ゴミを拾う?

 また「まさか」が待っていました。2連敗で迎えた8月3日のDeNa戦1点リードの9回に守護神マルティネスが2登板連続の同点アーチを浴びました。信じられないようなど真ん中にスライダーが入って来て、宮崎にこの日2本目のホームランを浴びました。「あー、またか」と絶望していたところ(これで3本目です)、その裏に途中出場の若林楽人外野手(わかばやしがくと、27歳)が、二死二塁の前進守備の中越えへ、接戦に終止符を打つ二塁打を放ちサヨナラ勝ちを収め2位に浮上しました。何が起こるか分からないものです。昨年6月に西武から途中加入してから早くも3度目のサヨナラ男ぶりです。岸田行倫捕手(28歳)も4号ソロを含む3打点で、守備でも二盗を2度阻止する(盗塁阻止率は昨年12球団トップ、今年も要所で刺し5割を超えます)など攻守で躍動しました。首位・阪神が敗れゲーム差は12。5日のヤクルト戦(東京D)から9連戦に臨みます。

 現役時代の指揮官さながらの絶叫が、東京Dに響き渡りました。若林は汗とウォーターシャワーの水がしたたる髪をぬぐいながらお立ち台へ上がると、開口一番「最高でーす!」。3月28日の開幕・ヤクルト戦(東京D)以来今季2度目、昨年6月の加入から1年1か月あまりで早くも、3度目となる劇打です。「令和のサヨナラ男」が、現役時代に13本のサヨナラ安打を残し「サヨナラ慎ちゃん」と呼ばれた阿部監督を、「全員が助けられました」と喜ばせました。左翼の守備に入って途中出場した9回に、守護神・マルティネスが同点ソロを被弾。裏の攻撃で2死二塁となり、出番が回ってきました。「今日はここで決めないとダメだと。本当に集中してアドレナリンを全部、出して行きました」

 カウント2―2からバットを短く持ち、内角147キロ直球を前進守備の中越えへ運べいました。勝利目前で追いつかれる展開に「嫌な流れの中で試合を決められる一打を打てたことが本当に…。今までの中でも興奮しました」。巨人加入後、初めて応援歌が流れた打席で「聞こえてるということは集中してないのかと思ったんですけど〔笑〕。でも本当にうれしい」と、暗雲をひと振りで振り払いました。6月中旬に左大腿(だいたい)二頭筋筋損傷で離脱し、G球場で1か月半のリハビリを過ごしました。「和真さんもいたのでいい勉強ができると見ながら、聞きながら」と、同時期に左肘のじん帯損傷から復活を目指していた主砲が最高の教材となったようです。岡本選手の助言を「ヒント」に、バットのトップを投手側に傾けて振り出す好調時のフォームに回帰。「試合に出てない時間こそ、実績を残してる人たちに聞いて引き出しを作ることを大事にしてました」と、打者としての深みを増して1軍に戻ってきました。「すごい緊張感の中でプレーしたい。最後まで本当に戦力になりたいと思ってます」と。ひりつく秋を迎えるべく、勝負強い男が打線を支えます。

 今日私がご紹介したいのは試合後のお立ち台です。この日のヒーローインタビューは「キッズナイター」ということで、小さな子どもが担当しました。「どうやったらプロ野球選手になれますか?」という質問に対して、若林選手は間髪入れずに、「運だと思います」と答えました。横で聞いていたアナウンサーが「さすがに運だけではプロ野球選手になれないと思いますが」とフォローを入れました。すると「しっかり練習してあとは運、を拾う。ゴミを拾うとか」との“珍助言”でファンの爆笑を誘いました。この「ゴミを拾う」という言葉が印象に残りました。徳を積む男を、野球の神様は見ているのです。この日の練習中、若林は東京ドームの右翼の芝生に落ちていた小さなゴミを手に取ってポケットへ。まさに「運」を拾って白星をつかみ取ったサヨナラ勝利でした。中学時代の指導者から「それが当たり前と教わってきた」と、10年以上続けてきた原点です。日常に染み込んだ「当たり前」のおかげで、実際にプロになれた今があるのです。

