江口克彦最新刊

 松下電器(現パナソニック)の創業者であり、「経営の神様」と称賛された松下幸之助さんの晩年の23年間を側近として仕えた著者・江口克彦(えぐちかつひこ)さんが、直接松下幸之助さんから見聞き、体験した言葉や行動を長年 「松下幸之助 経営心得帖」としてエッセイを雑誌『時局』(時局社)に連載してこられました。最新刊『松下幸之助直伝 社長の心得』(笠間書院、2023年9月)は、その数あるエッセイの中から、経営の心得、商売の心得、人づくり・組織づくりの心得、経営者の心得として、松下自身の言葉が多く拾われている話を中心に58話をピックアップして再編集したものです。図らずも、著者が松下幸之助さんから直に見聞きしてきた貴重な言葉や体験を知り、その心得を知ることができる内容となっています。著者と松下幸之助さんの貴重な未公開ツーショット写真も多数収録されていました。江口さんの本は全て読んでいますが、その著書を通して、私は松下幸之助という偉大な人物のエッセンスを吸収しているところです。実に勉強になります。

▲江口克彦さんの最新刊

 「経営のコツここなりと、気づいた価値は百万両」は、松下幸之助さんが、昭和9年の年頭に、松下電器の社員にお年玉として贈った言葉です。経営のコツを会得すれば、その価値ははかり知れないという意味です(私はこの「経営」の部分を「共通テスト」と読み替えて生徒達に紹介しています)。およそ何事にも、上手に進め、成果をあげるには、勘どころ、コツといったものがあるのです。いかに学問、知識にすぐれ、人格者であっても、経営に成功するとは限りません。人から教えてもらって“ああ、わかった”といった類のものではないし、本を読んだり、あるいはセミナーに参加して、それだけでつかめるというものでもありません。それは、何とかしてコツを悟りたいという強い願いをもって、大小さまざまな体験を一つひとつ積み重ね、日々実行と反省を繰り返す。そうした実践と思索を長年にわたって重ねる中から、経営者に必要なさまざまな資質、能力が磨かれ、研ぎ澄まされて、経営のコツが身についていくのでしょう。本書の著者・江口克彦さんは、あの松下幸之助さんの側近として仕えながら、日々こうしたことを学んでいく毎日でした。

 この江口さんが、どうしてこれほどまでに松下幸之助さんに可愛がられたかを考える上で、江口さんが35歳のときの出来事があります。江口さんが松下幸之助さんに報告をしていたら、当時松下グループの会社の専務をやっていた方が入って来られ、先に報告をさせて欲しいと言ってきました。報告をした後、二人で雑談を始めたのですが、その方は、経営というものは、売り上げを伸ばして利益を上げて、いわば勝たなければどうしようもない、という話をされました。それに対して江口さんは、その方は5歳くらい年上でしたが、反論をしました。江口さんは相手構わず率直に意見を言う方で、松下幸之助さんにも自分の思ったことをぽんぽんと言っていました。ある意味では、それだからこそ、松下幸之助さんは江口さんをかわいがってくれたのでしょう。

 売り上げを伸ばして勝つことばかりを考える、そんな結果が全てだという考え方はおかしいのではないかと、反論したのです。そして、何をやっても利益を上げさえすればいいのですか、と聞き返しました。するとその方は、それが当たり前であり、「勝てば官軍」なのだと言いました。それに対して再度、「勝てば官軍」という考え方はおかしいのであって、勝つ過程のことも考えなければいけないと言い返しました。するとその方は、法に触れなければいいのだと、今の言い方だとコンプライアンスさえしっかりしていればいいのだと、言われました。対して、法律を守るというのは最低線にすぎないのであって、人間的にかなっているかどうかを考えるべきだと反駁します。スポーツでも同じことですが、勝つ美学も大事ですが、勝ち方の美学も大事で、両方考えることが優れた経営ないし経営者には必要だと言います。法に触れなければ何でもやって利益や売り上げを上げていくのではなく、人間的な側面も考えないといけない、ということです。

 そういう話をしたら、その方は、「江口君は経営者じゃないから、随分と甘い考え方をしている」と、ぼろくそに言ってきました。江口さんも負けていませんから、法律は最低線を決めているだけであって、“ヒューマライアンス”が重要だというようなことを言いました。ヒューマライアンスは、江口さんの言葉で、人間としての責任を意味します。コンプライアンスではなくてヒューマライアンスを考えつつ、その中で利益や売り上げを伸ばしていくことを考えないといけません。そんな感じで小一時間くらい激論を交わしていたのですが、そばで松下幸之助さんがベッドで横になっていて、目をつぶって寝ているような雰囲気でした。そういうことで、寝ておられるからもうやめましょう、ということになり、その方は出ていかれました。

 その年の暮れに、松下幸之助さんとお話していたら、「勝てば官軍という言葉があるけれども、経営や商売においてそういう考えを持ってはいけない」とおっしゃいました。それであのとき、松下さんは眠っていたのではなく、江口さんたちの話をじっと聞いていたけれども、黙って何も言わなかったのだなと思いました。ちなみにこの「勝てば官軍」という言葉は、日本にマクドナルド1号店銀座にオープンさせたあの藤田 田(ふじたでん)さん(松江北高の大先輩です)が非常に好んで使われた言葉です。私もこの考えには否定的な意見を持っています(⇒詳しくはコチラをお読み下さい)。♥♥♥

▲藤田 田『勝てば官軍』(KKベストセラーズ)

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