dogが悪い意味に使われる

 学生時代に、英語の「dog」を含むイディオムをいろいろと調べているうちに、圧倒的に悪い意味で使われているものが多いことに気が付きました。そこでなぜ否定的な用法が多いのか?という疑問が湧いてきました。例えばこんな用法です。


💔 悪い意味のイディオム

  • dog‑eat‑dog:食うか食われるの壮絶な、残忍なほど貪欲な

  • in the doghouse:怒られて機嫌を損ねている(特にパートナーに対して)、面目を失って

  • a dog’s life:悲惨でつらくみじめな生活、すさんだ生活

  • sick as a dog:非常に具合が悪い、ひどく気分が悪い、意気消沈して

  • dog’s dinner (dog’s breakfast):ぐちゃぐちゃで酷い出来事

  • go to the dogs: 堕落する、だめになる、落ちぶれる
  • dog‑tired:くたくたに疲れた
  • die a dog’s death:みじめな死に方をする

さらに、“calling someone a dog” は侮辱的にも使われ、特に女性に対しては「見た目が醜い」といった中傷的な意味で使われることがあります。西洋では古くから犬は“man’s best friend”とされてきましたが、否定的な意味で使われるものも少なくありません。なぜこのように「悪い意味」が多いのか?その理由を考えてみました。

 このことを理解するためには、dogのイメージの背景を知っておく必要があります。Robert A.Palmatier, Speaking of Animals : A Dictionary of Animal Metaphors (1995)にはこうあります。

 犬の生活は他の家畜の生活とは異なる。何となれば犬は食卓に食物を提供せず、織機に毛を提供せず、荷車に力を提供しない。仕事をする犬といえども散発的に働くにすぎない。羊を集めるとか、牛を連れ込むとか、猟をする人を助けるとか、屋敷を守るとかである。その他の時間は犬はごろごろしているだけで、時には最も悲惨な状態で鎖につながれ、たまに骨を投げてもらう。人が犬のような生活を送る時に、“犬の生活をおくる”と言うのである。(渡部昇一訳)

 古代ギリシャや中世英語では、「dog」はしばしば「粗野」下品」「強欲」「忠誠心に欠ける」といったネガティブな特性と結びついていました 。欧米でも、野良犬(stray dog)や粗暴な番犬など、ネガティブなイメージの犬が身近にいたことが、否定的な表現の使用頻度を高めたと考えられます。人間以上に大切に飼われている今の犬と違って、寄生虫や病気を運ぶこともありました。英語は比喩表現を多用しますが、「dog」を使う場合、吠える犬(barking)、醜い犬(cur, mutt)、土を掘り起こす犬など、動物的・荒っぽいニュアンスを強調しやすいため、ネガティブな意味に利用されやすい傾向があります 。

 牛や熊と犬を戦わせたり、狭い穴などの中で犬と多くの鼠を闘わせる、といった残酷な遊びがイギリスでは昔から好まれていました。この遊びの中で、犬は多くの場合、牛の角で跳ね上げられて腹を裂かれたり、熊に引きちぎられたり、鼠の群れに食い殺されたりするのです。しばしば血まみれになって殺されます。このように暗い、陰惨なイメージで、lead a dog’s lifeと言えば「絶えずいじめられるような悲惨な生活を送る」であり、die a dog’s deathと言えば「みじめな死に方をする」go to the dogs「落ちぶれる、堕落する」という意味になるのです。

