プロレスの「アングル」

 プロレスの試合においては、試合前に勝ち負けはあらかじめ決まっています。マッチメイカーが事前に双方の選手に通知し、最後の決め技だけを確認しておいて、後は両選手がお互いの技を受けながら、決着(フィニッシュホールド)へとつき進んでいくのです。子どもの頃からプロレスに熱狂していた私は(毎週プロレス専門週刊誌を2冊定期購読し、「大阪スポーツ」を毎日読み、アメリカからは専門誌を購読)、こんなことも知らずに真剣勝負だと思って一喜一憂したものです。新日本プロレスでメインレフリーを務めたミスター高橋の暴露本『流血の魔術最強の演技~すべてのプロレスはショーである』(講談社、2001年)で全ての内幕を知り大きなショックを受けました。このようなプロレスの試合における段取りや勝敗のつけ方についての筋書きを「ブック」と言います。さらには「ブック」を際立たせるためのキャラクター設定や、興業を盛り上げるための「仕掛け」のことを「アングル」と言います。古い英語の言い回しでアングル(angle)には「魚を釣る」「魚釣りをする」という意味があり、プロレスファンたちの興味・関心を「釣る」という意味にピッタリですね。あの強豪の故・ブルーザー・ブロディは、マッチメーカーの筋書きに従わず、「自分が、自分が」と我を通すことで有名な扱いづらいレスラーでした(仙台駅マッチメーカーと喧嘩別れして失踪事件を起こし新日本プロレスを離脱しましたね)。結局、プエルトリコの試合会場でマッチメーカーに刺殺されてしまいました。ここで有名なアングルの例を見ておきましょう。

 タイガー・ジェット・シンのコブラクローで猪木さんが喉から出血したことがある。蔵前国技館での試合だった。シンの手を自分の喉元からふりほどくようなふりをして、自分で持っていたカミソリで喉を切った。後でビデオの録画を見たら、まさにシンの指が喉に刺さっているように見えた。リング内で見ているより迫力があった。ああやって、何ていうことのない技を最大限に迫力あるものに見せかけて、タイガー・ジェット・シンという選手の商品価値を高めていったのだ。自分の身を切り裂いてまで、徹底的に相手の凄みを引き出していく猪木さんの執念と上手さは、見ていて身震いするほどのものだった。(pp.156-157)

 プロレスファンなら誰でも知っている「新宿伊勢丹事件」猪木が奥さんの倍賞美津子さんと新宿の伊勢丹百貨店で買い物している所をタイガー・ジェットー・シンが襲い、猪木を血だるまにして警察が出動しました。これも猪木が発案してシナリオを書いた芝居だったことが暴露されています。

 さて、日本のプロレス史上で最も成功した「アングル」は、1982年に長州力が一躍スターダムにのし上がるきっかけとなった「かませ犬発言事件」でしょう。リング上で「藤波、俺はお前のかませ犬じゃない!!」と反旗を翻し、以降の名勝負数え歌へと展開したものです。それ以前にも何度も藤波辰實vs長州力の試合は行われていましたし、ファイト内容がさほど変化したわけではありませんでした。しかし、しっかりと「アングル」が浸透した以前と以後では、ファンの熱狂度が全く違います。1974年アマレスの世界的選手として鳴り物入りで入団し、新日本プロレスでも将来のスター候補生として育ててきたところで、米国に武者修行に出かけ、メキシコUWA世界ヘビー級チャンピオンになった長州が帰国します。しかし素質は十分持っているのにプロレス的なはったりが下手くそで、しかも外国人レスラーと手が合わず、実力を発揮することができないままでいました。イマイチファンにアピールできないでいる長州をスターにするためにどうしたらいいか、幹部は頭を抱えています。そんな時に興業会議で「長州をどうするのか?」という議題が上がりました。外人レスラーが苦手な長州には日本人相手の方がいい、藤波の存在をその時以上に輝かせるためにも長州というライバルの登場は好都合でした。この藤波と対立させるという図式は故・アントニオ猪木のアイデアでした。興業会議で決まったアングル長州に伝え、そのアドバイスを受けた長州が、さらにそのアングルを発展させました。「このチャンスを生かさなければ、いつ俺はスターになるんだ」という強い思いのあった長州は、藤波に反旗を翻して突っかかっていき大乱闘になりました。これをきっかけにしてスター街道へと歩んでいったのです。

 つい最近も、みえみえのアングル」が出現しました。新日本プロレス2月11日の大阪大会で行われたIWGP世界ヘビー級王座戦は、挑戦者の後藤洋央紀(45歳)ザック・セイバーJr.(37歳)を撃破し第12代王者に輝いたのです。IWGP世界王座の前身であるIWGPヘビー級王座に8度挑戦し一度も手が届かなかった荒武者が、2016年2月以来、実に9回目の団体最高峰王座挑戦でついに悲願を達成します。序盤からザックの関節技地獄に苦しみながらも、ベテランの意地でギブアップだけは許しません。超満員札止めの会場から巻き起こる特大の「後藤」コールに後押しされて反撃に出ます。強烈なラリアートから「昇天・改」をさく裂させた後藤は、必殺のGTRを狙います。これを回避されるとヨーロピアン・クラッチを仕掛けられますがラリアートで再び攻勢に。GTRをさく裂させると、最後はリストクラッチ式の「GTR改」で栄光の3カウントを見事奪ってみせました。

 そして、試合後のリングで後藤は、「今日の勝利を、亡き父に捧げます。知ってる方もたくさんいるでしょうが、俺はバカです。長男でありながら稼業を継がず、プロレスラーを目指した。でもそんなバカな俺でも貫き通せば王者になれるんです。親父!取ったぞ!」と、昨年2月に死去した天国の父に勝利を報告。さらには応援に駆けつけていた長男と次女をリング内に呼び込むと、「一生に一度のことだぞ。子どもたちよ、この光景よく見とけよ。これがパパが目指した光景だ。この光景が見れたのは、家族のおかげ。そして仲間のおかげ。そして、何よりも俺の後押ししてくれた今日のお客様がた。そして最後に22年間、ここまでやってきた自分自身の体にありがとうございましたと伝えたいです」とアピールしました。くさい芝居です。ついに頂点にたどり着いた後藤は、「後藤革命はまだ始まったばかりだ。最後の最後まで後藤革命について来い!」と豪語すると「IWGPのGは後藤のG!!」の大絶叫で大会を締めくくりました。負けても負けても這い上がり夢を掴んだ後藤。臥薪嘗胆の末、新日本プロレスの歴史に新たな1ページを刻んでみせました。会場は興奮のるつぼ大熱狂です。「9回目のIWGP挑戦。これが最後になるかもしれない、という覚悟はできてます。過去8回負け続けてきましたが、9年前とまったく同じ2月11日で大阪府立体育会館。何か運命的なものを感じる。格好つけることもないし、オレの格好悪いところはみなさん散々見てきてるだろうし、今は無理して格好つける必要もない。自分だけでなく応援してくれるファンの方々と一緒に夢を見たいですね。オレらの世代、結構追いやられてるイメージがあると思うんですけど、ここはオレが先頭に立って、若い世代のヤツらに見せつけなければいけない。そういう風に思ってます。新しい技っていうのはないです。ただ出してない技、彼の知らない技っていうのはまだあると思うので」こうして苦労人が夢を叶えるという図式が完成したのでした。その後、棚橋弘至、永田裕志、デビッド・フィンレー、カラム・ニューマン、ザックセイバーJr.相手に防衛を果たしています。果たしてこのようなくさいアングル、今後も長くファンの心を掴むことができるかどうか、私は疑問なところです。♥♥♥

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