母標
作詩・作曲 さだまさし
彼女は息子のために石ころを積み上げて
祭壇を作り赤い花を植えた
昔花畑だったが今は何もなく
墓標がいくつも雨に霞んでいる
三年が過ぎても戦は町から去りもせず
今日もドローンが群れをなして東へ飛ぶ
あのひとのキャビアがテーブルにこぼれた頃
町外れで彼女の息子は死んだ
名もない兵士なんてひとりも無いけれど
名もない一人の兵士として消えた
アンダンテ・カンタービレが聞こえていたらしい
戦場は日暮れ間近だったそうだ
ひざまずく石の下には何一つないけれど
彼は彼女の祈りの中に棲んでいる
誕生祝いの時計一つ残さなかったけど
彼は母の祈りの中で生きている
彼女は若い頃に子供を授かった
幸せな日が無かったわけじゃない
彼女の好きなカヴァレリア・ルスティカーナが聞こえる
ただ彼女の耳にはもう音が無い
しあわせがずっと続くなんて思わなかったけど
不幸ばかりがずっと続くはずもない
ひざまずく石の下には何もないけれど
彼は母の祈りの中に棲んでいる
ひざまずく石の下には何もないけれど
彼は確かにそこに居る
2022年2月24日に始まったロシアによる一方的なウクライナ侵攻からもう3年が過ぎていますが、未だに戦禍は激しく停戦の兆しも見えません。このロシアとウクライナの戦争を歌った反戦歌です。さだまさしさんの最も新しいアルバム『生命の樹』(写真上)の中の9曲目に入っている「母標」(ぼひょう)です。嶋村英二さんのドラム、木村“キムチ”誠さんのパーカッションに、さださんのギターだけで凄惨な戦場を表現しているのが印象的な曲です。迫り来る迫力・力強さも感じます。今年の 「夏長崎から2025」でもドラムとギターだけで歌われました。アルバムのライナー・ノーツには興味深い記述がありました。
戦死者の中には何一つ残せないひとも多い。だから墓標の下には遺品の一つも無い。それでも泣きながら弔う親にとってそれは立派な墓なのだと思う。かつて新井満さんはナバホ族の詩を訳した「千の風になって」という名曲で「そこに私はいません」と歌った。素晴らしい歌だが一つだけ僕の考えとは違う。僕は何もないそのお墓に「私は居る」と思っているのだ。悲しみ、弔うひとの心の中にきっとその魂は棲んでいると思っているからだ。 ――アルバム『生命の樹』 「母標」ライナーノーツより
自分はこういうことを一度も考えたこともなかったので、ハッとしました。戦争や災害で、ひょっとしたら亡骸もなく遺品もないような悲惨な状態だとして、遺族の気持ちとしては何らかの形でその人が生きていた証を作ることが拠り所になります。そういう意味で「お墓」が弔う人には大切なものだというのは理解できますし、石ころの下には何もないけれど、間違いなく母の心の中にはそこに彼がいると語る、この歌は心を揺さぶります。この母がもし自分だったら、と思うと胸が痛みます。きっと、そうせざるを得ないことは想像することができます。被爆地・長崎に生まれ育ち、全国の被災地をあちこち救援活動に回ったことなどから、さださんなりの死生観があると思います。今は外国での悲惨な戦争のニュースが連日報じられているからこそ、そして人として、親族を亡くして悲しむ人に寄り添う気持ちがあるからこそ、このようなテーマの「母標」という歌が生まれたのでしょう。これは実にいい歌です。
さださんには、戦争をテーマにした歌も多く、パッと思いつくだけでも、「防人の詩」「遙かなるクリスマス」「広島の空」「キーウから遠く離れて」などが挙げられますが、コンサート会場では来場者に向けて、「音楽はすべて反戦歌である。私は音楽家だから、音楽家の武器は音楽だけ。大切な人を守る方法はただ一つ、戦争をしないことだ」と語りかけています。「人間の心に浄化作用がある限り、必ず浄化される。我々が願う良い方向に、いつか向く日が来ると信じなくてはダメだと思う。」
20年間も続いた「夏長崎から」では、常に「このコンサートが終わるまでの間に、ほんの僅かな時間でよいから、あなたの一番大切な人の笑顔を思い浮かべて欲しい。そうしてその笑顔を護るために自分に何ができるだろうか、ということを考えて欲しい。実はそれが平和へのあなた自身の第一歩なのです。」と訴え続け、今年の「夏長崎から2025」では、「そして、自分が何をなすべきかが分かったら、そこへ向かって歩きだそうじゃないですか」と付け加えたさださんです。分断と対立が続く今日の世界の中、自然と言葉に力がこもりました。♥♥♥


