渡部昇一先生のエピソード(28)~ダーウィン

 イギリスの生物学者で進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、「人間にとって重要なのは、頭の良さ(知能や才能)よりも心の態度(mental attitude)である」と言ったといいます。長い人生においては、いろいろな出来事や情報が入ってきます。そのとき、それらの情報を理解したり判断したりする知能よりも、それにどう対処するかという根本的な精神的態度の方が、人間にとっては重要だということです。つまり、価値のある人生を送るために本当に必要なものは、学問の世界で言う頭の良さではなく、真剣にものを考え、一事専心する態度であるというのです。いわゆる「カミソリのような頭」ではなくても、深い興味と探究心、自分の人生で一番大事なことを見極める力さえあれば、歴史的な業績をおさめることも不可能ではない、という希望を与えてくれるのです。

 例えば、「お前は、学校の成績が悪い。社会へ出ても通用しないぞ」と言われたとき、「やっぱりオレはダメかなあ」という受け取り方をするのではなくて、「確かに学校の成績は良くない。だが待てよ。学校の成績が悪くたって努力して成功した人はたくさんいるじゃないか。そうだとすれば、成績が悪くたって、本当にやりたいこと、好きなことを一生懸命にやり続ければ、芽が出るはずだぞ」というように捉えれば、おのずから道は開けるのです。英語が弱いという極端な劣等感を持ったビジネスマンが、海外旅行に出てはみたものの、やっぱり英語が通じなくて失敗ばかりしてしまいました。「ああ、やっぱりオレは英語ができない。ダメな人間だ」とションボリしてしまう人もいれば、「英語が国際語だと言うことがよく分かった。日本へ帰ったら早速英会話をコンスタントにやるか!」と一念発起する人もいます。心の持ち方一つで、劣等感をいい方へ転化することもできるのです。

 当のダーウィン自身は、小学校の頃は勉強ができなくて、才気煥発で賢い妹のほうが息子だったらよかったのに、と親から言われて育ちました。「おまえが妹のメアリーぐらい頭が良かったら…」と父親をいつも嘆かせていました。しかし、ダーウィンは、自分が興味を持ったことには全て納得するまでとことん追求するという粘り強さを持っていました。そして最終的には、あの生物の進化思想と自然淘汰説を明らかにした『種の起源』という、素晴らしい学問的な成果を残しました。これは、それまでの人間の価値観を覆すほどの偉大な業績でした。

 少々成績が悪かろうが、偏差値が低かろうが、そう気にする程のことではない、と考えればいいのです。ダーウィンアインシュタインに偏差値なんかを当てはめていたら、彼らは日本の一流校にはどこにも入れないことは明らかでしょうから。

 私が尊敬するあの故・渡部昇一先生も、中学に入って生まれて初めての英語の試験は赤座布団(落第点)でした。まだ英語をやり始めたばっかりなのに、ティーチャー(teacher)なんていう難しいスペリングを書けなどと要求されるわけがないと、なんとなく思い込んでいたのです。TEACHERなんてそんな難しくてややこしいことを覚えられっこないじゃないか、というのです。だから初めから覚える気が全く無い。そんな訳で落第点でした。そんな渡部先生が、後に英語世界の大学者になっておられますから、不思議なものですね。

 渡部先生は、このダーウィンの話を、旧制中学時代に恩師の佐藤順太先生からうかがい、大きな勇気をもらいました。思い返してみても、この言葉は、その後の人生を考えていくときに、どれだけ励みになったかしれません。この話に深い感銘を受けた渡部先生は、自分の本当にやりたいことは何か、どんな人生を送りたいのか、ということを真剣に考える上で、多くの先生方や書物の中からなるべくたくさんの教訓を得ようと心がけられました。そして自分の好きなことをして身を立てていくのが夢であり、究極の幸せであり、そのために自分は生きているのだ、という確信を抱くようになりました。先生にとってその「好きなこと」とは、本に囲まれ、それを読んで過ごす生活、本を執筆する生活、つまり「知的生活」を送るということでした。充実した大学生活を終了すると、大学院へと進み、ドイツ・イギリスへの留学を経て、母校・上智大学で教鞭を執りながら、自分の立てた「志」通りの人生を送られました。♥♥♥

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