コネとツテ

 何か欲しいものがあるとします。自分の力ではどうにもならない時があります。そういった時に頼りになるのが「コネ」「ツテ」ですが、これらの言葉はどういう意味なのでしょうか。また両者はど違うのでしょうか?「コネ」とは人間関係のつながりを表す言葉です。特に縁故関係を言います。英語のconnectionの略語です。「コネを頼る」「コネをつける」「コネ入社」といった使い方をします。就職や取り引きなどが有利となるように何らかの便宜を図ってもらうための特別の人間関係を言うことが多いようです。例えば仕事を請け負う時、会社に入社する時、入手し難い商品やコンサート・舞台などのチケットを取る際などです。本人の実力ではなく、どうしても他人の力によって利益を得るというイメージがつきまといますから、どちらかというと否定的な意味合いで使われることが多いでしょう。「親のコネで就職する」という文章を見ると、なぜかネガティブなイメージが連想されますね。それに対して、「ツテ」は希望を叶えるための手がかりという意味です。何かしたいことや欲しいものがある時、それを叶えるためにの助けとなる人脈を指しています。元は「伝手」「伝」と書きます。「ツテを辿る」「ツテがある」「君のツテが頼りだ」などと使います。「伝わる手」と漢字で書くように、対象である人が伝えてくれる手段です。ツテ」「コネ」の両者の意味合いに関しては、ほとんど違いはありません。「~で入れてもらう」「~を頼る」という使い方では両方とも使うことができます。どちらも自分に利益をもたらしてくれる人脈を指して使われます。しかしその一方で、使われ方には微妙な違いが観察されます。例えば、「コネを作る」とは言いますが、「ツテを作る」とは言いません。「ツテを辿る」とは言っても、「コネを辿る」とは普通言いません。つまり「ツテ」は「すでに最初からある人間関係」を言う言葉です。「コネ」はこれから作っていく人間関係を含んで指しています。日本人が受動的な考え方が国民性としてあり、逆に英語圏では能動的な考え方が国民性にあるので、元からあるものを受け入れる感覚と、新しく開拓していく感覚に分かれたのではないかと言われています。「ツテ」「コネ」ほどには否定的なニュアンスを含まないという点も重要でしょう。

 数年前にコネを使って裏口入学したとか、コネを使って就職を斡旋してもらったとか、コネを使って国有地を安く譲り受けただとか、コネを使って大学認可を有利に進めたとか、世の中は「コネ」ばやりでした。そういうことの大嫌いな私は義憤を感じながら、これらのニュースを耳にしていました。

 私が大好きだった故・西村京太郎先生(1930~2022)の推理小説作品には、この「コネ」の描写がよく出てくるんです(下線は八幡)。先生の心のうちの正直な思いが筆に表れたものと私は理解しています。例えば、このようなものです。明らかに日本の政治家を意識して描かれていますね。

「日本の社会は、今でも古めかしいコネ社会だからな」と、田島が、続ける。
「実感があるね。体験したのか?」
「家の近くに、小さな空地があるんだ。それが国有地なので、公園にしてくれと、何回
も陳情しているんだが、全く取り合ってくれない。それがさ、ボクが、取材で首相に会
った時、秘書が、何か困ったことがあれば、相談にのりますというので、空地のことを
話した。その一週間後さ。20人近い作業員がやって来て、あっという間に、公園が生
まれてしまったんだ。これが、日本の社会なんだと、感心したよ。新聞記者のくせに、
役所の窓口に、陳情を繰り返すより、政治家とコネを作ったほうが、手っ取り早いこと
に気がつかなかったんだよ」

「今の日本は、完全なコネ社会じゃありませんか。首相とコネがあればどんなことでも
できてしまう。いや、首相の奥さんとのコネでも、日本では、力になるんですよ。この
NAGASAKIクラブが、優勝すれば、長崎の政財界、官界に,大きな影響力を持つ
でしょうね。いや、長崎だけでなく、九州全域にね。だから、今から、このグループと、
コネを持とうと思っているんです」

