渡部昇一先生のエピソード(35)~竹内均先生の記録法

 あの「経営指導の神様」と呼ばれた故・船井幸雄(ふないゆきお)さんが、故・渡部昇一先生(上智大学名誉教授)のことを、こんな風に評しておられたことがあります。

 上智大学に渡部昇一先生という人がいます。この人はすばらしく頭のいい人で、物事をまとめる名人のように思います。それも複雑に入り組んだことがらを、単純化してまとめるのがうまい人です。 ――船井幸雄『これから10年 本物の発見』(サンマーク出版、1993年)

 私の尊敬する故・竹内 均(たけうちひとし)先生(東京大学名誉教授)も、故・渡部昇一先生の大ファンでした。だから、渡部先生の著書はくまなく読むことにしておられました。その本の読み方まで先生は詳細に書き残しておられます。まず、著作を読んでいて感心した箇所の行頭に大きなカッコをつけるようにオーバーラインを引きます。アンダーラインだと、数行にわたった時に何本も線を引かなければならないので面倒なのです。こうしてオーバーラインを引きながら本を読み終わったら、今度はその部分だけを、テープレコーダーに入れます。「渡部昇一訳『どう生きるか、自分の人生』三笠書房…」という具合に、まず著者名と書名を吹き込み、その後でオーバーラインを引いた箇所の内容を、次々に追いながらテープに吹き込んでいくのです。こうしてテープでのメモがある程度溜まった段階で、それを適当な機会に秘書にワープロで打ってもらいました。そして、フロッピーディスクに記録すると同時に、プリントアウトして保存しておいたのです。このようにして、渡部昇一先生の本は、全て記録しておられるのでした。「要約」だけでも、一冊につき400字詰め原稿用紙で10枚ぐらいになったとのことでした。竹内先生がこうやって要約を保存しておくと、この「要約」はなかなか便利で威力を発揮したといいます。先生は月に一回、「東京新聞」に一種の論説を書いておられ、この連載は、先生が東京大学を辞められてからもずっと続いていました(14年)。論説を書く時には、さまざまな知識やアイデアが必要となりますが、何を書こうか?と考えている時に、確か同じようなことを、渡部先生があの本の中で言っておられたよな、というようにぼんやりと思い出して、早速例の渡部先生「要約」のファイルをめくってみます。すると、やはりそこにあったということになって、原稿を書く上での貴重なヒントが与えられたのでした。この「要約」は他のあらゆる原稿を書く際にも、また、講演などの下調べにも非常に役立っていました。

 以前に、「知的生活ブーム」というものがありました。渡部昇一先生『知的生活の方法』(講談社現代新書、1976年)という新書本がそのきっかけになったんです。私も学生時代にこの本を読んで、ずいぶん大きな影響を受けました。大ベストセラーになった非常に素晴らしい本です。にもかかわらず、この本の読み方を間違えている人が結構多かったようです。例えば、「クーラーをつけることが知的生活の一つの方法である」とある。これを「クーラーがないと知的生活ができない」と間違って受け取る人がいました。そういうような受け取り方をしていると、「紅茶を飲まないと知的生活ができない」とか、「大きな書庫がないと知的生活ができない」ということになってしまいます。そんなはずがないということは言うまでもない、と竹内先生は厳しく批判しておられました。渡部先生の良き理解者が竹内 均先生でした。

 竹内先生は、2004年にお亡くなりになられましたが、東大教授から東大名誉教授ニュートン編集長を歴任されていました。数多くの著書もあります。若い頃から、早寝早起きを習慣化し、毎朝4時に起きるのが、あたりまえのような習慣でした。上の船井幸雄さんも、健在な頃には4時前には起床されていたそうです。晩年の渡部昇一先生は、研究で、エンジンがかかると、溶鉱炉の火が燃えたぎっているのを消すのはあまりにも効率が悪い、夜の勉強、研究に火がついてくると、徹夜も厭わない、ということで、早起きだけを習慣にされることはなかったようですが、研究の時間、努力の時間帯が常人とはずいぶん違うようでした。先生も若かりし頃は、朝早く起きて冷水をかぶり勉強しておられたのは有名な話です。大きな仕事を遺す人はみんな早起きのようですね。♥♥♥

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