 私は長い間教育の世界でメシを食ってきましたが、教科を勉強するだけでなく、人間を磨くことが大切だ、とブレずに言い続けてきました。口ではきれいなことを言いながらも「点さえ取ればそれでいい」といった教育には絶対に与したくはありません。私が18年勤めた松江北高を辞した理由がこれでした。私が北高に赴任した時、朝6時半に登校してその日の準備や質問に対応していましたが、朝7時前男子トイレに入る度に便器を磨いている男子生徒がいました。びっくりして訳を聞いてみると、「小さい頃からお母さんから人の嫌がるトイレをきれいにするといいことがあると言われ、中学校時代からこうやってトイレ掃除をしている」と聞き、感銘を受けました。頑張ってね、と言って別れましたが、その後もずっと続けていたようです。彼は大阪大学に進学しました。北高の一年目、当時は部活動のない生徒達は教室で午後6時半まで残って勉強するのが普通でした。6時半に下校チャイムが流れてくると、生徒達は帰っていきます。私が教室にクラスのみんなが帰ったか確認に行くと、いつも女生徒が一人残って黒板をきれいにしてくれていました。授業が終わった段階で黒板は全部消されているのに「何で?」と聞くと、「まっさらにきれいにしておけば、明日一時間目の授業をやる先生も気持ちがいいでしょ」と言います。彼女はずっと毎日こうして黒板をきれいにしてくれたいたのでした。誰も知らなかったことですが、私は微笑ましく観察していました。この生徒は大阪大学大学院へ進み、今は読売新聞の記者です。私が3年前に股関節の手術で1ヶ月あまり入院して復帰したばかりの時のことです。北高補習科は二階にあって、その階段が辛かったんです。リハビリを始めたばかりの頃で、杖をついて、階段の上り下りをしていました。授業が終わって急いで米子に移動しなければいけないので、重い鞄を持って階段を一生懸命下っていると、教室から飛び出してきて「先生、カバン持ちます」といっていつも助けてくれた女生徒がいました。これは実に有り難かったですね。合格発表の日に九州大学に合格したことを喜んで伝えに来てくれた際に、あの時の御礼を言って「困っている人を助けてあげるといいことがあるから、大学に行ってもそのことを続けてね」と言うと、「今回よく分かりました。そうします」と喜んでくれたのもいい思い出です。人の嫌がることを進んでやる、困っている人を助けてあげる、誰かのためにいいことをしてあげる、といったことを心がけていると、まるで誰かが見てくれていたかのように「運」が転がり込んでくるという例を数多く見てきました。今回の巨人・若林楽人選手「運を拾う、ゴミを拾う」というお立ち台での言葉を聞き、非常に感銘を受けたのでした。

 今年の不調極まりない巨人軍にあって、「運」を拾った選手がもう二人います。DeNAを自由契約になって今年から巨人に加わった石川達也投手は、リリーフに転向してからは、試合の流れが読めない局面で起用され、流れを引き寄せて今日までにすでに5勝。昨季までは4年間で未勝利だった左腕投手です。もう一人、現役ドラフトで日本ハムから加入した田中瑛斗投手は、昨季まで7年間でわずか10試合の登板しかありませんでした。移籍して首脳陣に、右打者に脅威となる内角をえぐるように食い込んでくるシュートを見いだされ、好リリーフを続けています。分かっていても右打者は詰まってゴロを打ってしまう(併殺もとれる)。41試合で26ホールドポイント。チームでは大勢の39、中川の29に続く立派な数字です。この二人の投手には巨人に来て出会いと起用法に恵まれる「運」がありました。この二人が「運」を引き寄せるために日頃何を心がけているのか、ぜひ聞いてみたいものです。♥♥♥

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