 このlead a dog’s life「みじめな生活を送る、苦労の多い生活をする」という成句に、新しい意味があることに私が気付いたのは、もう今から30年以上も前のことで、Gyles Brandreth, Everyman’s Modern Phrase & Fable (1990)を拾い読みしていた時でした。そこには「興味深いことに、最近ペットの犬が過保護になっていることから、この句は時に皮肉あるいは不正確に、贅沢で心配一つない生活を送る、の意味で使われる」と、書いてあったことに注目しました。「ペット犬のように贅沢な暮らしをする」という意味で使われることがあるということです。興味を覚えた私は、早速イギリス英語の立場からR.イルソン博士(ロンドン大学)に実情をお伺いすると、そのような意味の可能性は認められたものの、まだ辞書への収録は必要ないとのことでした。さらにアメリカ英語での実態を、J.アルジオ博士(ジョージア大学)に調査してもらいました(1991年ジョージア大学での調査)。それによると、52%が悪い意味に、47%が良い意味に、2%が文脈により両義が可能としました。さらには、年配の人は悪い意味に、若い人は良い意味に受け取る傾向が観察されました。明らかに犬の生活の向上と共に、この成句の持つ意味合いに変化が生まれようとしていることだけは間違いありませんでした。Brandreth(1990)が観察していた、ironically or inaccurately”という但し書きは、良い意味に取ると答えた学生たちには全く無縁のものでした。以来、ずっと注意して観察していますが、辞書の扱いにはまだ変更がなさそうです。

▲この成句の新しい意味をいち早く観察した英和辞典

 あれから30年以上が経過し、気をつけていますが、まだ辞典への収録にはいたってはいないようです。犬の生活は大きく向上し、人間以上に手をかけてもらっている犬もたくさんいますからね(人間の散髪代よりもはるかにトリミングの料金が高い。食べる物も高価。ホテルやレストランまである!)。いち早く私は編集委員を務める『カレッジライトハウス英和辞典』(研究社、1995年)と、その改訂版『ルミナス英和辞典』(第2版、研究社、2005年)において、「[皮肉](飼犬のように)気楽に暮らす」という記述を入れておきました。この記述は『コンパスローズ英和辞典』(研究社、2018年)にも引き継がれています。仲の良かった松江北高・ALTエドワード先生と、この句について話す中で、先生は良い意味に取ると言っておられました。いずれにしても、近年の犬の地位の向上を考えれば、「〔大事にされる飼い犬のような〕ぜいたくな暮らしを送る」という意味が生まれてくるのは、当然の成り行きだと思われます。

 近年、犬の地位はさらに向上しています。現在、成句・lead a dog’s lifeを肯定的に解釈する場合は少ないようですが、犬が忠実で愛情深く、自由な時間を楽しむことができるという側面を強調することができます。そのような意味で使う場合、犬のように自由で楽しい生活を送る、または愛されて大切にされているというニュアンスを持たせることができます。例えば、次のように使うことができます:

“I envy my friend who gets to spend his days traveling and painting. He really leads a dog’s life, doing what he loves and being appreciated for it.”

ここでの意味は、友人が自分の好きなことをして過ごし、それが評価されているという意味で、肯定的に表現されています。今後の意味の変化に注意をしておく必要がある成句です。

▲八幡家の玄関の犬 人を感知するとワンワン吠える

 「lead a dog’s life(犬のような暮らしを送る)」は、主にイギリス英語では、人が辛い状況に「惨めでつらい生活」を意味しますが、アメリカ英語では逆に「快適でぬくぬくした生活」を意味することもあることを明らかにしました。

◎イギリス英語(UK)
 「lead a dog’s life」は「労苦に満ちた生活」「つらい人生」「惨めで困窮した生活」を指すのが一般的です。例えば「彼は何年も惨めな生活を送っている He’s been leading a dog’s life for years.」のように使われます

◎アメリカ英語(US)
 近年では「犬の生活=のんびりして快適」という考え方から、皮肉っぽくポジティブに使われることもあります。一部では「pampered, comfortable life(ぬくぬくした生活)」「快適で甘やかされた生活」という肯定的な意味で使われる場合があるようです。ただし、この肯定的な用法は限定的で、使用例は非常に少ないとも指摘されています 。

 「dog」には最近ではポジティブな意味もあるものの、イディオムとしては悪い意味の表現が圧倒的に多いのが現実です。背景には、歴史的・文化的な犬へのネガティブな印象があり、それが言語表現の中に反映されているのです。♥♥♥

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