「コスモス」は外来種なので、和名が「秋桜」であっても、それを「コスモス」とは読みません。「秋桜」と書いて「あきざくら」と読みます。では、なぜ「秋桜」と書いて「コスモス」と読むようになったのでしょうか？それは、昭和５２年に山口百恵（やまぐちももえ）さんが歌った、「秋桜」という歌謡曲が大ヒットしたからなのです。嫁ぐ娘が母を思う気持ちを歌った歌で、当時の山口百恵さんはまだ１８歳でした。作詞・作曲はさだまさしさん。曲のタイトル「秋桜」を「コスモス」と読ませ、歌詞の中でも「秋桜」と表記して「コスモス」と読ませました。「秋桜」と書いて「コスモス」は図鑑や難読漢字にも取り入れられるほどで、歌の世界から抜け出し、ほぼ一般化しています。この歌は、さだまさしさん自身がセルフカバーをしたり、中森明菜さん、福山雅治さん、徳永英明さん、平原綾香さんなど数多くのアーティストがカバーをしていますから、よく知られた歌です。

　さださんの大ファンである八幡は、コンサートや彼の著書で、この歌についての彼の思い出を聞いたことがあります。１９８０年（昭５５）１０月５日、大阪市内のホールでコンサートを終えたさださん（当時２８歳）が定宿のホテルに戻ると、メッセージがフロントに届いていました。こう書かれていました。「さださんがこの歌を作ってくれた意味がやっと分かる日が来ました。本当に、本当にありがとうございました。山口百恵」。当時２１歳だった山口百恵さんは、その日の夜、東京・日本武道館で引退コンサートを行っていました。三浦友和さんとの結婚を４５日後に控え、８年間の芸能生活を締めくくる最後のステージでした。百恵さんが、今でも語り継がれるマイクをそっとステージ上に置いてファンに別れを告げたパフォーマンスの直後に、電話でフロントに残したものでした。引退したその日、嫁ぐ娘と、娘の幸せを祈りながら送り出す母親の心情を歌う「秋桜（コスモス）」に託された真の意味が初めて理解できたと、感謝の思いを、作者であるさださんに急ぎ伝えたのでした。

　「雨やどり」のヒットで人気急上昇中だったさださんが、山口百恵さんの関係者から作詞・作曲の依頼を受けたのは、百恵さんが１８歳で「横須賀ストーリー」「イミテイション・ゴールド」など突っ張りのイメージの曲で人気絶頂の頃でした。しかし、「俺には突っ張っているようには見えない。日本女性の奥深さを感じる」、さらに「この人は芸能界にあまり長くいたくないのだろう。スターになったがために責任感でここにいるけど、早くやめると幸せなんだろうなあ。やめればいいのに」とさださんは感じていたといいます。そうして心にイメージしたのが「娘の嫁ぐ日」でした。まだ三浦友和さんとの恋愛が噂にさえなっていない頃で、３年後に結婚、引退の道を歩むとは誰も思ってもいませんでした。さださんは、昔の縁側から庭を眺めた日本的な情景を、母と娘の思いで、大正時代に流行した五五調の詞に託します（さださんは五五五でいく日本語のリズムが大好きな人です。「衣笠の　古寺の　侘助の」（春告鳥））。歳時記にある「秋桜」と表記したのも、百恵さんに感じた「理想の日本女性像」にこだわったからでした。「秋桜」が百恵さんのもとに届けられた直後、さださんは電話で、「百恵ちゃんにあまりピンとこない曲でしょ」と言うと、「はい。実感が湧かないんです。だから上手に歌えないんです。すいません」。実に素直な返事だったと感じました。そこで「好きなように変えて歌ってくれていいんだよ」と伝えた後で、「なぜ、私があなたにこの歌を作ったのか、その理由（わけ）が分かる日が早く来ればいいね」と付け加えました。

　その返事が、３年後に返ってきました。メッセージには「本当に、本当に…」と「本当に」が繰り返されていました。これを読んださださんは「もう二度と彼女が芸能界に帰ってくることはないな…」と感じたと言います。

　その「秋桜」を、さださん自身がカバーして歌っています。私はバンド・メンバー（さだ工務店）の倉田信雄（くらたのぶお）さんのピアノの旋律と響きが大好きです。♥♥♥