が言わんとするのは、不得意」大得意」は、文字の一画の違いであり、漢字「不」の字の縦の棒を、うなだれた頭と見たてて、これを「よいしょ」と上にあげれば、「大」の字になるということでした。オッ、この話は使えそうだなと思いメモしておいたのでした。

 実は、この奇妙な比喩も、心理学的に見るとあながち見当外れとも言えないところがあります。人間の心には「過補償」という作用があり、弱点を補おうとする傾向は、時にその弱点を補ったあともオーバー・フローして、飛躍的にプラスの方向へ伸びることがあるのです。この「過補償」の典型的な例としてよく挙げられるのは、ギリシアの雄弁家・デモステネスです。彼は、少年時代、極度のどもりに悩まされていましたが、このどもりを直そうと努力しているうちに、どもりが直ったばかりでなく、世間にその名を知らぬ人のない話術の大家になっていたというのです。デモステネスは紀元前384年頃のアテネに生れました。少年時代の彼はもっぱら本に親しむのを愉しみとし、体育の訓練などは別段受けていなかったといいます。薄っぺらな胸板から絞り出される声量ときたら貧弱で、かつ舌が意のままに動かず、よくどもりました・・・・。絵に描いたような青びょうたんの姿であり、ここから後年の大雄弁家たる彼の姿を想像するのはおよそ不可能でしょう。転機が訪れたのは16歳の時でした。伝承によれば彼はこの年、ふとしたことからアテネの政治家カリストラトスの弁論を聴く機会に恵まれ、彼の巧みな身振り手振りや、雄渾そのものな音声を至近距離から浴びせられたその結果、呆れるほどに魅せられて、まったく一大感動を発してしまったといいます。酒などものの数ではない陶酔が、いつまでも体腔の内側に痺れとなって残り続けました。かくの如く人心を震わせ、大衆の思想と目的とを活殺操縦する芸術を、是非とも自分も身に着けたいとデモステネスが願ったのは、必然であったことでしょう。

 そこで、あなたがもし、不得手や苦手から脱出したいのなら、常にこの「不得意こそ大得意に転じる」という心理学上の一つの真理を思い出すのも、一つの有力な自己暗示の手段になることでしょう。不断の努力の支えになるは、いつもこのような強力な精神的バックアップなのです。♥♥♥

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