おもしろおかしく

 京都を本拠地とする堀場製作所は、高性能な測定分析・計測機器の開発、製造、販売で有名な世界的な企業ですが、もう一つ有名なものがあります。それは「おもしろおかしく」というちょっと変わった社是です。そのユニークさゆえに多様なメディアから「どんな意味だ?」「社員はどう理解しているのか?」などと大きく話題にされてきました。この社是が制定された1978年(キャンディーズの解散、サザンオールスターズがデビュー)からもう40年以上が経っていますが、堀場製作所はこれからも「おもしろおかしく」でいくのでしょうか?

 堀場製作所は分析・計測機器の総合メーカーとして、自動車、環境・プロセス、医用、半導体、科学という5つの分野に事業を世界展開しています。普段の生活の中ではあまり見かける機会はないかもしれませんが、農業から宇宙開発まで、人々の暮らしを支えるあらゆる場面で、堀場製作所の製品や技術が大活躍しています。そんなHORIBAの社是は、「おもしろおかしく」です。一風変わった印象を受けるかもしれませんが、この社是には、創業者である堀場雅夫(ほりばまさお)のさんの強い思いが込められています。

 おもしろおかしく仕事をしたら人の半分も疲れません。効率は倍になります。サラリーマンは生活時間の大半を仕事をして過ごすのですから、いやなことをして過ごすのは人生がもったいない。

 人間の行動力はものすごく幅が広くて、同じ人間でもやる気を起こしている時と、そうでない時とでは全く違うのです。例えば、上司から「君、これをしなさい」と言われた通りの仕事をしている場合と、「自分でその仕事がやりたかった」という場合では、実測データで3倍とか4倍、能率が違うといいます。面白く仕事をしている場合、与えられた仕事を単にやっている場合に比べて、疲労度が2分の1から5分の1ぐらいだというデータもあります。したがって、「おもしろおかしく」仕事をすることは、ただ精神的にいいというだけでなく、会社にとっても3倍も能率が上がり、3人分の仕事が一人でできるということになるのです。実際、面白い仕事をしていたら徹夜でもへっちゃらです。私は若い頃、辞典の編集作業をしている際には、ほぼ毎日徹夜の連続でしたが、翌朝の学校でも授業、校務、部活動の指導と全然平気でした。

 会社で働く場合、私たちは人生の多くの時間をその会社で過ごすこととなります。そうした会社での日常に生きがい、働きがいをもって「おもしろおかしく」過ごすことには絶対的な価値があるはずだ。堀場さんがこのような考えに至るまでには、いくつかの背景がありました。まず一つは、堀場さん自身の人生哲学に基づくものです。1945年、日本が終戦を迎える中、大学で研究を行うことに限界を感じた創業者・堀場さんは、自らの研究を続けるため「堀場無線研究所」を創業しました。そして1953年に「株式会社堀場製作所」を設立し、初代社長に就任しました。国産初のガラス電極式pHメーターを開発するなどして、経営を軌道に乗せていきます。その間何度も資金面での危機があったと回想しておられます。そうした中で、自分が好きな仕事に取り組んでいる時には、時間が経つのも忘れて没頭し、どんどん進めていくことができました。人から言われたことだけをやるのではなく、自分が心からやりたい仕事を創り出し、チャレンジすることで「おもしろおかしく」充実した人生を送ることができると考えたのです。

 そしてもう一つは、医学博士号の取得です。経営者となって10年が過ぎたころ、会社のさらなる発展に向けて、社内で博士号の取得を促進する機運が高まりました。その動きを先導する堀場さんももちろんチャレンジすることとなるのですが、理学や工学の分野ではすでに取り組んでいる従業員が多くいました。どうせなら誰も手をつけていない分野をと考え、医学博士号の取得を目指します。努力の甲斐あり、1961年に医学博士号を取得することとなりますが、その勉強の過程でロジック(論理)では割り切れない人体の仕組みを知ることになります。人間の力はどんな精密機器にも勝る、それならばこうした人の力を何よりも大切にして引きだしていこう。このように考え、従業員が「おもしろおかしく」働ける会社となるように尽力したのです。

 そして1978年、堀場製作所が創立25周年を迎えるタイミングで、「おもしろおかしく」が社是として制定されました。この言葉に込められた堀場雅夫さんの哲学や思いは、今日に至るまで脈々と受け継がれ、現在、HORIBAのおよそ6割を占める海外の従業員へ向けては「Joy and Fun」と訳して共有しています。

 この社是は同社が1971年、大証第二部上場時に証券取引所の理事長から「御社の社是は何か?」と問われた時に、創業者の堀場雅夫さんが考えたものです。「社是というものがいるのか?」と考えた挙げ句の「おもしろおかしく」でしたが、当初、役員会に提示した時は大反対されたと言います。そこら辺の事情は堀場さんの『イヤならやめろ!』(日本経済新聞社、1995年)に詳しく出ています。役員会は、堀場さんの想像を超えた紛糾ぶりになりました。みんな黙り込んで、嫌~ァな感じになっていきました。そのうちに「いくら何でもそれはひどすぎる!」とか「そんなことを言うとお客がモノを買わない!」といった声がどんどん出てきました。反対されればされるほど逆に、「こんないいいものはないのに」という思いが強まっていきます。しゃくにさわって、「こんなにいいことが分からないのだったら役員なんて辞めてしまえ」と言いたかったところでしたが、「おもしろおかしく」を社是にすることに反対されて役員の首を切るなどというのは、およそ「おもしろおかしく」ないので、ずっと我慢していました〔笑〕。その後、1978年にちょうど会社が25周年を迎えたのを機に、社長職を辞して会長に就任する時に、「記念品はいらないからあれを正式の社是にしてくれ」と再度願い出て、ようやく正式に受け入れられたのでした。役員会も「おっさんの言う通りにしなければしょうがないな」ということで、やっと社是に決定されたのです。

 この社是のベースになる思いは、創業者が「人間の可能性」に感銘したからです。物理を専攻していた創業者は起業後、企業としての格を上げるために社員に博士号を取ろう、という号令をかけました。その際に自らも博士号を取ろうと、専門であった物理ではなく医学博士の博士号を取得しています。博士号取得の過程で医学を学び、人間の素晴らしさ、科学ではまだ解明できない人間の可能性に感銘を受けた、と言っておられました。この人間が毎日、会社で10時間近く過ごすのなら、仕事が面白くなければその人の人生そのものが豊かにならない。堀場で働くなら、おもしろおかしく仕事に励み、そういった仕事から生まれた製品を使う人に届けたい」という思いがそこにはあった、と説明しておられました。

 また堀場さんは、「81点のヒット商品」という独自のコンセプトも提案しています。変化の早い業界では、完成度よりもスピードが求められるため、100点満点を求めない方がいいという発想でした。

 創業者で、最高顧問の堀場雅夫さんは2015年7月14日、肝細胞がんでお亡くなりになりました。90歳でした。晩年には世界に向けて「警鐘」を鳴らしておられましたが、その予言通りになってしまいました。悲しいことです。♥♥♥

 「ダイナマイトを発明したノーベル。強力な武器があれば誰も使うのが怖くてけんかをしなくなると考えたと思うが、結局は「戦争の道具」になってしまった。核兵器も同じ。ロシアのプーチン大統領はウクライナ情勢をめぐり、使う準備をしたという発言をしましたね。手に入れたら、使いたくなるのが人間の本能。嫌な感じがしています」

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