「現在の日本は、一見すると,自由があるようにみえますが、事実は違います。日本を支配
しているのは、古びたコネの精神です。今の政治家、官僚を見れば、彼らが自由と正義の
ために働いているとは、とても思えません。彼らは、コネで動いているのです。ですか
ら、総理大臣とコネのある人間は大学だって作れるし、文科省のトップとコネがあれば、
息子を有名大学に潜りこませることもできるのです」  -西村京太郎『十津川警部
長崎 路面電車と坂本龍馬』(祥伝社、2018年9月)
 十津川は、日本というのは、昔も今も、コネ社会だと思っている
 ここに来て、その感が、強くなった。有力政治家と親しければ、それまで役所の窓口へ
行って、何回陳情しても、予算がないとか、人手が足りないといって、動いてくれなかっ
たものが、政治家の一言で、突然神風が吹いて、あっという間に、陳情していた仕事が
できあがってしまうことを、知っているのだ。
 ただ、日本人というのは、それを非難するより、自分も政治家に知り合いがいればいい
のにと考えてしまうのである。  ―西村京太郎『十津川警部 海の見える駅~愛ある伊予
灘線』(小学館、2018年7月)
 「私の友人が京都に住んでいるんですが、裏が国有林で杉林なんだそうです。ところが、
手入れが悪いので、台風が来ると、何本も倒れる。ところが、それを処分してくれないの
で、倒れたママになっている。大雨が降ると、土砂が友人の庭に流れ込んでくる。そこ
で、営林署に行って、何とかしてくれと陳情したが、予算がないとか、人手が足りないと
かいって、いっこうに動いてくれないというのです。そんなとき、友人は、クラブで、
時の国務大臣と偶然、知り合いになった。その大臣は、趣味の広い人で、クラブに来ると、
ピアノを弾いたり、コースターに、客の似顔絵を描いたりしている。友人も、ピアノを弾
いたり、水彩画を描いたりするので、親しくなったら、大臣の秘書が、何か困ったことが
あれば遠慮なくいって下さい、というので、裏山の倒木のことを話したそうです。さして、
期待せずに話したというのですが、翌朝、裏がうるさいのでカーテンを開けたら、十人以
上の作業員が動き廻っていて、あっという間に、倒木を、きれいに処分してしまったとい
うのです。その時、友人は、つくづく『日本という国は、コネが生きている国だ』と思っ
たそうです。特に、政治家にコネがあれば、多くの問題が解決してしまうんです。だから、
友人の話を聞いても、けしからんと怒る人は殆どいなくて、自分も政治家の知り合いが欲
しいというそうです」  ―西村京太郎『能登花嫁列車殺人事件』(カッパノベルス、2
018年6月)
 「有力政治家は、いくつかの後援会を持っています。その後援会同士が、功を競うんで
す。日本は実力社会というより、コネ社会ですよ。特に、政治家とのコネがあれば、日本
では得になることが多いのです。
 例えば、市民が何かの陳情に、役所に行くとします。窓口で必死にお願いしても、たい
ていは予算がないとか、人員が足りないとかいって、何もやってくれない。ところが、政
治家、得に有力政治家とのコネを作ってから、話をすれば、あっという間に実現してしま
うのです。誰かがいったように、突然、神風が吹くのです。だから、誰もが政治家とのコ
ネを作りたがる。
 今、われわれがマークしている川口真一郎は、将来の総理として有望視されていますか
ら、今から彼とコネを作りたいと願う人間が、沢山いるはずです。そういう人間か、ある
いは集団が、功を焦った末に引き起こしたのが、今回の事件ではないか。そんな感じがし
ているのです」
 「私は、政治家とのコネなんか、持ちたくありませんがね」と、若月が、いった。
 十津川は微笑した。
 「日本人は、コネが好きで、政治家の力を借りるのを、別に悪いことだとは思っていな
いんですよ。例えば、総理大臣が友人に便宜を図る。当然マスコミなんかに批判されます
が、国民の方は、内心、自分が総理とコネのないことを残念がっている。そんな嫉妬心
が、事件を呼ぶ場合もある。私は、そう思っているのです。
―西村京太郎『広島電鉄殺人事件』(新潮社、2018年1月)
「昔の保守党は、政治家個人も、理念を持っていましたが、今の自民党の政治家は、理念
がないので、尊敬できません。ただ、コネが通じるのです。コネを作れば,利用できます。
だから、京都にやってくれば、料亭に招待し、お茶屋で饗応します。そうやってコネを作
っておけば、何か問題が起きて困った時、役所に行って、頭を下げて陳情しても駄目な時、
自民党の政治かのコネを使えば、あっという間に解決してしまいます。そのために、支持
しているのです」 -西村京太郎『魔界京都放浪記』(光文社、2020年6月)

