JR松山駅

 愛媛県都・松山市の玄関口「JR松山駅」「坊ちゃん、マドンナと道後温泉の駅」です。現在JR線上に存在する都道府県代表駅(46県)で最後に開業した駅です。単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の合計2面3線の地上駅です。現在の駅舎は、駅周辺の再開発で来年秋には取り壊される予定となっています。

    96年前の昭和2年。この年、初代の「松山駅」が開業しました。映像を見ると、着物姿の人々や人力車、それに当時地方にも普及し始めた黒塗りのタクシーがせわしなく行き交っている様子が見て分かります。しかし、この駅舎はその後始まった太平洋戦争末期の昭和20年7月、米軍の空襲により焼失してしまいました。2代目の駅舎の誕生は戦後混乱期をへた昭和28年まで待たなくてはいけません。この年。鉄筋コンクリート造りの2階建てで現在の駅舎のベースとなる建物が完成しまし。駅舎はその後も改築を繰り返した。増築された3階部分には当時まだ高級だったレストランが入り、よそゆきの服装で食事する家族連れでにぎわったそうです。また土産売り場では「姫だるま」など、今でもおなじみの愛媛特産が並び、真新しい県都の玄関口としての往年のにぎわいが感じられます。エントランスの三角屋根は小説「坊ちゃん」旧制松山中学初代松山駅をイメージしたものです。

 三角屋根でおなじみの今の姿になったのは23年前の平成12年。JRが大規模な改装を行いました。モチーフにしたのは初代駅舎だったといいます。記念の落成式にはSLの特別運行が行われたり、ホームでジャズコンサートが開かれ、出席者の格好に目を凝らすと白いスタンドカラーのシャツにはかま姿。中には付けひげまでしている人も。松山を舞台に描かれた夏目漱石の小説「坊っちゃん」にちなんだ演出です。

 細長く角張った少し武骨とも言える駅舎は国鉄時代のなごりで、ノスタルジーを感じます。トイレに掲げられた「御便所」なる看板も昭和を感じさせます(写真上)。私の関心は全長270メートルにも及ぶ駅のホームにも向けられました。改札を背に右手には岡山・高松方面から来る特急「しおかぜ・いしづち」。左手には宇和島方面から来る特急「宇和海」。まさに列車同士が顔をつきあわせるように並んでいるではないですか!逆方向に向かう列車が縦列で同じホームに並ぶのは全国的にも珍しいそうです。このタイプの駅舎は国鉄時代の主流でしたが、70年近くも変わらずに今も残っているのは貴重な存在です。四国を走る特急列車は1両の長さが20メートルほどですが、ここには12両編成分入ることができます。だから1番ホームには行き先の違う2つの列車が入ることができるんですね。特急「しおかぜ」「いしづち」はここで折り返すため、車両清掃後すぐに発車となります。

 さらにもう一つ。松山駅にとって最大の魅力なのは、その木目調の改札口です(写真上)。「みどりの窓口」「自動券売機」はありますが、「自動改札機」はありません。利用客の多い駅では自動改札が主流の現在ですが、愛媛県庁所在地の玄関口にも関わらず、駅員が立って改札する駅は極めて珍しいですね。人との触れ合いは旅の醍醐味の1つですが、オートメーション化が進み対面での交流機会がどんどん減少する中、駅も時代とともに寂しくなったと感じているんです。今は駅員がお客さんときっぷのやりとりを通して触れ合える機会が少なくなってきていますので、レトロな雰囲気を漂わせている松山駅は本当に貴重な光景だと思います。ほんの一瞬のことなのかもしれませんが、旅先で人の温かみを感じられるのが松山駅のいいところだと思います。駅の至る所には、あんぱんまんのイラストが見られます。

 松山駅西側の留置線跡の敷地が再整備され、何もなかった「松山駅西口」に新ロータリーを含む駅前施設が生まれます。この西口とスペースを分担し、東側には新たなバスターミナルが設置され、バスの受け入れ態勢を拡充します。西口は郊外地、特に松山空港や松山観光港などの連絡を強化するとしています。旧態依然としていた松山駅前ロータリーはタクシーとバス、荷さばき車両や送迎などで混雑が発生していたため、空間再配置で解決を図ります。目玉は、伊予鉄の路面電車を、駅前の中央分離帯から延伸させてJR駅へ直結させるものです。今はいったん地下道へ下り、徒歩移動しなければならず面倒だったのが解消され、JR~中心市街地の利便性が向上することになりそうです。♥♥♥

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