Archer

 翻訳家必携の英和辞典『リーダーズ・プラス』(研究社、1994年)の見出し語archer”に、「《英俗語》2000ポンド《Jeffrey Archerが売春婦Monica Coughlanを国外に出すために支払った金額から》」とありますが、これに関してはもう少し詳しく説明が必要かもしれません。イギリスのスラングで“an archer”と言ったら「2000ポンド」のことです。これを理解するには、イギリスの作家・一大貴族(男爵)ジェフリー・ハワード・アーチャー(Jeffrey Howard Archer、1940~)の波瀾万丈の人生を知らなくてはなりません。

 ジェフリー・アーチャーは、29歳の時に英国史上最年少で、下院議員に当選しました。ところが、北海油田の幽霊会社をめぐる国際的な株式投資の詐欺事件に巻き込まれて全財産を失い、破産宣告を受けて議員を辞職することになります。1976年、彼はこの悲惨な体験をバネにして36歳の時に、自分の体験を基にして、処女作Not a Penny More, Not a Penny Less(『百万ドルをとり返せ!』(永井淳訳・新潮文庫)を発表して、大ベストセラーとなり借金を完済することができました。私も教員に成り立ての頃に、この小説を読んで滅茶苦茶に面白かったので、この作家にどっぷりとはまっていったのでした。まさにpage-turnerでしたね。その後も作家活動を続けながら、1985年に上院議員となり政界に復帰し、43歳で保守党の副幹事長という要職につきます。しかし翌年、今度はコールガール(Monica Coughlan)と性交渉を持ったという大スキャンダルが持ち上がり、政治家として大きなダメージを受けます。彼はこの醜聞を報じたタブロイド紙を名誉毀損で訴え、裁判に勝利して高額な損害賠償金を得ました。しかし、その代償としてまたしても政治の表舞台から姿を消さなければなりませんでした。そして、60歳を目前にして保守党のロンドン市長候補に決まり、三たび政界復帰を視野に活動していた、まさにその時、旧友が売春スキャンダル裁判で勝訴の決め手となったアリバイ証言は真っ赤な嘘で、Archerから偽証するよう頼まれたと暴露したのです。今度の裁判では、司法妨害や偽証罪などで、2001年7月に裁判で懲役4年の実刑が確定し、いくつかの刑務所を転々とします。しかし、彼は獄中で手記を執筆して新聞に連載、服役出所後には2003年7月に保護観察となり、服役者から聞いた犯罪や身の上話を多くの小説にまとめたのでした(例えば、A Prison Diary)。

 さて、ここでなぜarcher”「2000ポンド」を意味するのかというタネ明かしです。これは売春スキャンダルが起こった時に、Archerがコールガールに支払った口止め料の額なのでした。取材陣が殺到して彼女が真相を話さないように海外へ逃がすための「逃亡資金」でもありました。それにしても、なんと波瀾万丈、浮き沈みの多い人生でしょうか。しかし、身から出た錆とはいえ、もしあのような度重なる逆境に陥らなければ、Jeffrey Archerは世界的に名の知れたベストセラー作家にはならなかったことでしょう(英語でまさにこれを表す表現がa blessing in disguise”だと思います)。この表現の注意点としては次のようなことが言えるでしょう。♥♥♥

  • このスラングは、標準英語ではなく俗語/スラングに過ぎない。日常どこでも通じる言葉ではなく、むしろ非公式・インフォーマルな使われ方をする。

  • また、全ての英語話者が “archer = £2,000” の意味を知っているわけではない。特に若い世代やスラングに疎い人には通じない可能性がある。

  • スラングの性質上、いつの時代・どの地域で使われていたかで認知度が変わる。

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す