 私が津和野高校から松江北高に戻ってきた年に、大学入試センター試験に懸案だった「リスニング試験」がいよいよ導入されることになり、模擬試験でもICプレーヤーを使って慣れを促すことになったんです。ところが肝心のリスニング・プレーヤーが全国の学校で奪い合いになり(スピーキング試験のためのタブレットの取り合いと同じ現象です)、全く在庫がないので、北高には手配することができない、と河合塾・広島校の島根県担当者から連絡がありました。途方に暮れた進路部長が、私の所に相談に見え、「先生は、河合塾の松井悦夫(まついえつお)さんと知り合いだから、何とか頼んでみてもらえませんか?」ということでした。松井さんは、河合塾・広島校の校長時代から、私は「追っかけ」をして(いつも会場の一番前の席で講演を聞いていました)、親しくさせていただいていました。その後、名古屋の本部に戻られて当時河合塾のNo.2(本部長)に昇進しておられました。早速、名古屋本部の松井さんに直接お電話して事情を話して泣きつきました。すると在庫がなかったはずのものが、その日のうちに本部から手配され、ICプレーヤー一式が北高の生徒人数分送られてきたのです。やはり偉い人の力はすごいですね。奇しくも松井さんとは同じ時期に入院・手術を経験して、「一緒に頑張りましょうね」と励まし合っていましたが、急逝なさってしまいました。返す返すも残念でした。⇒松井悦夫さんの思い出はコチラです

 今から17年前に心臓の手術をした時には、上手く行かずに途中で執刀医が変わりました。おかげで右腕が内出血で1ヶ月間使う事ができませんでした。私が定年退職した際に、全国からお祝いに集まってくれた2Rの教え子たちにこの話をすると、医者となっている(7人!)教え子たちが、「今度入院する時には必ず僕たちに知らせて下さい。その病院で一番の先生に担当してもらいますから。先生の命は僕たちが守りますから」と、有り難い事を言ってくれました。「その節にはお世話になります、よろしくね」と答えていました。今回股関節が痛み出してどうにも我慢できなくなって、松江市立病院の整形外科部長から独立してやまもと整形外科クリニック」を開業している山本真人(やまもとただひと)に泣きつきました(⇒病院オープンの際の私の訪問記事はコチラをご覧ください)。彼が紹介状を書いてくれたのが、日赤で執刀して下さった喜井先生でした。腕のいい先生で、リハビリを経て幸い日常生活が普通に送れるまでに回復できました。私と同じ手術を受けた方が未だに歩けないのとはえらい違いです。山本には感謝感謝です。これは「コネ」ではなくて「ツテ」ですかねえ。

▲私の退職を祝って集まってくれた島根県立松江南高校3年2Rの面々

 私は「コネ」は嫌いです、と述べました。さて、思い起こしてみますに、私も以前自宅を新築したときに、お風呂だけはチョット贅沢をしたくて、施工してくださったミサワホームではなく、ずいぶん探し回って米子のショールームで見つけたパナソニックの特注品で作ったんです。その時の担当者が、たまたま私が松江南高で担任していた女生徒で、ずいぶん安くしてもらい、いろいろと便宜を図ってもらいました。今でも自慢のお風呂です(ジェットバス、ミストサウナ、ヒーリングライト、美泡湯、大理石。今ではもう部品がなくて故障したら直せないので大切に大切に使っています)。その後、トイレもパナソニック「アラウーノ」をお世話してもらいました(これも実に便利なトイレでした)なんだ、私もコネ」を使っているじゃないか!やはりコネ」は大事か??〔笑〕 いやこれも「ツテ」なんです。♥♥♥

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