サラダ

 「英語=日本語」という単純な一対一対応でいつも覚えていると、困ったことになる例を今まで数多く取り上げてきました。「morning=朝」「night=夜」「evening=夕方」といった当たり前の超基本語でさえも困ったことがよく起こります。英英辞典を丁寧に引いて、両言語のズレを確認する必要があります。「salad=サラダ」といった単純な理解も厄介な問題を引き起こします。今日はこの問題を取り上げてみます。

▲付箋は出たときに読んで気づいた誤訳箇所

 私が大好きなシンガーソングライター・岡村孝子(おかむらたかこ)さんが初翻訳した『昨日よりも今日よりも~』(飛鳥新社、1992年、1,500円)という(同名の歌がアルバム『mistral』の中に収められていました)、バーバラ・アン・キッパーという女性言語学者・辞書編集者が書いた日常の幸せについての言葉を集めた本がありました。思わずニッコリ微笑みたくなる幸せのリストで、600ページ近い辞書のような分厚い本です。ツアーの最中に、毎日宿題をやるような気持ちで少しずつ一生懸命翻訳したと言います。思わずニッコリ微笑みたくなる幸せのリスト」という英文対訳の本で、私も出版されてすぐ買って読みました。学生時代に使っていた英和辞典を引っ張り出して訳したそうですが、前󠄂書きに「バーバラさんは、辞典の編集などにも携わっていて誤植が大嫌いという人。当然、誤訳も…(好きな人はいないが)。心配で胃が…。」とありますが、確かに結構間違いがありました(写真参照)。例えば、その中で「salad days」「サラダの日々」と訳していたのには、思わずニッコリしてしまいました。毎日ご飯にサラダを食べて幸せだ、と考えたのでしょうか?学生時代にサラダばっかり食べていたのでしょうか?それとも、おしゃれカフェのサラダに、そんなメニュー名でもついていたのでしょうか?丁寧に辞書を引く手間を惜しんだために起こった誤りです。私の生徒だったらこってりと絞られるところですが、ご愛敬としましょう。

 salad daysは直訳すると「サラダの日々」という意味になりますが、これじゃあ何のことか意味がわかりませんね。日本語ではよく未熟であることを「青い」と表現するのですが、この「青い」はblueというより、未熟な果実の色、greenのイメージですよね。実は英語のgreenにも、「未熟な、経験が浅い」という使い方があります。そして、このsalad daysというイディオムも似たような意味合いを持っています。サラダの色は当然ながらgreenなのですが、転じて未熟な物を表すようになったのです。つまり、salad daysは、「若くて経験が浅い未熟な頃」を表すのですね。

(例)I was in my salad days and didn’t know better.「若くて未熟だったし、分別がなかった。」

ただし、このイディオムにはもう一つの意味合いがあります。若さには「未熟な、経験が浅い、世間知らずな」というネガティブなイメージがあると同時に、「青春時代、全盛期」というポジティブなイメージもあります。このためか、salad daysはone’s heyday(全盛期)という意味でも使われるようになりました。

 ちなみに、このsalad daysというイディオムを最初に使ったのはなんと、あの文豪・ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)でした。

“My salad days, when I was green in judgment”

シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』にはこのような台詞が登場します。劇中でクレオパトラが自分の若い頃を振り返り、「判断力が未熟だった若い日々」として表現しているのがその由来です。ここでの「green」は「未熟」を意味、さらにサラダの新鮮な野菜が、「若さ」を連想させる比喩になっているということです。直接訳すと、「判断力が青かった、サラダの日々」になるのですが、若くて経験が浅い未熟な頃のイメージが浮かびますよね。

   salad days=若く未熟な日々

 「サラダ」にまつわるもう一つの例を挙げてみましょう。2024年、アメリカの大統領選挙においてカマラ・ハリス候補を表現する言葉で「ワードサラダ」(word salad)という英語がずいぶん話題になりました。文法は合っているが意味不明の文章のことを指します。語源は、様々な具材をごちゃごちゃに混ぜ合わせたサラダになぞらえています。民主党候補・カマラ・ハリスのことを揶揄する時、この言葉が使われていました。自分の頭で物事を考える力がなく、アドリブに弱く、論理のつながらない話になること指すようです。何を聞かれても相手が悪いとなるインタビュー、支離滅裂、意味不明だったためのようです。

 元々は「言葉のサラダ(word salad)」という表現は、「文法的には正しいが、単語の使い方がでたらめなために意味不明の文章」のことを言い、統合失調症の思考障害の一つで、スパムメールなどに使われるとあります。要するに「言語明晰意味不明」な文章や発言を指す言葉で、ハリス副大統領の発言、特に気候変動対策について「時間に関する期限を設けることを含め、我々が自らに課す指標を適用すべきだと考えています」と言った言葉が何を意味するのか、文法や単語は間違ってはいなものの、意味不明だと批判されたのでした。♥♥♥

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